二百十九話 旅のあとで
岩人族の里から戻って一ヶ月ほどあとのこと。
アレンとシャーロットはマリオンに呼び出され、冒険者ギルドの扉をくぐった。ギルドに併設された酒場――ここで冒険者が決死の思いで稼いだ日銭を回収するのだ――で兄妹が先に待っていて、ふたりが席に着くや否やマリオンは小さな箱を差し出した。
「どうぞ、これがお約束の品やよ」
「うおおお……!」
「まあ……!」
小箱がぱかっと開かれた途端、アレンもシャーロットも息を呑んだ。
箱に収められていたのはふたつの指輪だ。
シルバーのリングにゆるやかなウェーブが刻まれ、細かな飾り掘りが施されている。そしてそのどちらにも大粒のマナダイヤが堂々たる輝きを湛えて鎮座していた。カッティングは繊細そのもので、石の中にはなんの混ざり物も見当たらない。
「特等マナダイヤ、しかもこのカット数は前例がないぞ!? なんだこの超技術は……!?」
「すっごくきれいです! デザインも可愛くて大人っぽいし……素敵です!」
ふたりそれぞれまったく異なる観点から、テンションがうなぎ登りだった。
そんなアレンたちにマリオンはくすくすと笑う。
「えへへ、気に入ってくれたみたいでよかったわあ」
「ふっふっふ。そりゃうちの妹の仕事ですからね、当然ですわ」
「なんでおまえが得意げなんだ……?」
ドヤ顔を披露するメーガスにアレンは冷たくツッコミを入れる。気持ちは分からなくもないが。そこでマリオンがワクワクと促す。
「どうぞ、付けてみて。サイズもぴったりのはずやよ」
「お、おお……では…………」
「そうですね、えっと……」
アレンもシャーロットも、指輪とお互いの顔を交互に見比べる。どちらもソワソワするだけで一向に指輪に手を出そうとしなかった。やがてアレンが渋い顔でかぶりを振る。
「いや……やっぱり遠慮しておこう」
「わ、私も同じく……」
「ええっ!? なんでやの!? なんか悪いとことかあった!?」
「そうじゃなくてだな……」
アレンは視線を逸らし、ぽつりと言う。
「なんとなく気恥ずかしいし……なあ」
「はい……」
シャーロットも同じようにうなずいた。
指輪を付けるなんてお互いに初めてだ。
しかもそれが結婚の証しとなると……どうしても気負ってしまう。シャーロットがしゅんとした様子で頭を下げた。
「すみません、マリオンさん。せっかくこんな素敵な指輪を作っていただいたのに……」
「ええよええよ、せやったら式まで大事に置いといてな」
マリオンはころころと笑ってからシャーロットにビシッと人差し指を突きつける。
「ウェディングドレスが決まったら教えてね、よー似合うアクセサリーも作ったげるから」
「何から何まで……ありがとうございます!」
「ふっ、その様子ならスランプは脱却したか?」
「はい!」
マリオンは明るくうなずく。
岩人族の里から帰ってからずっと工房にこもりっきりで、顔を合わせるのは一ヶ月ぶりだ。最初に会ったころの自信なさげな様子はすっかりなりを潜めてしまったようだった。
腕を振って興奮気味に続ける。
「あれからすっごく調子がよくて、もー寝ても覚めてもアイデアが止まらんくて! あまりに捗るもんやから、魔王さんの仕事だけじゃなくて、今まで受けてた依頼を全部片付けてもーたんよね」
「……うん?」
アレンは目を瞬かせる。
山のように積み上がっていた注文書。あれらすべてを片付けただと……?
呆気にとられるアレンをよそにマリオンは平然と続ける。
「で、急に暇になったんで、ギルドでなんかおもろいお仕事ないかなーって探しに来とるんよ」
「あの数を全てこなした上にまだ働くというのか……?」
「俺も心配なんですけどねえ」
メーガスはやれやれと肩をすくめる。
妹へ呆れたような目を向けつつ、その頭をぽんぽんと叩いた。
「やりたいって言うんだから、好きにやらせようと思いまして」
「まあそうだな。こういうのは本人の意志に任せるのが一番か」
アレンもまた全力でうなずく。
「分かるぞ……見守っていた存在が自分の意志で歩き出すのをさらにまた見守る……格別な味わいがあるよな……」
「やっぱりあんたは分かってくれますよね……いいっすよね……」
「分かり合わないでください」
「なんか変な同盟ができてもーたね」
通じ合うアレンとメーガスをよそに、見守られる当事者ふたりはひどく複雑そうだった。
四人に声がかかったのはちょうどそんなタイミングで。
「あれ、親分じゃないっすか?」
「今日はバイトだって言ってませんでした?」
「ギクッ!」
聞き覚えのある声に、メーガスがびしっと岩のように固まった。
背後からわらわらと現れるのはメーガス率いる冒険者パーティ・岩窟組のメンバーたちだ。アレンとも顔なじみであり、気さくな調子でこちらに近付いてくる。
「おまけに魔王さんと女神様も一緒じゃないっすか。水臭いなあ、俺たちも誘って……え?」
一同はへらへらとした笑顔を浮かべていたが、それが一瞬で消え去った。
彼らの視線の先にはマリオンがいて――全員一斉に水を打ったように静まり返り、真顔でマリオンを見つめる。
「え、えっと……こんにちは?」
マリオンが小首をかしげて挨拶する。
その瞬間、彼らはどっと沸き立った。
「うっっわ!? どちら様っすか、そちらの絶世の美少女は!?」
「め、めちゃくちゃ可愛い……! まさか親分のお知り合いですか……!?」
「すみません! 俺、ノナンっていいます! お名前はなんておっしゃるんですか!?」
「俺はロジェっす! よかったらこれから俺たちとお茶しませんか!?」
「えええっ!? えっと、その……!」
メンバーたちに次々に口説かれて、マリオンはあたふたするばかりだ。
次第にその顔は真っ赤に染まり、結局は耐えかねたようにしてメーガスの背中に隠れてしまう。涙目ですがりついて叫ぶことには。
「ふええ、にいちゃん助けてえ……! やっぱ知らんひとは怖いんよぉ……!」
「は……?」
「にいちゃん……?」
「はあ。まったくおまえらはよぉ……」
ぽかんとする手下一同。
メーガスはそんな面々の顔を見回してため息をこぼし、やれやれと肩をすくめてから――拳を振り上げ、雄叫びを上げた。
「俺の可愛い妹に手を出そうなんて百万年早いんじゃクソボケどもめがあああああ!」
「うぎゃあああああっ!?」
「待てや貴様らああああ!」
一部が容赦なくなぎ倒され、散り散りに逃げ惑う残りのメンバーをメーガスが勢いよく追いかけていった。他の客らはさっとテーブルをどけて巻き込まれるのを回避する。ここでの乱闘や騒ぎは日常茶飯事なので、みな慣れてしまっているようだ。
そんな過保護極まる光景にアレンはふっと笑みをこぼす。
「いろいろ有意義な旅ではあったが、教え子との意外な共通点が知れたな」
「なんだかよく見る光景です……」
シャーロットは青い顔で事態を見守った。
マリオンもまた最初はぽかんとしていたが、すぐにくすりと笑う。
「ふふ……あんね、このまえ族長様から、ほかの変異体のひとらの居場所を教えてもろたやん? 手紙を出したら返事がきてね、いつか会おうって約束したんよ」
「ほう、それはよかったじゃないか」
「うん。仲間がおるってええもんやね」
マリオンはそう言って、再びメーガスへと輝石の瞳を向ける。
瞳はキラキラと輝いて目が眩むほどだった。とびきりの笑顔を浮かべてマリオンは続ける。
「でも……うちは最初からひとりやなかった。だって、にいちゃんがおるんやもの」
「ふむ、メーガスが聞いたら喜ぶだろうな」
アレンは鷹揚にうなずいて、すっと現在進行中の惨劇へと指を向ける。
「それを伝えるついでに止めてきたらどうだ? そろそろ死人が出るぞ」
「あ、せやね。ちょっと行ってくるわ!」
こうしてマリオンは慌てて兄の元へと駆けていった。
それを見送ってアレンは指輪の小箱をかざして嘆息する。
「ともかく、これで指輪は確保できたな」
「そうですね」
シャーロットも笑顔でうなずく。
結婚式に向けての準備は着々と進んでいく。
「さてと、次は何を調達しようか。そろそろ式場も決めねばならんし……」
「あっ……」
アレンが顎に手を当てて思慮にふけると、シャーロットはなぜか言葉を詰まらせた。
式場を決めて、ドレスを決めて、誰を呼ぶか、日取りはいつにするか……やるべきことは山積みだった。
そんなふうに悩んでいたのだが――。
「アレンさん。それについて……ひとつご提案が」
「む? おまえから何か言い出すなんて珍しいな」
シャーロットがいつになく真面目なトーンで切り出したので、アレンは目を瞬かせる。
見守る中でゴソゴソと取り出すのはある一枚のチラシで。
それをかざし、シャーロットは目を爛々と輝かせて言い放つ。
「実は私、このレースに出てみたいんです!」
「これは……!」
アレンはそれを見て絶句する。
そこにはこう書かれていた。
魔獣大競争。
従魔とともに数々の苦難を乗り越える、ルール無用の残虐ファイトレースだ。
本章これで終了!来週からはエルーカ番外を三回か四回更新予定です。
アニメファンブック発売決定!明日くらいから書店で出回るはずなのでよろしくお願いいたします。





