二百十三話 ささやかな交流③
少し気落ちしそうになるアレンだが、岩人族の子供らがずいっと迫ってくる。
「でもあんた強いんだな。すげーじゃん!」
「他にはどんな魔法が使えるの?」
「みせてみせてー!」
「ええいまとわりつくな! 圧迫感がとてつもない……!」
子供とはいえ、彼らの背丈はアレンとそう変わらない。自分と同じ大きさの岩の塊が三つ分迫り来るのだから、なかなかの迫力だった。
盛り上がるアレンたちをよそに、ナタリアとリディはむすっとする。
「……なんだか面白くないですね」
「むう。わらわのパパ上なのに……」
「ふふ、アレンさんったら人気者ですね」
複雑そうなふたりをよそに、シャーロットはくすくすと笑う。
先ほどの騒動から一転、あたりには和やかな空気が漂いはじめる。
そこで、ドアの音がやけに大きく響き渡った。
「あっ……」
全員が音の方に視線を向ける。
ログハウスの中から、メーガスとマリオンがそっとこちらを伺っていたのだ。
マリオンの肩がびくりと跳ねて、和やかな空気が一変する。
あれだけはしゃいでいた岩人族の子供らが一気に黙りこんだのだから当然だ。
アレンに対しては警戒心がなくなったようだが、変異体のマリオンは別らしい。メーガスも気まずそうに視線を逸らし、なんとなく他の面々もしんとしてしまう。
そんななか、シャーロットがハッとしてマリオンに声を掛けた。
「マリオンさんもこっちに来ませんか? メーガスさんもご一緒に」
「えっ、あ、いや……」
マリオンはあたふたと視線をさまよわせる。
しかし少しの逡巡のあと、無理やりに口角を持ち上げて笑った。
「大丈夫。うちらはログハウスの中におるから、ごゆっくり」
「マリオンさん……」
シャーロットはそれ以上何も言えなかった。
胸の前で握ったこぶしは、白くなるほど力がこもる。
それを見ていたアレンは、ふと気付くことがあった。岩人族の子供の肩をそっと叩く。
「む? おいおまえ、名前は何というんだ」
「えっ、ガレナだけど……なに?」
「背中。ひびが入っているぞ」
「えっ……うわあ、ほんとだ!?」
背中に腕を回し、ガレナは悲鳴のような声を上げる。
そこには蜘蛛の巣のようなひび割れが走っていた。今はまだ小さなものだが、ガレナが動くと同時ピシッと音を立ててわずかにひびが広がった。
それに気付き、あとの二名もぎょっとして叫ぶ。
「逃げるときに崖から落ちたじゃん! そのときだよ、きっと!」
「そーっとうごかないとダメだよ、ガレナ! はやくさとまでもどろ!」
「む、無理だって! これ以上動いたら……って、またピシッていったあ!」
あたふたする三名に、シャーロットが眉を寄せる。
「ヒビが入るとどうなるんですか?」
「岩人族は頑丈な種族で、少し欠けたくらいではどうともない。ひびもそのうち直る。だが、ひびが全身に及べば……粉々に崩れ落ちて死ぬ」
「一大事じゃないですか!」
シャーロットがぎょっとして叫ぶ。ガレナのひびは今すぐ命に関わるほどではないが、それでも強い衝撃が加われば致命傷になってもおかしくない。予断のならない状況だった。
ナタリアがおずおずと提案する。
「修復魔法をかけてあげたらどうでしょう」
「岩人族の内部構造は複雑でな。魔法で直すのが難しいんだ。造りを熟知していないと、へたに手を出すのは危険だ」
「では、どうすればこやつを助けてやれるのじゃ!」
「簡単なことだ。プロに頼めばいい」
「ぷろ……?」
お子様ふたりがきょとんと目を丸くする。
そんなことには構わず、アレンは大きな声でマリオンに呼びかけた。
「マリオン、こっちに来て直してやれ!」
「えええええっ!?」
マリオンが悲鳴を上げたので、あれだけ騒いでいた子供たちがまた静かになった。
あたふたするマリオンに、アレンは肩をすくめる。
「何を驚く。おまえならこういうのも得意分野だろう。違うか、メーガス」
「まあ確かに、俺もひびが入ったらいつもマリオンに直してもらってますよ。慣れたもんです」
「そ、それはそうやけど……」
マリオンはオロオロしつつも、そっとガレナに目を向ける。
「うちが直してもええんかな……?」
「……族長にバレたらぜってー怒られるけど」
ガレナはぽつりと言う。
しかしそうかと思えばガバッと地面に付くほど深々と頭を下げた。
「お願いします! 死にたくないからタスケテください!」
「僕たちからもお願いします!」
「お、おねがいします……!」
「わ、分かったから、動いたらあかんって……! 準備するからちょっと待っとってね!」
あとのふたりも頭を下げたので、マリオンは慌てて奥に引っ込んでいった。
こうしてガレナの処置が始まった。
マリオンは細かなひびのひとつひとつに粘土を埋め込み、ノミやコテを用いて無駄な部分を取り除いていく。気の遠くなるような細かな作業だ。
それをマリオンは瞬きひとつせずにやりきった。
五分ほど経過したあと、小さく息をついて手を止める。
「ふう……こんな感じでどうやろか」
「わあ! ひびが消えた!」
隣でハラハラと見守っていた岩人族ふたりが歓声を上げる。
鏡を使って見せてやると、ガレナは感嘆のため息をこぼしてみせた。
「すっげー……完全に塞がっちゃったじゃん」
「でも完全に直ってまうまで一週間はかかるから、それまで激しい運動はやめて……あ」
そこまで言って、マリオンはハッとして口をつぐんだ。
目の前にいるのは岩人族。同胞でありながら、変異体を迫害する存在だ。
マリオンは小さくなってうつむいて、ぼそぼそと言う。
「か、かんにんね、うちなんかが触ってもて……嫌ややったやろ?」
「ううん。そんなことないよ」
ガレナはゆっくりと首を横に振る。
そうしてマリオンの手を取って、声を弾ませ言う。
「ありがとう、おねえちゃん! おねえちゃんってすごいんだね!」
「え」
マリオンはぽかんと目を丸くする。
そんな彼女に、ガレナたち三人は口々に続けた。
「おれたち、おねえちゃんみたいな変異体って初めて見るんだ。ねえちゃんが里を出てったあとに生まれたからさ」
「あんなにぱぱっと直せちゃうんだね! めちゃくちゃすごいじゃん!」
「そ、そんなことあらへんよ……」
「なんで? さとのだれより、じょうずだったよ?」
「えっ、えええ……!?」
まっすぐな言葉の数々にマリオンはたじたじだ。
そこにアレンは声を掛ける。
「そろそろ昼食の時間だ。ついでにおまえたちも食っていけ」
「いいの? 俺たち、人間の食べ物って初めて食べるよ!」
「いこっ、おねーちゃん!」
「あ、う、うん」
こうして全員で昼食を取ることになった。
キャンプ場のど真ん中、大きなたき火を囲むようにして丸太をいくつか転がしてある。
そこで食事を取るのが、ここでの習慣だった。岩人族の子供らはマリオンを挟むようにして腰掛ける。アレンはごほんと咳払いをして声を張り上げた。
「さあ、刮目するがいい! 本日の昼食は……ホットサンドだ!」
「わたしたちもお手伝いしましたよ!」
「いざ、ご賞味あれなのじゃ!」
マリオンが作業する間、一家総出で調理していたのだ。
テーブルに積み上げられるのは、両面をこんがり黄金色に焼かれたサンドイッチだ。
端がきっちりと止められているため、中の具は確認できない。それでもはち切れんばかりに膨らんだサンドイッチは、否が応でも見る者の期待を煽る。
ワクワクと目を輝かせる子供らの前で、アレンはその内のひとつをシャーロットに手渡した。
「シャーロット、まずはおまえが味見してみてくれ」
「いいんですか? では僭越ながら……いただきます! あむ!」
シャーロットがサンドイッチにかじり付く。
すると中に仕込んだチーズがにょいーんと伸びた。まだ出来て間もないため、湯気を放ちながらとろりとよく溶けて糸を引くその様子に、子供らが歓声を上げる。
「何あれ! 白いのがのびてる!」
「あれはチーズという乳製品です。クリーミーで美味しいんですよ」
「人間の食べものっておもしれー!」
ナタリアの解説に、みな大盛り上がりだ。
その間にもシャーロットは慎重に最初の一口を味わって、ぱっと顔を輝かせる。
「おいしいです!」
「うむ、最高の感想だ」
アレンも満足し、ひとつ手に取って大口で齧る。
バターをたっぷり塗ったパンはサクッといい歯ごたえで、口いっぱいにチーズが飛び込んでくる。チーズもそうだが、中に仕込んだぶつ切りソーセージもいい仕事をしていた。
チーズと肉汁が混ざり合い、とにかくジャンキーでパンチのある味わいに、少しの黒胡椒がピリッとアクセントを付ける。
具材は非常にシンプルだが、それゆえ後を引く味わいだ。
アレンが堪能するのを見て、子供らもごくりと生唾を飲み込んだ。
みな競うようにしてホットサンドに手を伸ばし、あちこちで歓声が上がった。
シャーロットも引き続きもぐもぐしながら、真剣な顔でため息をこぼす。
「おいしいですが……とってもイケナイお料理ですね。カロリー的な意味で……」
「ま、たまにはこういうのも悪くはないだろう」
こんな食事ばかりでは栄養が偏るが、だからこそたまに食べると抜群に美味い。
串焼き同様、キャンプという非日常空間がその味を何倍にも高めてくれるのだ。
岩人族の子供らもお気に召したらしい。
「あつあつでサクサクでとろとろで……とにかくすごいや!」
「はじめてたべたけどおいしいねえ」
「おねえちゃんたちって、いっつもこんなおいしいの食べてるの?」
「そ、そんなことあらへんよ。こんなご馳走はたまにだけやって」
「いいなー。ぼくもにんげんのまち、いってみたいなあ」
マリオンもニコニコして、彼らの隣でホットサンドをかじっている。
それをそっと見守って、シャーロットがほっとしたような笑顔を浮かべてみせた。
「よかったですね、マリオンさん。あの子たちと仲良くなれて」
「まさに怪我の功名だな」
そんな話をしていると、メーガスがそっと近付いてきた。
何かと思えばアレンのことをじっと見つめて、小さく頭を下げてみせる。
「ありがとうございます、大魔王どの」
「いったい何の話だ」
「とぼけちゃって。あんたならあれくらいのヒビ、魔法で直してやれたでしょ」
「あっ……」
シャーロットがハッと口をつぐむ。
アレンは『岩人族は直すのが難しい』と言った。だがしかし『俺には無理だ』とは言わなかった。そのことに今さら気付いたらしい。
アレンの顔をそっとのぞきこんで、こっそりと尋ねてくる。
「ひょっとして……マリオンさんのために?」
「さあ、どうだかな。あの程度のことで手を煩わされるのが嫌だっただけだ」
「そっすか。まったく素直じゃないんですから」
「パパ上ー!」
メーガスがやれやれと肩をすくめたところで、リディが走ってくる。口の周りがパンくずとチーズまみれだが、そんなことにも頓着せずアレンにキラキラと輝く目を向ける。
「もっとおかわりがほしいのじゃ。食べてもよいかのう?」
「おう、材料もまだまだあるから好きなだけ食え」
「わーいなのじゃ!」
リディは満面の笑みでふたつ目に手を伸ばした。
ナタリアも幾分ゆるんだ面持ちでホットサンドを堪能している。
「チーズもそうですが、このソーセージがまた格別ですね。歯ごたえがあってジューシーで……実家にいたころでも、こんなに美味しいものは出てきませんでした。かなりの高級品とお見受けします」
「ふっ、おまえも分かる口だな。採れたては格別だろう」
「と、とれたて……? ソーセージがですか?」
ナタリアがきょとんとして、リディがハッと手を止めた。
食べかけのホットサンドから飛び出たソーセージをじーっと見つめ、おそるおそる尋ねることには。
「のう、パパ上……このソーセージらしきものって、いったい何なのじゃ?」
「何って決まっているだろう」
アレンはくいっと後ろの調理場を示す。
そこにはザルいっぱいのソーセージ(?)と……まだ切り分ける途中のデス・アイビーがでんっと転がっていた。
「さっき倒した魔物の触手だ」
「「「ぶふーーーーっ!!」」」
全員が同時に噴き出した。
デス・アイビーの触手は食用に向いている。軽く塩茹でするだけで食べられるし、表面の皮はパリッと歯ごたえがあって中身はジューシー。栄養価もばっちりときた。
森で遭難したら、まず小型のこいつを探せと言われているくらいだ。
続きはまた来週。
本日はアニメ八話放送です。オリジナルわちゃわちゃ回です。豪華声優陣の無駄遣いが過ぎる……!





