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出来損ないの人器使い  作者: salt
第3章
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74話「業火の中で5」

「シャドウバインド!!!」


「うぉ!?」


 カリンがそう叫ぶと同時に、地面から鎖に似た形状の影が現れルガートの全身を瞬時に締め付ける。


 しかし、その鎖は気休めに過ぎない。

 ルガートの桁外れな膂力であれば引きちぎられるのも時間の問題だろう。

 カリンの目的は僅かでもルガートの動きを止めることにあった。


(行くぞ!!カリン!!)


(おお!!)


 少しでも気を抜けば瞬時に鎖は破られるだろう。

 カリンは集中力を高めながら瞳を閉じる。


「我が眷属たる漆黒の影よ……」


 カリンの発する言葉に呼応するかのようにあらかじめ影を巡らせていた幾何学模様の陣が淡い光を放ち始める。

 この技をカリンとヴァルツが普段使うことはまずない。

 それは事前に影で陣を描いておく必要があることに加え、陣の中央に相手が位置していなければならないからだ。

 ミズラフのように多くの魔物が押し寄せる戦場では明らかに不向きな技だ。

 しかし、ローレンは初めからこの技で勝負を決めると考えていた。

 その証拠にルガートと会話した時にカリンに向けた視線でこの技を使えと合図を送っていたのだ。


 全くローレンには頭が下がる。

 足がすくむほどの強大な敵に対峙しても明確な勝ち筋を瞬時に見出している。

 それがカリンに勇気を与えていた。

 ローレンには力がある。

 いつか必ず人々を導く存在になるだろう。


 その時に友として彼を支える存在になる。

 そうカリンとヴァルツは決めていた。


 そのためにもここで死ぬわけにはいかない!!


 心を燃やせ……


「常闇より出し我が敵を屠れ!!!ヘルゲーート!!!」


 すると魔法陣から現れた無数の触手がルガートを掴み、彼の足元に空いた小さな漆黒の穴に引き摺り込む。

 その穴は闇そのもの。

 カリンとヴァルツですら何処に繋がっているか分からない。

 穴に飲み込まれたら最期、二度と戻ってくることは出来ないのだ。


「面白れぇ……飲み込めるもんなら飲み込んでみやがれ!!!ガァァァァァ!!!」


 当然ながらルガートも無抵抗にその穴に飲み込まれるはずなどない。

 咆哮をあげながら全力で自身を掴む触手に抵抗する。


 既に影の鎖は破られ、幾つかの触手も引きちぎられている。

 少しでも気を抜けば瞬時にルガートは穴から脱出してしまうだろう。


 少しずつルガートの身体が闇に飲み込まれていく。

 ここからはルガートとカリンの我慢比べだ。


 カリンは歯を食いしばりながら自身の全ての力を振り絞るようにヴァルツの杖を握りしめる。


(カリン!!!)


(ぐぎぎ……大……丈夫……)


 カリンの幼女にも似た顔が苦痛で歪む。

 身体がバラバラになりそうだ。

 ここで力を緩めてしまえばどれだけ楽だろうか。


 だがここでカリンがルガートに負ければ皆瞬く間に殺されるだろう。

 もうローレンとリディスにルガートを足止めする力は残っていない。

 2人が命を削って掴み取った好機を絶対に逃すわけにはいかないのだ。

 皆の命運はカリンの小さな身体に託されている。


 そしてそれはカリン自身も十分に理解している。


 負けられない……


「グルァァァァァア!!!」


 空気を震わせるほどの咆哮をあげながらルガートは必死の抵抗を見せる。

 もう既に身体の半分は闇に沈んでいる。


 負けられない……

 私の全部。

 全部を持っていっても構わない。


「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ルガートを締め上げる手は更に力を強める。


 もう少しだ……

 もう少しだけもってほしい。


 今ここで友の期待に応えられないようじゃ、これから先も一緒に歩む資格はないのだ。


「いっけぇぇぇぇぇ!!!」


「クッソォぉぉぉぉぉ!!!!」


 断末魔にも似た叫びが辺りに響き渡るなか、ルガートの全身を飲み込んだ穴は静かに閉じた。

 先程とはうってかわって静寂が訪れる。


「ぜぇぜぇせぇ……」


 もう指先すら動かす力も残していないカリンはゆっくりと前のめりに倒れる。


「カリン!!」


 手から溢れた杖から人器化を解除したヴァルツが現れカリンを抱き起こす。


「やったな!!流石だぜ!!!」


 ローレンのカリンに向かって感嘆の声を上げた。

 薄れゆく意識の中、カリンは期待に応えられたという満足感に満ちていた。


 しかし次の瞬間、カリンは驚愕していた。


 霞む視界の先に確かに閉じたはずの穴が僅かに空いている。


 あの穴に飲み込まれたら最期、二度と戻ってくることは出来ない。そのはずだった。

 だが、穴は少しずつ、少しずつ大きくなっていく。


「!?」


 異変を察知したローレンも穴に視線を向けるとルガートが勢いよく穴の底から這い出てきたのだ。


「ガハハハハハハ!!!惜しかったな嬢ちゃん!!」


「そんな……どうして!?」


 上機嫌に高笑いをするルガートはカリンに視線を向ける。


「俺を穴に落とした瞬間、触手が緩んだんだ。駄目だぜ、油断したら」


「!?」


 それはカリンすら認識してなかった綻び。

 ルガートは墜ちる寸前に緩んだ触手を引きちぎり、こちらに戻ってきたのだ。

 本来であれば、そのような僅かな隙をつける相手などいないだろう。

 しかし、カリンが相対しているのは想像を超える存在。

 テラーなのだ。


 負けた……

 もうヘルゲートを放つ力は残っていない。

 それにもう一度放てたとしてもルガートはもう油断しないだろう。

 カリンは千載一遇のチャンスを逃したのだ。

 ローレンとリディスの期待に応えられなかった。


 そう察したカリンの顔に絶望の色が浮かぶ。


「いい顔だ……そうじゃねぇとな。俺は強い奴がそうやって顔を歪めるのが大好きなんだ。もう満足だ。じゃあな!!」


「カリン!!」


 ルガートが瞬時にカリンの前に立ち拳を振り上げる。

 それを守るようにヴァルツが覆いかぶさる。

 ルガートが振り上げた拳は2人を容易に貫くだろう。


「……ごめん」


 カリンはそう小さく呟くと自らの死を悟った。

 しかし、その拳が2人届くことはなかった。


「……ガハァ!!」


 ルガートの拳をローレンが受けたのだ。

 拳はローレンの身体を容易に貫通し、口から鮮血が飛び散る。


「「ローレン!!!」」


 ヴァルツとカリンが叫ぶなか、ローレンは2人に覆いかぶさるように倒れた。

 身体を貫かれたローレンは既に意識はない。

 傷口からは吹き出すように血が溢れ、すぐに人器化を解除したリディスが彼の傷口を抑えるが、ひと目見ただけで致命傷だと分かる。


「ちっ……つまんねぇな……」


 ルガートは折り重なるようになったら4人を見下すと、血で真っ赤に染まった手でつまらなそうに頭を掻いた。

 彼の中ではもう興味が失われているのだろう。


 ローレンの身体から伝う血が温かい。

 なぜ彼が傷ついているのだろう。

 なぜ私達は見下されているのだろう。


「……なんでつまらないの?」


 そう問いかけたのはカリンの無意識の感情だった。

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