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二百二十話 エルーカ番外・脇役たちの矜持①

 春の陽気が降り注ぐ魔法道具専門店・黄金郷にて。

 エルーカは頭を抱えて叫ぶ。


「たっっっっっか!?」


 視線の先にあるのは、商品棚に並ぶ獣の骨たちだ。


 大きなくちばしの生えた頭蓋骨に、太い上腕骨、やけに長い頸椎骨、尾骨に骨盤……その他さまざまな骨たちは余分な肉が取り除かれ、ピカピカに磨き上げられている。


 そして種類ごとに値札が付いていた。頭蓋骨は十、上腕骨は三。などなど。

 その内のひとつ、くちばしの付いた頭蓋骨を手にしてエルーカはぼやく。


「コカトリスの頭蓋骨ひとつで金貨十枚って……ちょっと高すぎません?」

「仕方ないわよぉ」


 黄金郷の店主、魔女フローラが肩をすくめる。

 カウンターの向こうで帳面をめくりつつ、もう片方の手で納品書にサインして、多忙を極めつつも店主はおっとりした調子で続けた。


「コカトリスは討伐難易度Aクラス。並の冒険者じゃ歯が立たない強敵だもの。当然、お値段も張るわよねえ」

「でもでも、先月は金貨三枚だったと思うんですけど……」

「なんでもこの近くの巣が狩り尽くされたんですって。そのくせ市場に全然流れてこないから、供給不足に陥っているのよ」

「誰かが独り占めしてるってことですか? うっわ腹立つぅ」


 エルーカはしかめっ面で頭蓋骨を棚へと戻す。

 名残惜しいが、金貨十枚はさすがに予算オーバーだ。


 コカトリスとは毒蛇の尾を持つ怪鳥の名だ。

 厄介な毒を持っていて、討伐が非常に難しいことで知られている。

 そしてその骨はある特徴を有しているため、高値で取り引きされるのだ。


 フローラは肩をすくめてみせる。


「困ったわよねえ。これじゃ私も自分の研究が進まないわ」

「ですよねえ。魔法道具技師には大打撃ですよ」


 コカトリスが重宝される理由。

 それは魔法道具の素材に、非常に適しているからだ。


 魔法道具とは魔法を宿した道具のことだ。風を起こす杖だったり、炎をまとった剣だったりと様々なものがある。しかしその作製は非常に難しい。風の魔法が定着する素材でも、別の素材と組み合わせるだけで暴発したりと千差万別だ。


 その点、コカトリスの骨はありとあらゆる魔法に適性があり、他の素材との相性もいい。値段は張るが、技師ならば誰もが求める素材なのだ。


「コカトリスの骨をお求めってことは、エルーカさんも何か作るつもりなの?」

「ああ、はい。ちょっと街で構想を得て」


 エルーカはそう言って、もう一度怪鳥の頭蓋骨に目を向ける。

 空っぽの眼窩は何かを訴えかけるように、じっとこちらを見つめていた。


「でも、あれじゃ当分無理ですかねえ……」

「ふふ。期待してるわよ、若き天才技師さん? エルーカさんの作る魔法道具は使いやすいって評判なんだから」

「じゃあオマケしてください!」

「それとこれとは話が別よ~」


 エルーカの差し出した右手をぺしっと弾き、フローラはやんわりと笑う。

 魔法道具屋や飲食店、娯楽施設などを数多く経営する敏腕社長はしたたかだ。なんだか実家の母を思わせる。どちらも年齢不詳だし。


「ほんとすごいわよねえ。昨年は魔法道具大学会で準優勝だったかしら。そんな職人さんがうちのお得意さまだなんて光栄だわあ」

「それを言うなら、フローラさんも審査員特別賞をもらってたじゃないですか」

「私はほら、この業界が長いもの。十七歳でこれだけブイブイいわせてる人なんて珍しいでしょ?」

「まあ、否定はしませんけど」


 フローラの言うとおり、魔法道具技師は職人の世界だ。長年の経験が物を言う。

 そんななかでエルーカは弱冠十七歳というまれに見る若さで活躍を収めていた。


 得意分野は生活系の魔法道具だ。

 火力調整のできる調理台。

 洗濯から天日干し、畳むまでをこなす洗濯機。

 自動的に印刷、製本までをこなす全自動活版印刷機。


 魔法に馴染みのない一般市民向けに、操作が簡単で、なるべく安価に量産できるよう使う素材にも気を配っている。それが認められ、数々の品評会で好成績を収めていた。特許収入も年々うなぎ登りだ。


 しかしエルーカはふっと自嘲気味に嗤う。


「うちのおにい、十五のときに大学会で最優秀賞を受賞してるんですよ」

「あの人はほら……例外中の例外でしょ?」


 フローラは半笑いで言葉を濁す。

 魔法学院の教員として所属していたころ、片手間で作った自動追尾型五大魔元素砲撃台によってアレンは歴史に名を刻んでいる。


 水と炎といった、本来ならば打ち消し合うはずの五大元素魔法を、相互干渉なく安定して発動させる技術は業界に衝撃を与え、たったひとりで技術を百年進めた天才だと評価されている。

 当の本人は「どうしてこんな簡単な機構、誰も考えつかなかったんだ?」とぼやいていたが。


 そこでフローラがぽんっと手を叩く。


「そうだわ。コカトリスの骨が必要なら、お兄さんに相談してみたら? あのひとなら楽勝でしょ」

「おにいかー……」

「あら、不満なの?」


 そんな規格外の兄、アレンはこの街の外れに住んでいる。

 アテナ魔法学院創立以来の天才と名高い兄ならば、コカトリスなんて鼻歌交じりに討伐できることだろう。開発予定の魔法道具に関するアドバイスもくれるかもしれない。


 だがしかし、エルーカは兄に頼ることを躊躇した。

 理由はシンプルそのものだ。


(おにいは今、デリケートな時期だしなあ)


 あの兄が、今現在あろうことかワケあり女子を匿って一緒に暮らしている。

 おまけにその子とどこからどう見ても両想いの無自覚イチャイチャ中となれば、あまり余計な手間をかけさせたくない。


 エルーカはしばし悩んでから脳内で手を打つ。


(よっし、もうニールズ王国に旅立っちゃお。その間に市場価格も落ち着くでしょ)


 兄から頼まれたシャーロットの調査を先に片付けてしまおう。

 コカトリスの繁殖スピードは早い。狩り場がすっからかんになったとしても、半年もすれば群れが形成される。そのころにはきっと価格も元に戻るはずだ。


 そんな皮算用を繰り広げていた、そのときだ。

 カランコロン。


「うん?」


 店のドアベルが軽快な音を立てた。

 何の気なしにそちらを見やって、エルーカは目を丸くする。


「あれ? あのときのお兄さんだ」

「きみはこのまえの……」


 そこにいたのは車椅子に乗った青年だった。

 肩まで伸びた赤毛と、生白い肌。病衣のような服をまとった彼は、車椅子を操ってこちらまでやってくる。手を触れずとも車輪が回転し、ひとりでに止まった。これも風の魔法が組み込まれた魔法道具の一種だ。


 フローラが不思議そうに小首をかしげる。


「あら、おふたりともお知り合い?」

「はい! 偶然だね、お兄さんは車椅子の調整?」

「いえ。今日は薬草を買いに来たんです」

「薬草?」


 きょとんとするエルーカをよそに、フローラがカウンターの棚から布袋を取り出した。

 中身がちらっと見えたが、二、三種の薬草だ。どれも珍しいものではない。


「いつものですよね。ご用意できていますよ」

「ありがとうございます。ではこれ、今月の支払いになります」

「はい、確かにいただきました。領収書をご用意しますね。えーっと用紙はどこだったかしら」


 青年から銀貨を受け取り、フローラはあちこちをゴソゴソと漁る。

 伝票から注文書、その他薬草や魔石などが、あっという間にカウンターの上にうずたかく積み上がっていった。


 その光景に、エルーカは苦笑するしかない。


「人を雇ったらどうですか? さすがにフローラさんひとりじゃお店が回らないでしょ」

「求人を出してるんだけど、なかなかいい人が捕まらなくてねえ。魔法道具技師免許所持者の募集なんて、ちょっと欲張りすぎたかしら。エルーカさんどう?」

「あたしはちょっと忙しいですし……」


 魔法道具を作製、販売するには免許がいる。専門学校で多くの単位を取得したのちに試験に合格する必要があるのだが、その合格率は数パーセントにも満たない。非常に狭き門なのだ。


 エルーカとフローラは、ふたりともその免許を持った魔法道具技師である。兄の紹介でこの店を知ったが、同業者同士話も弾み、ちょくちょく訪れるようになっていた。

 業界で名の知れた魔女はため息をこぼしつつ青年へと声を掛ける。


「ごめんなさいね、コンスタンさん。ちょっと待ってもらえるかしら」

「どうぞおかまいなく。急ぐ用事もありませんから」


 青年はおっとりとかぶりを振る。

 ずいぶんのんびりした性格らしい。

 せっかく手持ち無沙汰になったことだし、エルーカは彼に話しかけてみる。


「その薬草って調合用だよね。お兄さん薬師なの? 魔法道具も薬も作れるなんて、ずいぶん器用なんだねえ」

「そんなことはありませんよ。薬も一種類しか作れませんし」

「ありゃ、そうなの?」


 エルーカは目を瞬かせる。

 そんな折、フローラが歓声を上げてコインと紙を突き出してくる。


「ようやく見つけたわ! はいこれ、おつりと領収書。また来月も用意しておくわね」

「ありがとうござ……えっ」


 それを受け取って、青年は目を瞬かせる。


「あの、フローラさん。これじゃおつりが多すぎるんですけど……」

「お得意様だしサービスよ」


 フローラはそう言って、ばちんとウィンクひとつ。


「今後ともご贔屓に。お姉さんにもよろしくね」

「……本当にすみません」


 青年は深く頭を下げる。

 痩せて小柄な体格が、そうするとますます小さく見えた。

 それを見てエルーカの胸がなぜかちくりと痛むが、青年は力なく笑う。


「それじゃ……お話を遮ってすみません。僕はこのへんで失礼します」

「あ、うん」


 ぺこりと頭を下げる青年に、エルーカもまた会釈を返した。


(さっきの薬草で作れる魔法薬って……)


 魔法薬の知識もそれなりに有している。だから先ほどちらっと見えた袋の中身から、作製できる薬は予想が付いた。それがどんな症状に効果があるのかも。


 しかしエルーカは言葉を飲み込んだ。

 しょせんすれ違っただけの他人だ。無遠慮に踏み込んでいい領域とは思えなかった。


 ただじっと、ゆっくりと遠ざかって行く背中を見送る。

 悲劇が起こったのはまさにそのタイミングだった。青年が小さくため息をこぼし、ふと視線を上げて――先ほどエルーカが持っていたコカトリスの頭蓋骨と目が合った。


「ひっ! コカトリス……!?」

「あ、危ない!?」


 青年がか細い悲鳴を上げてのけぞって、その拍子に車椅子が傾いた。彼の体があわや宙空に投げ出されて――。


 がっしゃーーーーん!


 広い店内に物々しい音が響き渡った。

 横転した車椅子の車輪が虚しく回り、そのすぐそばには青年と……彼の下敷きとなったエルーカが倒れていた。


「い、いたた……」

「うわ!? すみません!」


 青年は慌ててエルーカの上からのいてくれた。

 しゃにむに駆け付けたのはいいが、これではちょっと締まらない。

 照れくさくなって頬を染めるエルーカを、青年は蒼白な顔でのぞき込んでくる。


「本当にすみませんでした! お怪我はありませんか!?」

「これくらいなんともないって。お兄さん軽いし。お兄さんこそケガはない?」

「僕は平気ですが……って、やっぱり怪我してるじゃないですか!」

「ありゃ。ほんとだ」


 見れば肘を擦りむき、ほんの少しだけ血が滲んでいた。

 とはいえこれくらい怪我の内には入らない。フローラが心配して近付いてくるも、エルーカは笑顔を向ける。


「あらあら、エルーカさんたら大丈夫?」

「大丈夫ですって。この通りですよ」


 簡単な回復魔法を唱えると、傷はあっさりと跡形もなく治ってしまう。

 しかしそれを見届けても青年は顔色をなくしたままだ。床につきそうなほど頭を下げて、真摯に言う。


「女性に怪我をさせた事実は変わりません。どうかお詫びをさせてください!」

「いいっていいって……あ」


 ぱたぱたと手を振るエルーカだが、そこでふと思い付くことがあった。


「それじゃちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」

「なんなりと。お金はあまり今手持ちがありませんが、家に帰れば――」

「ああ、違う違う。慰謝料とかじゃなくてさ」


 エルーカはにっこりと笑い、デートに誘う。


「これから時間ある? ちょっと付き合って欲しいんだけど」

エルーカ番外編スタートです。全五話予定。次回は来週水曜予定です。

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