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出来損ないの人器使い  作者: salt
第3章
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73話「業火の中で4」

 ケントルムの東。

 吹き荒ぶ風が人々の悲鳴を運んでくる。

 炎に揺れる街を見つめるアルクは禍々しい大剣を地面に突き刺し、静かに時を待ち続けていた。


 アルクが放った断罪の業火は数え切れないほどの人々の命を奪った。

 しかし、その程度で彼の胸に渦巻く憤怒の感情は収まることはない。

 全ての人間を絶望の淵に叩き落とすまで決して止まることはないのだ。


 これはそのための布石に過ぎない。


「来たか……」


 アルクはそう小さく呟くと凄まじいスピードでこちらに向かってくる大男に視線を送る。


「おぉぉぉぉ!!大地爆砕!!!」


 その男はアルクに向かって飛び上がると勢いそのままに無骨な槌を振るう。

 相当な威力を誇る攻撃だと見抜いたアルクは素早く後ろに飛び上がり槌を躱した。


 流石のアルクでも受け止めるのは危険と判断したのだ。


 ドンっという爆発音にも似た轟音が響き、あたり一帯を押し潰す。


「お前か……ふざけたまねしやがって!!」


 周囲に広がった衝撃波と共に舞い上がった砂埃でまだ大男の姿は確認できない。

 しかし、アルクにはその人物の見当が付いていた。

 人々から英雄と呼ばれる人器使いであるギルドの最高指導者ラウドだ。


「……お前が来るのを待っていた」


 周囲を覆っていた砂埃がゆっくりと風に流されていく。

 ラウドは窪んだ地面の中心で槌を構え、こちらを真っ直ぐに見つめていた。


 アルクとラウド。

 憤怒の表情を浮かべた2人の視線が交錯した。


 ◆◆◆◆◆◆


(な……!!!)


 ラウドは驚愕していた。

 これまで胸の中で燃え盛っていた怒りが揺らぐほどに。


 ラウドの眼前に佇む男は彼の予想だにしない人物だったからだ。

 その男は人々に希望をもたらし、救済の光によって人器化の術を与えた救世主の1人。

 アルクその人だったからだ。


 ラウドが最も憧れ、尊敬していた人物。

 雰囲気はかなり変わっているが、見紛うことなどない。


(……父さん?)


 同調によってラウドの戸惑いを感じ取ったカーミラが不安げな声を上げる。


「待っていた……だと?まるで俺が来ると分かっていたかのような口振りだな」


 動揺していることを悟られないようラウドは表情を変えずに問いかける。


「……ああ。お前なら来ると思っていた。成長したなラウド……」


「アルク……」


 そう声を掛けるアルクではあるが、その声色は冷淡そのものでカケラほどの慈悲も感じ取れない。


「何でだ!?何でアンタが!?」


「何で……か。お前は人器化が人間の希望だと本当に信じているのか?」


「……どういうことだ?」


「……あれは呪いだ。そして俺は人間共を根絶やしにして呪いを払う。それだけだ」


 そう言い放ったアルクはゆっくりと禍々しい大剣をラウドに向かって構える。

 それと同時にアルク自身から炎が立ち昇り全身を覆う。

 その様子を見たラウドは槌を握りしめる力を強める。


(カーミラ。切り替えて戦いに集中しろ。でないと死ぬぞ!)


(……分かってるわ)


 突如現れたアルク。

 そしてアルクの言った呪いという言葉。

 考えなければならないことは山ほどあるのだが、この戦いに勝たなければ意味はない。


 ラウドは即座に頭を切り替える。

 それを意識的に出来るのがラウドを英雄たらしめる理由だろう。

 しかし、ラウドには懸念があった。


 強力な魔物や例えテラーであったとラウドは遅れを取るつもりない。

 しかし、目の前に居るのは救世主の1人だ。


 長年共に戦ったパートナーであるマーレではなく、経験の浅いカーミラとどこまで戦えるのか。


「悪いが死んでもらうぞ」


「まさかアンタと戦う日が来るなんてな……来い!!!」


 アルクとラウド。

 人々の救世主と英雄の戦いが始まった。


 ◆◆◆◆◆◆


 その頃、街の北側でもう1人のテラーであるルガートと対峙したローレンはすんでのところで生きながらえていた。


「ハハハッ!!!いい動きするじゃねえか!!」


 戦いを心底楽しんでいる様子のルガートは豪快な笑い声を響かせながら乱暴に腕を振り回す。

 しかし、ローレンには楽しむ余裕など一切ない。

 ラウドをも優に超える巨体から繰り出される拳は拳圧だけで周囲の建物が吹き飛んでしまうほどの威力だ。

 一撃でも直撃を受ければ如何に同調で強化されている身体であっても無事ではすまないだろう。


 嵐のように襲いかかる死をローレンはボロボロになりながらも紙一重でいなし続けていた。


(ローレン!!!)


(おお!!)


 極限まで高められた2人の集中力が精神だけではなく動きまで寸分の狂いなくシンクロさせていく。

 死の淵に立たされた2人は二心一体を体現する人器使いの境地まで辿り着いていた。


 しかし、ローレンとリディスには致命的な欠陥がある。

 それは攻撃力の低さだ。


 ローレンが手にするリディスの短剣は薄い炎の刃を伸ばすことによって伸縮自在の剣になるのが特徴だ。

 伸ばす距離を調節することによって遠距離から近接まで対応することが出来る汎用性が売りなのだが、ルガートのような強敵との戦いでは決め手に欠けてた。


 何度か隙を見てルガートの腕を斬り付けているのだが、薄皮一枚程度しか傷を与えられていない。


 それは間違いなくルガートにも見抜かれている。

 その証拠にローレンの攻撃に対してルガートは徐々に防御を取らなくなっていたのだ。

 致命傷を受ける恐れがないと判断したルガートは更に拳の回転を早め、今では攻撃する暇すらない程2人は追い込まれていた。


「オラオラ!!!逃げ回ってばかりじゃつまんねえだろ!!!」


 ローレンとリディスが待ち望んでいる増援は未だ来ない。

 このままの状況を続けてもいずれ捕まるのは明白であり、一見すると絶望的な状況だ。

 しかし、2人の心は全く折れていなかった。

 2人は少しずつ、少しずつルガートをある場所へ誘導していたのだ。

 カリンが網を張る、その場所へと。


 ◆◆◆◆◆◆


 ルガートが放つ拳によってまるで竜巻のようになった場所から少し離れ、カリンは精神集中をしていた。


 遠距離型のカリンがルガートとローレンの戦いに加わっても出来ることはない。

 一瞬で致命傷になる攻撃を受け、ローレンとリディスの足手纏いになるのが関の山だろう。


 だが、この状況を打破できる力を持っているのは彼女だけだった。


(いいか……一発勝負だぞ)


(分かってる)


 ヴァルツの落ち着いた声色がカリンの脳裏に響く。

 どんな状況でも変わることはない彼の落ち着いた声がカリンの集中力を高めていた。


 集中しろ、集中しろ、集中しろ……

 

 大切な仲間が命を削るのを見つめながら、彼女はそう心の中で呟いていた。


 ◆◆◆◆◆◆


 程なくしてローレンもリディスはルガートをあと一歩の所まで誘い込むのに成功していた。


「誘ってるな……」


「「!?」」


 ルガートは次々と繰り出していた拳をピタリと止め、ローレンを見つめる。


「……さあ?何のことかな?」


 そう惚けたが、ルガートはもう何かに気付いてる様子だ。


「俺とここまで戦ってお前の瞳の光が失われねぇんだ。それどころかどんどん輝きを増してきやがる。そんな奴は大体まだ希望を残してる奴だ。違うか?」


「……」


 ローレンはルガートというテラーを見誤っていた。

 見た目は粗暴で明らかに戦闘狂という印象なのだが、決して脳筋ではない。

 観察眼に長け、野生にも似た直感が働くのだ。


 ローレンは全力で思考を巡らせる。

 だが、ローレンの力ではルガートを動かすことは出来ない。

 ルガートに勝利するための策は完全に瓦解したのだ。


 絶望が押し寄せようとしていたその時、この場に居合わせた皆が予想だにしない行動をルガートが取る。


 ルガートは何故かローレンの方に歩み寄り、誘い込もうとした場所の中心に立ったのだ。


「……大体この辺りだろ?そこの嬢ちゃん?」


 ニィッも笑みを浮かべたルガートはカリンに視線を送る。


「……お前何を考えてる?」


「俺はな……俺が強者だと認めた奴はそいつの全てを撃ち砕いて勝つのが主義だ。そんな希望を持った目されてたら殺す気も無くすぜ。さぁ……嬢ちゃん打ってこいよ。切り札をよぉ!!」


 舐められてる。

 それは完全に強者の理念であり、ローレンは最初から対等な存在だと認識されていないのだ。

 悔しいがそれは受け入れなければならない事実である。

 しかし、それがローレン達に起死回生の好機を与えていた。


「……お前、それを慢心って言うんだぜ!!カリン!!!」


「おおっ!!!」


 ローレンの呼び声と同時にカリンはヴァルツの杖を思いっ切り地面に突き刺し渾身の力で叫ぶ。


「シャドウバインド!!!」


 カリンとヴァルツの最高火力。

 それは、テラーにも届きうる牙だ。


 ルガートに勝つための最初で最期の好機を逃すまいとカリンは全ての力を使い切るつもりで魂を注いだ。

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