第7話 うちのナイトには、俺がヒールする
七時を二分過ぎた頃、MSNメッセンジャーにケイから文字のメッセージが届いた。
『すみません、今帰ってきました。五分くらい遅れます』
画面を切り替えて返事を送る。
『大丈夫。溜まり場で待ってる』
ゲームへ戻ると、ユイが川べりで俺の前を行ったり来たりしていた。
「ケイさん、もう来ます?」
「今帰ったって。あと五分くらい」
「じゃあそれまで写真の並び方決めとこう」
「転職する前から?」
「今日の主役が来てから相談してたら、また時間かかるでしょ」
ミナに言われて俺も立ち上がる。
ケイを真ん中にして俺はその横。ミナとユイが両端になるように並ぶ。
四人並べる場所を選んだはずなのに、ちょっと動かすと間が空いたり誰かに重なったりする。
「先輩、もうちょっと右」
「こっち?」
「行き過ぎ」
「写真って難しいな」
「まだ撮ってないからね」
そこへケイが走ってきた。
「お待たせしました」
「大丈夫。俺たちもまだ並べてない」
「何に?」
ケイの頭に疑問符が出る。
ミナとユイが笑う中、写真の説明はあとにして四人で出かけることにした。
*
ナイトになるために向かったのはプロンテラの騎士団だった。
この街でギルドを作って買い物もしてきたのに、まだ入ったことのない建物がいくつもある。
「すぐ近くなんだな」
「はい。遠出するわけじゃないんです」
「ミナの帽子の露店もこの街で見ればよかったのか」
「私は最初からそのつもりだよ」
ケイが入った建物へ俺たちも続く。
中には同じように剣を持った人たちがいた。
ケイの名前を確かめてから横に立った。今日は別の人についていくわけにはいかない。
「じゃあ話してきます」
「いってらっしゃい」
ケイが騎士団の人の前へ進む。
俺たちは横に並んで待っていた。
「何話してるんだろ」
「ケイさんの画面に出てるから、私たちには見えないよ」
「面接みたいだな」
「先輩まで緊張してる?」
少し緊張しているとユイに返し、ケイの様子を見守る。
昨日まで一緒に骨を殴っていた人が今日から別の職業になる。
自分のことじゃなくても、いつ変わるのかは気になった。
戻ってきたケイはさっきと違う服を着ていた。
肩の大きな鎧になり、立ち姿まで少し堂々として見える。
髪の色と頭の上の名前はそのままだ。
「なれました」
俺はすぐにおめでとうと打った。
同じ言葉がミナからも届き、ユイの頭にはハートが出る。
「ケイさん、かっこいい!」
「ありがとうございます」
「ちゃんとナイトだな」
「ちゃんとって。ナイトになりに来たんでしょ?」
ミナに笑われても他に言い方が出てこない。
見た目だけでは分からない職業も多いけど、ケイが変わるところはちゃんと見た。
「剣も変わるんですか?」
「いえ、しばらく今の剣を使います」
「じゃあ強くなったのは中身の方か」
「覚えられるスキルは増えますね。これから育てるところです」
これから。
転職したら完成するわけでもないらしい。
それでも新しい鎧を着たケイを見ていると、俺まで嬉しくなった。
*
買い物をしてから街を出ようとしたところで、ケイへ声をかける人がいた。
「ナイトさん、今から狩りですか?」
「はい」
「支援プリです。よかったら一緒にどうですか?」
俺はその人のキャラクターを見た。
プリースト。エリと同じ回復する方の人。
ナイトになるとこんなふうに誘われるのか。
俺が何も言わずにいる間に、ケイが返事をする。
「ありがとうございます。今日はギルドの人たちと約束してるので。また機会があれば」
「了解です。楽しんできてください」
その人が離れていく。
ケイは俺たちの方へ戻り「行きましょうか」と言った。
「よかったの?」
「何がです?」
「プリーストと組めるんだろ」
俺にはまだ使えない魔法も向こうは使えるはずだ。
ケイが一人で上げていた時よりずっと楽に狩れるかもしれない。
「でも今日はみんなと遊ぶつもりだったので」
「そうですよ」とユイも続く。
「転職したばっかりのケイさんと狩るのは私たちが一番です」
「順番決まってるのかよ」
「今日楽しみにしてたから」
ミナも「転職のお祝いだからね」と言う。
俺はもう一度ケイのキャラクターを見た。
うちのナイト。
そう呼べる人ができたのが少し誇らしかった。
*
ケイがナイトになって初めての狩りは、オークの村から入る地下洞窟になった。
道を知っているケイの背中を今日も追いかける。
そこには緑色の腐ったやつが歩いていた。
いつものオークのように勢いよく武器を振ってくるわけでもない。ゆっくり近づいてくるのがかえって気持ち悪い。
「オークゾンビです」
「あ、これか」
リョウに名前を教わったやつだ。
Shiftへ指を置いてヒールを選ぶ。
ケイが前へ出たところへ回復の光が弾けた。
「先輩、最初から攻撃する気だった」
「ゾンビならもう分かる」
ケイの剣もユイの短剣も届く。
ミナの魔法が加わって敵が倒れると、次のやつがこっちへ来た。
ケイの体力を見てヒールの相手を戻す。
見慣れた数字が出たのに体力の棒は思ったほど戻らない。
もう一度ヒールをかける。
「俺のヒール弱くなった?」
「俺のHPが増えたんです」
ケイが答える。
そうか。同じくらい減って見えても、元の体力が違うんだ。
「じゃあ前よりたくさん回復しないといけないのか」
「はい。頼りにしてます」
俺は少しマウスを握り直した。
ナイトになっても俺が回復する出番はあるらしい。
「あの、骨まとめて倒すやつは?」
「ボウリングバッシュですか?」
「それ。それ使ったら一気に倒せるんだろ」
「覚えるつもりですけど、まだ使えませんよ」
ケイの剣はいつものように目の前の敵を殴っている。
リョウと同じ職業になっても、あの戦い方がすぐできるわけではなかった。
「じゃあ俺も攻撃する」
「回復もね」
ミナに念を押されて分かってるよと返す。
ケイが傷ついたら回復し、余裕があれば敵にもヒールを撃つ。ユイが別の敵を殴り始めればそちらの体力も見る。
体力の数字が増えても、四人での狩りがいきなり変わるわけじゃない。
何匹も倒したところで、ミナが休憩を提案した。
俺のSPも残り少ない。
「ナイトになっても休憩はするんだな」
「なつきさんが座ってる間は俺も休みますよ」
「私もSP戻したい」
「私は拾ったもの数えます」
ユイが隣へ座る。
休憩の理由まで四人とも少しずつ違うらしい。
「プリーストになるとSPの戻りを早くする魔法も使えるよ」
ミナからそんな話が出た。
「じゃあ休憩が短くなる?」
「うん。マグニフィカートっていうの」
「長いな」
「マグニとかマニピって呼ぶ人もいるみたい」
俺はマニピの方で覚えておくことにした。
エリも使っているんだろうか。俺が気づいていない魔法はまだありそうだ。
「なつき、今Jobいくつ?」
「三十八」
「じゃあ四十まであと二つだね」
ユイの言葉を読んでキャラクターの数字を確かめる。
ケイは四十でナイトになった。俺も転職するだけならもう少しで手が届くところだった。
「俺も五十まで上げてからにしようかな」
「うん。支援の魔法をしっかり取っておきたいなら、その方がいいと思う」
ミナが返してくれる。
ヒール以外にも仲間を助ける魔法がある。取り方は少しずつ教えてもらっていた。
ケイの増えた体力も一度のヒールでもっと戻せるようになりたい。
「じゃあ俺ももっと強くなって、なつきさんの転職を手伝いますね」
「私のも!」
ユイの返事がケイのすぐあとに続いた。
「私はアサシンになったらもっと避けられるようになりたい」
「私も早く大きい魔法使いたい」
ミナも続く。
俺だけが転職を待っているわけではない。
「じゃあみんな上げよう」
「まずはなつきのSPが戻ってからね」
ミナに言われてSPの棒を見る。
まだ立ち上がってもすぐ座り直すことになりそうだった。
*
狩りから戻るとユイが俺を呼び止めた。
「先輩、写真!」
転職してから何時間も経っているのに忘れていなかったらしい。
「ケイさん、真ん中。先輩、その横です」
「さっき決めたんだよな」
「うん。なつきが何度も行き過ぎたところ」
溜まり場の川と橋が写るように四人で並ぶ。
俺が座るとユイから待ったがかかった。
「今日は立って。ケイさんの新しい服がちゃんと見えるように」
「なるほど」
俺も立ち上がる。
真ん中のケイだけが昨日と違う服。俺たち三人はまだ転職前の姿のままだ。
「撮るよ。みんなこっち向いて」
「どっちがこっち?」
「私と同じ方!」
ユイが向きを変えたので俺も合わせる。
ケイから笑顔のエモーションが出た。
「あ、今いい。もう一回その笑顔」
ケイがもう一度笑顔を出すと、俺もつられて同じエモーションを出した。ユイまでハートを出したのでミナが笑う。
「みんな一斉に出さないで!」
エモーションが消えるのを待ってもう一度向きをそろえる。
「撮れた!」
「どうやって見るの?」
「スクリーンショット。パソコンに画像が残るよ」
ミナに教わって俺も一枚撮ってみる。
画面に並んでいた四人がそのまま一枚の画像になる。
ナイトのケイ。
マジシャンのミナとシーフのユイ。
その間にまだアコライトの俺。
俺たちの名前には同じ「よりみち」がついていた。
「転職するたびにここで撮りません?」
「いいね。最後は全員違う服になる」
「先輩の時も撮りますからね」
俺はうんと返して、プリーストの服を着た自分を少し想像した。
その時にはエリにも見てほしい。
俺はゲーム内の耳打ちを送ってみた。
『今日ケイがナイトになった』
『おめでとう。なつきももうすぐ?』
返事はすぐに来た。
『俺はJob五十まで上げてから』
『そうなんだ。プリーストになったら、また一緒に狩ろうね』
入力欄を開いたまま少しだけ考える。
この前は二人で行こうと打ちかけて消した。
今日はそのまま送ってみた。
『今度は二人で行きたい』
返事を待ちながらミナたちの会話を読む。
ユイは次の写真に向けて頭に何かつけたいらしい。ミナも自分の欲しい帽子なら写真に似合うと言っている。
『うん。行こうね』
エリの返事を読んで、プリーストになるまでの数字をもう一度確かめる。
Job五十。
そこまで育てれば、エリと二人で狩りに行ける。
机のメモへその数字を書き足す。
ついでに四人で転職記念の写真を撮ることも書いておいた。
「明日も狩り行こう」
ゲームへ戻って送ると三人から返事が来た。
「行くよ。私もJob上げたいし」
「私も!」
「俺も。早くボウリングバッシュ覚えたいです」
ケイの新しい鎧が俺の横にある。
ヒールをかける相手は明日もちゃんといる。




