第5話 「聖女捜索作戦」
オウンは、思わず口走ってしまった。
その結果、現在は王宮の一室に、監視付きで軟禁されている。
なぜなら――。
筆頭聖女アンタが、行方不明になってしまったからである。
しかも、その原因はどうやら、オウンが転移魔法陣にした「ちょっとした落書き」にあるらしい。
本人としては、ちょっとしたいたずらのつもりだった。
まさか、聖女が丸ごと一人、行方不明になるとは思っていなかった。
もちろん、そんなことを正直に言えるわけもない。
王宮ではすでに、アンタの捜索が始まっていた。
アンタが向かう予定だった北部地方の教会。
そこに設置されていた転移先の魔法陣には、何の異常もなかった。
周辺も徹底的に捜索された。
しかし――。
「聖女様は、来ておりません」
それが、北部からの報告だった。
当然、聖女が来なければ、魔獣討伐も進まない。
北部では魔獣が好き放題に暴れ始め、討伐隊もかなり苦戦しているという。
その報告を受けた王宮は、さらに大混乱となった。
名君として知られるオル王も、息子の不祥事と北部の魔獣問題の二重苦で、連日、激務に追われていた。
ちなみに、王家の姓は「ゴール家」である。
つまり、国王の名前は――。
オル・ゴール。
本人は、息子の教育を間違えたのではないかと、最近かなり真剣に悩んでいた。
特に苦痛なのが、月に一度行われる国民への訓示である。
以前なら、国民から、
「オル・ゴ~ル!」
と、一斉に称えられていた。
それは国王として、非常に誇らしい瞬間だった。
ところが最近は――。
「オウン・ゴール!」
という声が、どこからともなく飛んでくる。
そして、その直後には、
「ブーーーーッ!」
というブーイングまで続く。
「……なぜだ」
オル王は、玉座で頭を抱えた。
もちろん、オウンが魔法陣に落書きしたことなど、国民には公表されていない。
それでも、なぜか国民には、
「王子、なんかやらかしたらしいぞ」
という空気が漂っている。
国民の勘というものは、時として王宮の機密保持能力を上回るのである。
そんな王宮の会議室では、緊急の捜索会議が開かれていた。
「では、只今から、聖女アンタ様の捜索についての会議を行います」
宰相フェルデン侯爵の言葉で、会議が始まった。
まず確認されたのは、転移魔法陣についてだった。
アンタが本来向かうはずだった北部の転移先には、何の異常もない。
しかし、出発地点の魔法陣は消失している。
しかも、その魔法陣には何者かによる「落書き」があった。
「この落書きについて、何か分かったことは?」
フェルデン侯爵が尋ねる。
宮廷魔法士たちは、互いの顔を見合わせた。
「……正直に申し上げますと」
筆頭魔導士のマホービンが、慎重に口を開いた。
「さっぱり分かりません」
「さっぱり?」
「はい」
「魔法陣の一部が変化したことは分かります。しかし、なぜそれによって聖女様が消えたのかは……」
「分からない、と」
「はい」
会議室に、重い沈黙が流れた。
さらに問題なのは、同じ転移魔法陣をもう一度作ることも簡単ではないということだった。
魔法陣を作るには、膨大な魔力と時間が必要になる。
しかも――。
「仮に同じ魔法陣を作ったとしても、どこへ転移するのか分からない」
誰かが言った。
「それでは……」
「はい」
「二次遭難の可能性があります」
「……」
会議室が、さらに重い空気に包まれた。
聖女一人を探すために、捜索隊まで一緒に行方不明になったら、笑い話では済まない。
結局、地道に国内各地を捜索するしかなかった。
しかし、いくら探しても、アンタの手がかりは一向に見つからない。
山を探してもいない。
森を探してもいない。
教会にもいない。
街にもいない。
魔獣の巣にもいない。
時に、アンタが拗ねて、閉じこもる特製のトイレにもいない。
当然、異世界などという発想は誰の頭にも浮かばなかった。
そもそも、この世界の人間にとって、「異世界へ転移した」という発想そのものが存在しないのである。
会議は進まなかった。
捜索も進まなかった。
そして――。
魔獣だけは、待ってくれなかった。
「北部の魔獣が増えています!」
「討伐隊を増員しろ!」
「しかし、人員が足りません!」
「では第二聖女を!」
「えっ?」
こうして、第二聖女アンリまで、あちこちの魔獣討伐に駆り出されることになった。
「なんでこうなるのよ~~~~!」
アンリは叫んだ。
もちろん、魔獣に向かってである。
「アンタがいなくなったと思ったら、なんで私がこんなに働かなきゃいけないのよ!」
ズバッ!
一体目の魔獣を風魔法で斬り伏せる。
「しかも、なんで私が北に行ったり南に行ったりしなきゃいけないのよ!」
ドゴォン!
二体目の魔獣を、火魔法で吹き飛ばす。
「そもそも、あのバカ王子!」
ズバァッ!
三体目が倒れる。
「オンドレ~~~~!」
アンリは、完全に八つ当たりだった。
魔獣からすれば、たまったものではない。
「グギャアアア!」
「うるさい!」
ドカーン!
「ギャアアア!」
「こっちは忙しいのよ!」
ドゴーン!
こうしてアンリは、聖女としての神聖さを日に日に失っていった。
そして後に彼女は、人々からこう呼ばれるようになる。
「聖女アンリ」ではなく――。
「荒女アンリ」
と。
なお、この頃のアンリは、まだその呼び名を知らない。
そして王宮では今日も、
「聖女アンタ様は、いったいどこへ消えたのか?」
という、誰にも答えられない会議が続いていた。




