29話
「本当にできるというの。では、証明してもらいましょう」
聖女は声を低めて、こちらに告げてきた。
さて、こうなると治療をするのは私の方が良いだろうと、サザンカに手を上げて合図をする。
「何もかわりはないわ」
悲しそうな口調の聖女に確認を取ってもらい、ジェインの治療に取り掛かる。サザンカの弟子で、言い出した私が治療を行なうという話にもっていった。
「では、始めましょう」
彼女には上向きになってもらうと足の甲にあるツボを探し出して押す。それから雷針を打つ。肝の経絡を司る場所を刺激し、全身の魔力の巡りを整えるためだ。ジェインの足がピクリと跳ねた。
(得気が通ったようね。これで内臓へ続く経別のバイパスが掃除されたかな)
それからスキャンをしながら、魔力神経をチェックしながら雷針を打っていく。一発でおかしくなったからといって、一発で直るなんてことはない。だから回数を重ねて、日にちをかけて体のバランスを戻していく。それでも、早めに対処できるからライルの古傷のように長い期間でなくても大丈夫そうね。
数十分の治療を終えた。ジェインの苦しそうな表情が徐々に落ち着いたものになっていく。浅かった呼吸も整ってきた。
「えっと、しばらくは動かないでください。さっきまで痛かった場所とは違う場所が痛くなったりすると思いますが、それは良くなっていく証拠だから大丈夫ですよ」
ジェインが楽になったのか、けだるげな表情で私の方を見たのでそう言葉をかけた。
「あ、ありがとう。楽になったわ。」
ほっとした表情で、か細い声だけれども彼女は答えてくれた。青白かった頬に赤みがさしている。そんな彼女に笑いかけて、一つ頷いてから、私はシスティーナの方を見た。
「まだ、治療は必要ですが良くなっていると思います。診ていただけますか」
システィーナの表情は、あまり表情的には変わっていなかったように周りには見えていただろう。でも、ものすごく悔しそうだなと思った。手が細かく震えていたから。
「あなたは、一体何をしたの」
さすがだなと思ったのは、再診をした後の声も平静だったからだ。
「サザンカが見つけた方法なんですよ。治癒魔法では治らない古傷は、どうも内臓器官などとは違って見えない魔力神経の乱れのものがあるって。それで、その魔力神経を安定させる方法なんです」
隠す気は無い。この方法だって、聖女たるシスティーナが身につければもっと大きな発見につながるかもしれないのだから。
「ジェインは、治るんだな」
あの怒声をあげた男は、彼女と同じパーティのメンバーだったのだろう。縋るような目でこちらを見ている。
「はい。これは即効性はないんですけど、何度か治療をすれば直ります」
彼は泣きそうな表情になって私の手を両手で握り、私の手に頭を押し当てる。
「ありがとう、彼女は助かるんだな。ありがとう」
その彼の姿に、周りは思うところがあったのだろう。誰も何も言い出さなかった。
「えっと、他の人の治療を開始していいですか? 少なくとも楽になるのは証明できたかと」
システィーナに許可を求める。ここは彼女に認めてもらわないといけない。彼女は、私の言葉を聞いて一度目をつむり、大きく息を吐いた。
「他の人たちも、お願いするわ」
その一言を残して戻っていった。彼女についてきた主要メンバーも彼女とともに戻っていく。ライルは、こちらを見て右手を挙げてから戻っていった。アレクはちょっとついて行きたそうにクゥーンと鳴いていたが、こちらに残ることにしたようだ。
その後ろ姿を見て、深呼吸を一つしてからパンッと軽く自分の頬を叩く。その姿にサザンカにびっくりされてしまった。なにをするんですかという顔をしている。
システィーナが何を思ったか分からないけれども、やることは一つだ。
「さあ、治療していこうか」
にこやかに彼女に声をかけた。
ジェインのようにお腹に受けたという人間は他にはいない。上から落ちてきた黒い刃物の様なものに刺された形になったため、肩や腕が多かった。とっさのことに頭は庇ったのだろう。
(頭に当たっていた人がいたらどうなっていたのか。ちょっとぞっとするわね)
脳は中枢神経の大本だ。ここが狂ったらと考えると、色々とヤバいことを想像してしまう。ただ単に死ぬ方が良いということにもなりかねない。狂戦士になるとか、邪神の下僕になる可能性もあるだろう。もしそうならば、さっきまで仲間だった人間が攻撃してくるなんていう事態になりかねない。
そう考えたのは、何も根拠がなかったからではない。一人、首筋近くに受けた者がいたのだが彼は意識が少し混濁していたからだ。明瞭に言動がおかしいというわけでもない。ただ、ぼうっとしているという感じだった。彼の場合は、治療してすぐに意識がしっかりしたので、問題は無いと思う。あのシステムエラーバグっていう言葉が引っかかっているせいかもしれない。
システィーナは、今後の方針をどうするつもりだろうか。マガツヒの要求は、彼女が手に入れば攻撃はしないみたいな話をしていた。だからといって、彼女がそれに同意することはないだろう。なんといっても相手は邪神だ。でも、あの言動からするに邪神は転生者と考えていいのだと思う。それに、私が知っている邪神とは違うのは間違いないということも。なんといっても、攻撃が違うし、こんなところにしゃしゃりでてきたりしないし。転生者といっても、話し合いをして和睦なんてことは望めそうにないよなあ。同じ世界からきたとは思えないほど、倫理観とか違うもの。邪神という存在になったために歪んでいるのかもしれない。元々そういう人間だったのかもしれない。後者はあまり考えたくないが。
(それにあれ、いろんな意味で不味いよねえ)
マガツヒの登場の仕方。あれ、簡単にできるのかどうかは分からないけれど皆が疑心暗鬼になっているんじゃなかろうか。彼は去ったようにみえたけれど、本当にそうなのかは分からないという点もある。しかも、システィーナの祈りでも判別つかなかったことを証明して見せた。ジェインさんと少し話をしたんだけど、バッシュという人の行動がいつもとは違うなんて思いもしなかったって言っていた。
ここにいるメンバーは臨時で招集されたことから考えても、お互いによく知らない相手が多い。そうなると、このままで一緒に行動できるのか? と言われると不安に感じるのじゃなかろうか。
(まあ、マガツヒについてはフレアとアレクに後で聞いてみよう。繋がりが切れちゃったとはいっていたけれど、現物と会ったから何かわかるかもしれないし)




