二百十四話 ささやかな交流④
しかしリディたちは大いに咽せて恨みがましい目を向けてくる。
「げっほげほ……子供になんてものを食べさせとるんじゃ!」
「何を言う。ここまで育った個体は高級品で、滅多に口に出来ないんだぞ」
アレンも久々に口にするご馳走だ。ちなみに義母のリーゼロッテの大好物である。
シャーロットはしげしげとホットサンドとデス・アイビーとを見比べる。
「ええ……あの魔物さんが……あの魔物さん、おいしいんですね……あむ」
「ねえさま!? 真相を知ってもなお召し上がるというのですか!?」
ナタリアが卒倒しそうなほどに裏返った悲鳴を上げた。
エサ皿いっぱいの触手を平らげて、ルゥがうきうきと言う。
『おいしいならキモいのも我慢する! つぎはルゥがとってくるよ!』
「おお、期待しているぞ。我が家の食料番はルゥだな」
『ふっふーん。アレンよりでっかいの捕まえるもんねー』
『これはこれは頼もしいことですな。儂も楽しみにしております』
ゴウセツもぺろっとひと皿を平らげて、自分でおかわりをよそっていた。
味は格別なので当然である。
しかしナタリアは納得がまだいかないらしい。意を決したようにホットサンドをひとくちかじって、眉間におもいっきりしわを寄せて呻く。
「ううう……おいしい……おいしいのですが……なんとも複雑です」
「人間っていろいろ大変なんだな……」
そんなナタリアに、ガレナがぽんっと肩を叩く。
「よかったら、このあたりで果物が採れるとこ教えてやろうか? 口直しにさ」
「そうですね。これを食べたらみんなで採りに行きましょう」
「賛成じゃ。これは記憶の上書きが必要じゃからな……」
「マリオンおねえちゃんも行こうよ!」
「えっ、う、うちは仕事が……」
岩人族の子供にせがまれて、マリオンはおろおろする。
それにアレンは軽く手を振って促すのだ。
「いいから行ってこい。おまえもたまには外の空気を吸わないと苔が生えるぞ」
「息抜きも大事ですよ。一緒に行きましょ、マリオンさん」
「う、うん!」
シャーロットが笑顔を向けると、マリオンは力強くうなずいた。
こうしてまたキャンプ場に賑やかさが戻った。アレンは頬杖を突いて、はしゃぐ子供たちをぼんやりと見つめる。人間と魔物と岩人族。ここだけは何の垣根も存在しなかった。
いい光景だと、素直にそう思えた。
「俺たちも今日は休みに…………」
「うん? どうかしたんすか?」
ホットサンドをひとくちで平らげて、メーガスが首をかしげる。
アレンが急に黙りこんだので不思議に思ったのだろう。アレンはそっと前方にそびえる山を指さし、小声で言う。
「あれ、族長どのじゃないか?」
「ありゃ……ほんとっすね」
真正面にそびえるコンゴウ山。
その山頂付近に巨大な岩人族が立っていて、こちらをじっと見つめていた。
◇
その日は日が沈むまでキャンプ場に笑い声がこだました。
みなで果物を採りに行って、近くの川で水遊びをした。水切りをしたり、魚釣りをしたり、近くのダンジョンを軽く探検してみたり。とにかく全力で遊びまくった。
岩人族の子供らもギリギリまで一緒にいたが、夕方になって里へ帰っていった。
『ねえねえ、アレン。また遊びにきてもいい?』
『もちろん。そのときはまた美味いものを食わせてやろう』
『わーい! 約束だよ!』
『マリオンおねえちゃん、またねー』
そんな約束をして、三名とも姿が見えなくなるまでこちらに手を振っていた。
すっかりアレンたちに馴染んだらしい。ナタリアたちとも仲良くなったようだし、一日休みにしただけのことはあった。
「ふう、やれやれ。ようやく風呂に入れるな」
満天の星空の元、アレンは大きく伸びをする。先ほどまでリディらにせがまれて絵本を読んでいたのだが、ようやく寝たので自由になったのだ。
すっかり静まり返ったキャンプ場をゆったりと歩く。
今日一日ずっと騒がしかったので、その分夜の静寂が際立った。
たき火の薪が爆ぜる音、虫の声、風のささやきだけがそっと響く。
星が流れる音さえ聞こえそうなほど、安らかで静かな夜だ。
(……こういうのも悪くはないな)
元来、アレンはひとりでいることの方が多かった。
だから静寂がデフォルトだったはずなのだが……こうして騒がしい日々が当たり前になった今、それがなんだか身にしみた。
柄にもない感慨に浸っていると、風呂場にたどり着く。
風呂は源泉掛け流しで、高い木の柵がまわりをぐるりと囲んでいる。
湯気が硫黄の香りを運んできて、ぱしゃりとかすかな水音もする。風情は抜群だ。
脱衣所代わりの小屋を開こうとするが、ハッとして手を止めた。使用中の札がかかっていたからだ。しかし、すぐにそれが開かれる。
「あ、大魔王さん……」
「なんだ、マリオンか」
顔を出したのはマリオンだった。湯上がりでほかほかしており、頬もうっすら赤みが差していた。岩人族は風呂に入る必要がないものの、好きで毎日入っているらしい。
アレンはさっと道を空けて軽く手を挙げる。
「暗いから気を付けて戻れよ。それじゃあな」
「あっ、待って……!」
そこをマリオンが慌てて呼び止めた。
何かと思えばしばしもごもごと言葉を濁した後、がばりと頭を下げる。
「あ、あの……ありがとうございました!」
「……なんの話だ?」
アレンは肩をすくめるも、マリオンはそっと顔を上げてふわりと笑う。
「今日はうち、にいちゃん以外の仲間と初めてちゃんと話せたんよ。大魔王さんのおかげやわ」
「俺は何もしていないぞ」
「ふふ、そうかもしれんけど……きっかけを作ってくれたのは魔王さんやん」
マリオンは手のひらを合わせ、そっと目を伏せる。
「うちね、ずっとにいちゃん以外の岩人族が怖かってん。でも今日あの子らと話せて……ちょっとだけ怖くなくなったんよ」
「……そうか」
マリオンの表情は穏やかだ。
アレンはそれに小さく相槌を打って、ゆっくりとかぶりを振る。
「恐怖を払拭できたのは、おまえが勇気を出したからだ。ガレナのケガを治すのを拒否することだって出来たはずだからな」
だが、マリオンはそうしなかった。
誹りを受けるかもしれないと分かっていながら、奮い立った。
「その勇気があれば、これからも上手くいく。全部おまえ次第だ」
「……にいちゃんが慕うわけやね」
マリオンはぽつりと言って、にっこりと笑う。それはこれまで見た中で、最も晴れやかな笑み
だった。マリオンはまたひとつぺこりと頭を下げてみせる。
「ありがと、魔王さん。それじゃお風呂ごゆっくり」
「おう。明日からはまたビシバシ働いてもらうから覚悟しろよ」
「あ、あはは……お手柔らかにぃ……」
マリオンは笑顔を引きつらせ、わたわたと家まで戻っていった。
それを見届けてからアレンは脱衣所に足を踏み入れる。
「ふっ。マリオンのやつめ、いい顔をするようになったな。あの分ならスランプ脱却まであと一押しか」
さてどうするかと考えながら服を脱ぎ、風呂へ向かった。
なんとなく腰にタオルを巻いて。
その判断を下した自分を数秒後、猛烈に褒め称えることになるとは思いもしなかった。
軽い気持ちで、風呂場に通じる引き戸をがらっと開く。
もわっとした湯気があふれ出して視界が曇るが、一陣の風がそれを吹き飛ばした。
目の前に広がるのはアレン自ら作成した露天風呂だ。
全面石造りで、このためにわざわざ大理石を山から切り出して地面に敷いた。洗い場の向こうにはでんっと巨大な風呂があり、とろりと乳白色に濁った湯をたっぷりと湛えている。
そしてそこに、シャーロットが浸かっていた。
「…………」
「…………」
ばっちり目が合い、ふたりはぽかんと見つめ合う。
シャーロットは髪を上げて、タオルでまとめている。なんだか新鮮な出で立ちだ。
タオルからこぼれた一房の髪から珠のような雫がしたたり、むき出しの肩にぽたりと落ちる。その音が、やけに大きくアレンの鼓膜をぶっ叩いた。
こぽこぽこぽ。りーんりーん。さああ……。
風呂場に湯と虫と風の音だけが響く。重い沈黙が場を満たす。
それを破ったのはシャーロットだった。
ぎこちない笑顔を浮かべて会釈する。
「え、えっと……こ、こんばんは……?」
「っっっっ、ぎゃああああああああああああああ!?」
アレンは絶叫し、そのままスムーズに土下座へと移行した。
大理石の床に額をこすりつけ、全力で叫ぶ。
「すまん! 間違えた! 今すぐこの命を絶って風呂を覗いた謝意とする!!」
「そ、そんな謝罪はいりません! やめてくださいってば!」
シャーロットが慌てて湯船から上がってきたので、アレンは固く目を瞑った。
これ以上のものを見たら自死する前に死ぬと判断したからだ。
後日マリオンに、どうして教えてくれなかったのかと文句を言ったところ「えっ、だっておふたりは結婚しはるんよね? そんならお風呂くらい一緒に入るもんなんとちゃうの?」ときょとんとされた。ぐうの音も出なかった。
続きは来週更新。
本日はアニメ九話が放送予定です。とうとう魔法学院編突入!
ナタリアは前田佳織里さん。アレンのパパ・ハーヴェイは緑川光さん、ママは鬼頭明里さんです。ヤバくないですか?





