二百六話 指輪を求めて④
本日よりアニメ放送開始!
アレンの屋敷の周辺には森が広がっており、自然には事欠かない。
そういうわけで、本日は家族全員で小川までピクニックに出かける約束だった。
着くや否やリディは靴を脱いでまっすぐ川まで駆け出して、浅瀬でちゃぷちゃぷと跳ね回る。
「わーい! つめたいのじゃ!」
『これこれ。お気を付けくだされ、リディ殿』
そんなリディに、ゴウセツが静かに注意する。
『川は途中で深くなります。くれぐれも浅瀬だけで遊ぶのですぞ』
「案ずるでない。リディはよい子ゆえ危ないことは……油断大敵なのじゃ! そーれ!」
不意にリディがキランと目を光らせて、ゴウセツめがけて水を跳ね上げた。魔法で身体能力を強化した上での一撃だ。鯨が噴き出したような水しぶきがゴウセツを飲み込んだ。
リディがニヤリと笑う。次の瞬間。
『そちらは残像でございます』
「ぶふっ!?」
背後にゴウセツが現れて、後ろ足で水をかけた。先ほどの一撃を凌ぐような水柱が上がり、リディは頭からずぶ濡れとなってしまう。濡れ鼠の幼女を前に、ゴウセツはかぴーと笑う。
『ふぉっふぉっふぉ、あの程度で儂の不意を突こうなど千年早いですぞ』
「こんのクソネズミぃ……! もう怒ったのじゃ! ここで貴様の首を取る!」
『ええ、やれるものならどうぞご自由に』
『わーいわーい、ルゥも混ざるー!』
リディとゴウセツが睨み合うさなか、ルゥが飛び込んでまたさらに大きな水柱が上がった。
ひとりと二匹の水遊びはそこそこ過激に和やかに始まって、怒声だったり歓声だったりが河原にこだまする。キラキラとまぶしい平和な光景だ。
ただし、それは浅瀬だけ。
ピクニックシートを広げた川辺には、淀んだ空気が満ちていた。
「ううう……うちは川底に沈んで藻まみれになった石ころ……何の役にも立たないただの石ころ……ううう」
鬱々としたオーラを垂れ流すのは三角座りのマリオンだ。
淀んだ目で河原の石を積み上げては、石が崩れる度に自分も泣き崩れる。気候はぽかぽかと穏やかだが、そこだけカビた空気が満ちていた。
「いや、川底の石も虫とかカニの住み処になるんだぞ。ちゃんと役に立つって。だからおまえも元気出せ、な?」
「あうあう……にいちゃーん……」
石目線で慰めるメーガスに、マリオンは目を潤ませる。
「仲良しですねえ、おふたりとも」
そんな兄妹を見て、シャーロットは目を細めてほのぼのする。
日よけのツバ広帽子にワンピースというお出かけスタイルで、広げたピクニックシートの上でくつろいでいる。しかも素足だ。
その油断しきった姿がささくれだった心にしみて、アレンはムカムカが九割方晴れた。
「おふたりをお誘いしたんですね。お仕事のお話ですか?」
「ああ。指輪が影も形もなかった件について詰めようと思ってな」
「うぐうっ……!」
「あああっ、マリオンさん!?」
マリオンがうめき声を上げて砂利に沈む。責任は感じているらしい。
半月ほどで出来上がるという話だったが、待てど暮らせど連絡がない。
多忙を極めるのは分かっていたので多少は待ってみたものの、いい加減に痺れを切らして乗り込んだというわけだ。そして案の定、まったく出来上がっていなかった。
突っ伏すマリオンに代わって、メーガスがぺこりと頭を下げる。
「すみませんね。どーもこいつ、スランプに突入したみたいで」
「よりにもよって俺たちの仕事の真っ最中にか」
「まあいつものことです。だいたい一ヶ月に二、三回はこうしてスランプしてますし」
「そんな高頻度だから仕事が溜まっているのでは……?」
アレンはジト目でぼやくしかない。
そんななか、マリオンが玉砂利の一部と化しながら謝罪の言葉を絞り出した。
「ごめんなさい……いいものを作ろうと身構えてしまうと、とたんに手が止まってしまうんよぉ……」
「うんうん、ボクにはその気持ちすっげーよく分かるっすよ!」
「部外者がしれっと混ざってくるんじゃない」
アレンの隣で、ドロテアが訳知り顔でうなずく。
先ほどからサンドイッチをもりもり食べて、紅茶もぐびぐび飲んでタダ飯を満喫していた。原稿から逃げて暇らしい。それは暇と言うのかどうか。
ともかくその発言でマリオンが存在に気付いたらしい。
そっと顔を上げた瞬間に大きく目を丸くする。
「ひょええっ!? どっ、ドロテア先生!?」
「うん? そうっすよー。ひょっとしてボクの読者さんっすかね」
「は、はい! あ、あの、うち大ファンなんです! ああああ、握手! 握手してくださ……」
マリオンは大慌てで起き上がり、ドロテアに向けて右手を差し出そうとして――途端にすっ……と真顔になって手を引っ込めた。
「やっぱ遠慮しときます。締め切り破りのうちなんかに、そんな資格はあらへんし……」
「はいはいそーいうウジウジしたのはいいっすから。握手ついでにツーショット写真と、サイン本もはいどーぞ」
「はわわああ……!」
ドロテアはどこからともなく即席魔法カメラを取り出して、マリオンと肩を組んで写真をぱしゃり。現像された写真と本を握らせるまで十秒とかからなかった。ファンサービスに慣れている。
マリオンはサイン本を胸に抱き、涙目でぷるぷると震える。
「か、感動ですぅ……! あっ、あの、ドロテア先生のこの前の新刊……アレンさんとシャーロットさんのノンフィクション・ラブストーリー、すっごく最高でした!」
「おまえ、あのふざけた本を読んだのか……」
「ふざけた本って……何を言うんですか! 超胸キュンやったもん!」
半眼のアレンにマリオンは珍しく強気で噛み付いた。
つい先日、ドロテアが出版した本。
あのおかげで王子たちの悪事が白日の下に晒されて、シャーロットの無実が証明された。
しかしそれと同時に自分たちの交際模様を世界中に暴露されたのだ。
訴えたら勝てると思うのだが――。
「つまり何か……あの本のおかげで俺たちの指輪を作る気になったと」
「ふっふーん、つまりボクのおかげっすね。アレン氏~、ちょっとは感謝してくれてもいいんすよ?」
「おまえに頭を下げるくらいなら死んだ方がマシだ」
ドヤるドロテアを、アレンはギロリと睨み付けておく。
とはいえ訴えるのはやはりしばらくやめておこう。癪で仕方がないが。
ふたりのやり取りをよそに、マリオンは夢見るような表情でうっとりと続ける。
「ドロテア先生の本で読んだ素敵カップル兼、にいちゃんの恩人さんの結婚指輪が作れるなんて、ファンとしても職人としても光栄で、やり甲斐があって……失敗できないはず、なのに……」
段々とその表情は曇っていき、最後にはわっと泣き崩れる。
「それなのにスランプなんてー! 役立たずのうちなんかいっそ砕け散ってもーたらえーんやー! わーん!」
「そ、そんなことありませんよ。元気を出してください、マリオンさん」
シャーロットはマリオンの背をよしよしとさすり、ドロテアに尋ねる。
「ドロテアさん。スランプってそんなにお辛いものなんですか?」
「そうっすねー。ボクもついこの間まで三十年もののスランプに苦しんだわけっすけど……」
ドロテアはふっとニヒルな笑みを浮かべ、遠い目をしてから続ける。
「どれだけ書いても駄作しか生み出せず、そんな自分が心底嫌になる……終わりの見えない、己との戦いって感じっすかねえ」
「あわわ……た、たいへんです……!」
「おまえはただ引きこもっていただけだろ」
シャーロットは怯えるが、アレンはドロテアに白い目を向けるだけだ。
そんなに追い詰められた者が、地下でキノコを栽培して悠々自適に暮らしているとは思えない。ぐーたら怠けていただけだろう。
アレンのツッコミをスルーし、ドロテアは訳知り顔でちっちと指を振る。
「でもね、そういうときはゆっくり休むのが一番なんすよ。焦って仕事に手を付けたってろくな作品は生まれませんし」
「ふむ……なら、マリオンもいっそ心ゆくまで休ませればスランプを脱するというわけか?」
「アレン氏、その縄どっから出したんすか」
「うちの妹に手荒なことはやめてもらえますか」
「あわわわわっ……!?」
マリオンは脱兎の如く逃げ出して、シャーロットの背中に隠れてしまう。
半分冗談だったが、半分は本気だった。
そんなアレンをどうどうと制しつつ、シャーロットは背後のマリオンに声をかける。
「でも、お休みするのはいい考えだと思うんです。いかがですか、マリオンさん。もし私でよかったらなんでもお付き合いしますよ!」
「ううっ……かんにんやで、シャーロットさん……お客様にそんなお気遣いいただくなんて、。やっぱりうちは職人失格……」
「そんなことはありません!」
また落ち込むマリオンの手を取って、シャーロットは熱く語る。
「このまえ見せていただいた指輪、とっても素敵でした。マリオンさんは立派な職人さんです。また作品が作れるように応援させてください。困ったときはお互い様ですから!」
「しゃ、シャーロットさん……」
マリオンは目を潤ませてじーんとする。
美しい友情を感じさせる光景にアレンは目を細める。
「ふっ、シャーロットめ。相変わらず相手の懐に入るのが上手いじゃないか」
「飴と鞭の分担作業っすねー」
「このひとはともかく、お嬢ちゃんの方は無自覚なのがまたなあ……」
ドロテアとメーガスは白い目を向けてくる。
魔王と女神によるマッチポンプ人心掌握術は健在だ。
「うーん。でもどうっすかね、シャーロット氏。マリオン氏の場合は、ただ休むだけじゃダメだと思うんすよ」
「と、いいますと……?」
「ずばり! マリオン氏のスランプは、何か理由があるやつなんじゃないっすか?」
「っ……!」
ドロテアからびしっと人差し指を突きつけられて、マリオンの肩が小さく跳ねた。どうやら図星だったらしい。
見守っていると、やがて意を決したように口を開く。
「実は、その……大魔王さんから預かった原石なんやけど……あれじゃ、ダメなんよ」
「ダメとは……? 一応、入手できたものの中では最高品質の一等石のはずだが」
「……市場に出回る中ではそやね」
マリオンは兄の背から出てきて、まっすぐに言う。
「にいちゃんの恩人に生半可なものは渡せません。もっと高い等級のマナダイヤを使わんと!」
「一等石より等級の高いもの……まさか、おまえ」
「そう。できたら特等を使いたいんよ」
マリオンが重々しくうなずいて、アレンは思わず言葉を失ってしまう。
そこにシャーロットがおずおずと問いかけた。
「特等? 一等よりもすごいマナダイヤがあるんですか?」
「ある……というか、伝説の存在だな」
特等マナダイヤ。
それは数あるマナダイヤの中でもっとも価値ある存在だ。
不純物が一切含まれず、何十万年という長き時間の間地中深くで凝縮された魔力の塊。その美しさは他のすべての宝石が石塊に見えるほど……と言われている。
「特等っすかー。ボクも噂には聞いたことあるけど、見たことはないっすねー」
「噂でいいのなら俺も知っている。エルフ族の長が所持しているとか、異種族戦争のときに深海に沈んだとかなんとか」
「あはは、エルフの長が持ってるってのは眉唾っすね。そんなの持ってたら、うちのかーちゃん絶対ボクに自慢しまくってますもん」
「母ちゃん……?」
ケラケラと笑うドロテアにアレンは半眼を向ける。
エルフ族の長といえば、長命種同盟を取り仕切る世界規模のビッグネームだが……特にツッコミを入れず、アレンはマリオンに向き直る。
「特等マナダイヤのある場所に、心当たりがあるんだな?」
「はい!」
マリオンは硬い面持ちで、それでも力強くうなずいた。
すっくと立ち上がったそのときには、目にはやる気の炎がメラメラと燃えていた。
「よーし、やっぱり決めた! 妥協はできへんし……うちはこれから、最高のマナダイヤを探しに旅立つわ! それが見つかるまで、依頼は全部ストップや!」
「ふむ、決意は固いようだな」
それなら乗らないわけにはいかなかった。
アレンは胸をドンッと叩いて言う。
「だったら俺も一緒に行こう。採掘を手伝ってやろうじゃないか」
「ま、魔王さん……」
マリオンはまたもじーんとするが――ハッとしてからもじもじと低姿勢で続ける。
「いやあの、できたら魔王さんにはお家でお待ちいただいた方が……」
「なあに遠慮するな。その間、俺が直々におまえの仕事を監視してやろう。放っておくとまた別の理由でスランプに突入されかねないからな、はっはっは」
「うっ、うううう……この依頼、受けたの間違いだったかもしれへん……」
笑顔で凄んでやると、マリオンの顔が真っ青に染まった。
そんなマリオンの肩を支えてシャーロットが力強くうなずく。
「大丈夫ですよ、マリオンさん。アレンさんは私がなんとか制御しますから」
「あ、ありがとうございますぅ、シャーロットさん」
シャーロットにすがり付くマリオンだった。
女子ふたりの絆が深まるのを尻目にアレンはあごに手を当てる。
「ふっ。最近は本業がおろそかになっていたからな。遠出ついでに、シャーロットに山でしかできないイケナイことを教えてやるのも悪くない」
「イケナイことを教えるのって、アレンさんのお仕事だったんですか……?」
シャーロットが訝しげかつ、気遣わしげな目をする。
しかしすぐにクスクスと笑い弾んだ声で続けた。
「ふふ……でも楽しみです。海も行ったし雪山も行きましたけど、夏のお山は初めてですし」
「くっくっく、そうだろう。期待するといいぞ」
「むう。パパ上たち、またどこかに行くのか?」
そこで川から上がったリディが声を掛けてきた。タオルで髪を拭きながら、ぶすーっと口を尖らせる。
「よもや、またこのリディを置いていくつもりではあるまいな……?」
「分かっているとも。今回はせっかくだし家族総出で採掘旅といこう」
「まことか!? わーいわーい、旅行なのじゃ!」
はしゃぎ回るリディ。ルゥとゴウセツもそわそわと顔を寄せ合う。
『おでかけだって。またおいしいもの食べられるかな?』
『その土地その土地のグルメが必ずありますからな。儂も楽しみにしておきましょうぞ』
「ふふふ。みなさん大はしゃぎですね」
にぎやかな家族に、シャーロットは微笑ましそうに目を細める。
家族はみな遠出の旅路にワクワクと浮き立っているようだった。
アレンはそれに柄にもなく温かな気持ちになりつつも、ちらりとメーガスらを見やる。
ちょうど、マリオンがもじもじしつつ兄を見上げたところだった。
「えっと、それじゃにいちゃんは……」
「おまえが行きたいのはあそこだろ? だったら俺も行く」
「……やっぱり?」
マリオンはへにゃりと笑う。申し訳ないような、嬉しいような、そんな半々の表情だ。
そっとメーガスに寄り添ってマリオンは頭を下げる。
「堪忍ね、うちのわがままに付き合わせてもーて」
「気にすんじゃねーよ。妹の面倒を見るのが兄貴ってもんだ」
メーガスはそんな妹の頭をぽんっと叩き、空を見上げてぽつりとこぼした。
「……一生帰らねえと思ってたんだけどなあ」
その愁いを帯びた独白は、アレンの耳にだけ届いた。
和気あいあいとした家族、静かな兄妹。
どこか不釣り合いな空気が流れるただ中に、それをぶち壊すようにしてドロテアが口を挟んでくる。
「あっ、話はまとまったっすか? もちろんボクも一緒に行くっすよー! どーせ書けないんなら、いっそ旅に出た方が、あっぎょわああああああなんでヨルさんがここにいぃぃぃぃぃぃい!?」
「ど、ドロテアさーーーん!?」
突然飛来した黒竜にぱっくりと咥えられ、ドロテアは遙か彼方へと攫われていった。
それを一同『あーあ』という表情で見送った。
シャーロットだけがオロオロしていた。
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