九十六話 望まぬ復讐①
ゴウセツが並べ立てるのはおぞましい言葉の数々だ。
それが静寂に染み渡り、あたりの空気を凍らせていく。
シャーロットは痺れた舌をなんとか持ち上げて、震える声をつむぐ。
「ど、どうして……そんな、ことを……!」
『なに、簡単なこと。単なる義憤でございますよ』
ゴウセツはゆるゆるとかぶりを振る。
『儂は、ただ我慢がならなくなった。あなた様のような方が苦しみ、搾取される世界など力によって正されるべきでしょう』
「っ……それでも……それでも、ダメです!」
シャーロットは力の限りに叫ぶ。
自分を虐げ、すべてを奪った者たちに思うことはある。恨みとか怒りとか、まだそこまではっきりした感情は抱けないものの、胸がもやもやするのは間違いない。
だからといって……国を滅ぼすなんて恐ろしいことを、見過ごせるはずがない!
「私はそんなこと望んでいません……! やめてください!」
『これはまた、異な事をおっしゃいまするな。あなた様は被害者でございましょう。報復は自然なこと』
「それでもダメです! 無関係な人たちまで巻き込むなんてことも……絶対ダメです!」
『まったくお優しいことだ……嘆かわしいほどに』
ゴウセツはため息混じりに天を仰ぐ。
『やはりあの魔法使いのせいですかな』
「っ……アレンさん、ですか?」
『左様。あの若造のやり方は……儂から言わせれば、ぬるいとしか言いようがない』
やれやれ、と肩をすくめるゴウセツだ。
泰然としたその声に、始めて苛立ちのようなものがにじむ。
『ここしばらく、あなた様方の様子を見させていただきました。あの若造はあなた様を幸せにすると嘯きながら、あの国へなんら報復を取ろうとしない。ただ日々を漫然と過ごすだけ。怠惰としか言いようがない』
「怠惰、って……」
『他に言い表す言葉がありますかな。奴はあなた様を救うのではなく、堕落させているだけだ』
厳しい言葉の数々に、シャーロットは目を見張る。指先が冷えて、頭の奥がじんと痺れた。
昔ならこんなとき相手に何も言い返せなかった。だがしかし、今のシャーロットは違う。
まっすぐにゴウセツを睨みつけて、告げる。
「それは、違います」
『……なに』
「アレンさんと一緒にいて、ようやく私は生きることができたんです」
恐れるもののない、静かな日々。
それでいて少しずつ変化があって、どんな時間も大切だった。
笑ったり泣いたり、怒ったり。そんなふうに感情を表に出せる日が来るなんて思いもしなかった。
変われたのは……アレンのおかげだ。
「それを否定するのは、いくらゴウセツさんでも許せません!」
『……それはあなた様が、あの若造に誑かされているだけでございます。我らだけが、正しくあなた様をお救いできる』
ゴウセツの目に迷いはない。
その口元に薄い笑みを浮かべてみせる。
『じきにそれが分かることでしょう。あの若造と離れれば、否が応でも』
「っ……アレンさんに何をしたんですか!?」
『なに。ご心配にはおよびませぬ。五体満足でございますよ。ですが我が計画の邪魔になるため……フェンリルともども、ノーブルドラゴンを見張りにつけて捕らえております』
「そんな……!」
魔法が効かないドラゴンたち。
アレンにはきっと最悪の敵となることだろう。
(私のせいで、アレンさんとルゥちゃんが危ない目に……!)
絶望で意識が遠のきそうになるシャーロットをよそに、ゴウセツは上機嫌そのものだ。
『いかにして、あなた様をあの男から引き剥がすべきかと思案しておりましたが……近くまでいらしてくださるとは行幸でございました。おかげで儂も駒を一気に進めることができます』
そう言って、ゴウセツは恭しく前足を差し伸べる。
『さあ、ともに参りましょうぞ。あなた様のために作る地獄、どうかご堪能下さいませ』
「ひっ……! いや、来ないでください……!」
恐ろしさのあまり後ずさる。
しかしすぐに壁に阻まれ、退路を断たれてしまった。
あたりの魔物たちも静かにシャーロットへとにじり寄り、包囲網を狭めていく。
膝ががくがく震えて、涙が溢れそうになる。だが、そんな折――脳裏に浮かぶ言葉があった。
『悪夢に囚われようと、俺が必ず助けに行く。だから何も心配するな』
かつて悪夢を見た夜。
アレンが投げかけてくれたその言葉が、シャーロットに勇気を与えた。
あらん限りの力をこめて、叫ぶ。
「助けて……! アレンさん!」
その声は縦穴の壁に反響し、高い青空を震わせた。
次の瞬間――。
「もちろんだ!」
「っ……!」
天上より降り注ぐ、いつもの声。
はっとして見上げれば……縦穴の縁に、アレンが不敵な笑みを浮かべて立っていた。