九十八話 望まぬ復讐③
「《零凍槍》!」
「ガッ……!」
向かってきたノーブルドラゴンに向けてアレンは魔法を解き放つ。
かざした手の平から放たれるのは青藍の光線。それらの光の帯が彼らの翼を違えることなく撃ち抜いた。
自慢の翼は一瞬にして凍りつき、あえなく地へと落ちていく。
だがしかし、息つく間もなく次々と他の魔物たちが襲いきた。
「はっ、数が多いな……!」
『もうへばったか!』
「まさか! 憂さ晴らしにはちょうどいい!」
魔法を連打し、敵の猛攻をかいくぐる。縦穴を揺るがすほどの轟音と火花が舞い散って、あたりに色濃い煙が満ちる。
「アレンさん!」
「っ……!」
ルゥが体をよじった一瞬ののち、ふたりのすぐそばを熾烈な斬撃が切り裂いた。
手近な魔物の巣に着地したアレンたちに向けて、気配が猛スピードで突っ込んでくる。ゴウセツだ。咥えた枝を猛々しく振るい、ふたりの頭上に躍り出る。
『貴様のやり方は生ぬるい! それであの方が救えるものか!』
「やかましい! 生ぬるくて何が悪い!」
真っ向からの目にもとまらぬ苛烈な斬撃。
それをアレンはすんでのところで受け止める。得物は魔力を束ねて作った光の剣だ。怪物退治にはもってこいの武器だろう。猛攻をさばきながらアレンは叫ぶ。
「貴様の言う復讐とやら、俺も考えた! あの国に乗り込もうと、何度思ったことか……!」
シャーロットを傷付けた者たちが、今ものうのうと暮らしている。
その事実が脳裏をよぎる度に胸にどす黒いものが湧き上がった。
好きだという思いを自覚してからは、なおさらそれが酷くなった。だがしかし、アレンはそれをぐっと堪え続けている。
「俺はあいつにこの世の楽しみ、すべてを与えると決めた! それは……報復の機会ですら例外ではない!」
シャーロットはこれまでの人生、あらゆるものを奪われ続けてきた。
だからアレンは彼女から何も取り上げない。
すべてを与えて、見守り続ける。そう固く誓っていた。
「だから俺は、あいつが決断するまで待つ! 貴様のように勝手な復讐を行っても、シャーロットが苦しむだけだ!」
『悪を裁くことの何が悪い! シャーロット様も心の奥ではそれを望んでおられるはずだ! それがあの方の幸せに違いない!』
「ならばますます見過ごせんなあ……!」
『なにっ!?』
アレンは力の限りに吠え猛る。
シャーロットがほかの誰かのもとで幸せになれるのなら、アレンは喜んで身を引くつもりだった。だがしかし、いざ彼女の幸せを他人の口から語られると……はらわたが煮えくりかえる自分がいた。
ルゥの背を踏みつけ、跳躍。
そのままアレンは渾身の力を込めて光の剣を振り抜いた。
「惚れた女を……シャーロットを幸せにするのは、この俺だけの特権だあ!!」
『ぐあっ……!?』
一瞬のせめぎ合いの後。アレンの放った一閃はゴウセツの得物を切り飛ばし、毛むくじゃらの体躯を勢いよく弾き飛ばした。
そのまま壁に激突して巨大なクレーターを刻む。
ずるずるとくずおれるゴウセツだが、その口元からはかすかなうめき声がこぼれてくる。アレンが加減したからだ。
とはいえ……もう戦う余力は残っていないだろう。
ボスが倒れたことで周囲の魔物たちもどよめき、アレンから距離をとった。
「ふう。これにて成敗完了だな」
アレンは光の剣を消して、額の汗をぬぐう。
適度な運動で憂さ晴らしができたため、やたらと晴れやかな気持ちに包まれていた。
そのすぐそばに、ルゥがおずおずと近付いてくる。
なぜか気遣わしげにアレンを見上げて、くーんと鳴く。
『いやあの、おまえさあ……今の、いいの?』
「なんだ。やりすぎだとでも言いたいのか」
『それじゃない……それじゃないんだよなあ……』
ルゥは歯切れ悪くかぶりを振ってみせる。
そのおかしな反応にアレンは首をひねるものの……ハッとしてシャーロットのもとまで駆け寄った。
「シャーロット! 大丈夫か!」
「あ…………」
「すまない。俺が付いていながらこんなことになるとは……これからはもっと注意して……おや?」
シャーロットは、なぜか顔を真っ赤にして固まってしまっていた。ぽかんと目を丸くして、息さえ忘れているようだ。尋常ならざるその様子に、アレンは慌てて彼女の顔を覗き込む。
「どうした、シャーロット。まさか……どこか怪我でもしたのか!?」
「い、いえ、その……大丈夫、です……」
シャーロットはさっと俯いてしまう。
たしかに怪我はなさそうだが……様子がおかしい。
その理由がアレンにはまるで理解できなかった。
あたりに満ちるのは生温かい空気だ。今しがた戦っていたはずの魔物たちもまた、なぜか見守るような目線を投げている。