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二百十五話 ささやかな交流⑤

 その後シャーロットに説得されて、なんと一緒に湯船に浸かることになった。

 湯が白く濁っていて本当に助かった。

 隣に並んで、アレンは頭を下げる。


「取り乱してすまなかった……次からはちゃんと確認する」

「い、いえ、大丈夫ですから。本当に気にしないでください」


 シャーロットがおずおずと慰める。こういう場合、取り乱すのは女性側のはずだが、アレンが先に錯乱したせいで冷静になったらしい。

 なんとなくふたりともまた黙りこみ、静かに湯を堪能する。


 しかしアレンは平常心ではいられなかった。ちゃぷちゃぷという湯の音に、シャーロットの吐息が混じる。硫黄の匂いがどこか甘く感じられた。


(死ななくても……死ぬ)


 一緒に温泉に入るのは二度目だが、あのときはお互い水着を着ていた。タオルを巻いただけの今とはわけが違う……気がした。口から心臓が飛び出しそうだ。

 ドギマギするアレンだが、そこでシャーロットがおずおずと口を開いた。


「あ、あの……」

「は!? な、何だどうした!?」


 弾かれたように顔を上げる。

 するとシャーロットはどこか真に迫った表情で切り出した。


「聞きたいことがあるんですけど……いいですか?」

「なんだ、覗きの慰謝料についてか? それなら俺の全財産がこのくらいで――」

「いえ、間に合っていますのでそういうことではなく……」

「では訴訟か……裁判所で会おうというわけだな。分かった。おまえがそのつもりなら逃げも隠れも――」

「一旦そこから離れましょう? 訴えたりしませんから」


 シャーロットが真顔で諭してきたので、アレンも思わず口をつぐんだ。

 訴訟よりも重要なこととは何だろう。ハラハラしながら待っていると、シャーロットは重い口を開く。


「マリオンさんのことです。さっきまで一緒だったんですけど」

「あ、ああ。そこで会ったぞ。礼を言われた」


 アレンは出入り口を示す。

 どうやら女性同士でバスタイムを楽しんでいたらしい。

 シャーロットは重々しく続ける。どこか鬼気迫る表情だ。


「アレンさん。マリオンさんのこと、どう思いますか」

「どうって……早く仕事してほしいなあとしか」


 このままでは、いざ特等のマナダイヤを見つけたところで指輪ができる保証はない。

 とっととスランプを脱却して、試作品のひとつでも作ってもらいたいところである。


 素直な心中をそのまま口にするが、シャーロットの顔は険しいままだ。

 魚の骨がのどに刺さったような面持ちで、すーっと息を吸い込む。そうして、静かな声で問いかけることには。


「マリオンさんが……アレンさんのことを好きになったらどうしますか?」

「…………はあ?」


 アレンは真顔で聞き返してしまった。

 しばらくそのままきょとんと固まってから、片手をぱたぱたと振る。


「ないない。あるわけないだろ。ただの仕事の付き合いだ」

「分からないじゃないですか。マリオンさん、アレンさんにすっごく感謝していましたし……」

「仮にそうなったとしても、だ」


 シャーロットの手をそっと取る。

 正直言って今のシャーロットを直視するのはかなり心臓に負担がかかったが、そこをぐっと堪えてアレンはまっすぐに告げた。


「俺が愛するのは、おまえだけだ」

「アレンさん……」


 シャーロットの眉間のしわがゆっくりと消えていく。

 そこでハッとしてアレンの手を離し、ばっと背中を向けてしまう。


「す、すみません、急に変なことを聞いたりして! マリオンさんは大事なお友達なのに……嫉妬するなんていけないことですよね」

「そんなことはない。自分の気持ちを大事にできている証拠だ」


 心に蓋をして、見て見ぬふりをするよりはよっぽど健全だろう。

 とはいえシャーロットには刺激が強い感情だったらしい。背中を向けたまま、顔を覆ってあわあわしている。新鮮な反応だった。


 シャーロットはぽそぽそと語る。


「さっきマリオンさんにも聞いてみたんです……アレンさんのことどう思いますか、って」

「……あいつはなんと言ってたんだ?」

「『いいひとだとは思うんやけど……付き合うとかは勘弁やわ』って。何故だか真顔でした」

「ああうん、だろうな」


 知人の女性連中からは、おおむね同じような評価を得る。

 だからアレンはあっけらかんと言ってのけるのだ。


「これで分かっただろ。俺を好きになるような物好きはおまえくらいだから安心しろ」

「むむむ……アレンさんのよさを分かってもらいたいような、もらいたくないような……複雑です」


 背中越しでも分かるほど、シャーロットはどこまでも本気だった。

 そんな姿にアレンはくすりと笑う。


「それを言うなら、俺の方が心配なんだぞ。何しろおまえを信奉するやつは数多いしな」

「そうでしょうか?」

「ああ。粉を掛けてくる男がいたら言えよ、迅速に排除してやるからな」

「い、いませんよ、そんなひと。私なんて普通の子ですし……」

「ふつう……?」


 美人で気立てがよくて、ありとあらゆる才能に恵まれたシャーロットが普通……?

 普通の定義がゆらぐ。


 アレンが怪訝な顔をして考え込んでいると、シャーロットがそっとこちらを振り返った。ちょっと拗ねたように口を尖らせてぽつりと言う。


「私だって……アレンさん以外を好きになんてなりませんからね」

「あ、ああうん。あ、ありがとう……」


 突然の告白にアレンもしどろもどろになってしまう。

 またしばし互いに見つめ合ったまま黙りこみ――。


「ふっ」

「ふふ」


 今度は同時に噴き出してしまった。

 お互いの気持ちをさらけ出して、目に見えない距離が近付いた気がした。裸の付き合いというのは不思議な効果があるらしい。


 ふたりは隣り合い、ぽつぽつと言葉を交わす。

 会話は自然とマリオンたち岩人族へと移っていった。シャーロットがぽっかり空いた夜空を見上げてため息交じりに言う。


「マリオンさん、このまま他の岩人族さんたちと仲直りできたらいいですね」

「そうなればいいが……ガレナのような子供はともかく、大人たちは難しいだろうな」


 ガレナたちは変異体を見るのが初めてだと言っていた。

 先入観が薄いものだから、ああもマリオンに懐いたのだろう。それ以外の大人たちが偏見を捨てるのは難しい。


(状況が変わるには、大きなきっかけが必要だろうな)


 考え込むアレンだが、そこでシャーロットが「そういえば」と切り出した。


「ガレナくんたち、気になることを言っていましたよ」

「む? どういうことだ」

「いえ、一緒に果物を採りに行ったときに聞いたんです」


 みなで遠出したとき、ガレナたちはこんなことを話したらしい。


『族長様がね、近ごろ山の様子がおかしいって言うんだよ』

『だからみんなピリピリしてるんだよ。そんなときにアレンたち、黒竜に乗ってきたでしょ?』

『おおさわぎになったんだからね!』


 そう言って、眼前にそびえるコンゴウ山を指し示したという。


「山の様子がおかしいって……どういうことなんでしょうか」

「ふーむ……」


 アレンはあごに手を当てて考え込む。この温泉からもコンゴウ山は見渡せた。月に届かんばかりの高峰は、昼間と変わらず静かにそびえ立っている。

 それを見つめていると……熱い湯に浸かっているはずなのに、ぞくりと背中が粟立った。


「ひょっとして……俺たちは最高かつ最悪のタイミングでここに来たのかもしれないな」

「えっ?」


 シャーロットがきょとんとした、そのときだ。


 ズン――!


 突き上げるような巨大な地震が襲いかかった。

続きはまた来週更新予定。

本日はアニメ十話!ナタリアと三者面談です。どうぞよろしく!

アニメグッズなども一部店舗にて販売中。主題歌CDも出ました!詳しくはアニメ公式まで。

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