二百五話 指輪を求めて③
それからふたりはメーガスによって家の中に招かれた。
入ってすぐが宝飾職人マリオンの工房で、石を削る工具やルーペ、研磨する前の原石などが整然と並んでいる。
その片隅のテーブルに案内されると、すぐに奥からメーガスが手早くカップを運んでくる。岩人族用なのかやたら大きなもので、ビールジョッキくらいのサイズがある。
アレンとシャーロットの前にそれを並べ、正面に腰掛けてから、彼はため息交じりに口を開く。
「えー……妹のマリオンです」
「よ、よろしくおねがいしますぅ……」
「はあ」
アレンはそれに生返事をするしかない。
目の前にマリオンの姿はない。工房の隅――そこにうずたかく積み上げられた石塊の山を指さして、メーガスに尋ねる。
「なあ、メーガス。一つ聞いていいか? あいつはなんだって石山の中に隠れているんだ」
「うへっ!?」
山がわずかに揺れて、いくつかの石ころが転がり落ちた。そうして生じた隙間から、マリオンの顔が覗く。顔色はひどく青ざめていて、目も完全に泳いでいた。
アレンと目が合いそうになると大袈裟なまでにさっとそらしたので、また石ころがゴロゴロと転がった。
アレンたちが家に入るとさも当然とばかりに石山の中に潜っていったので、ツッコミを入れるのが遅くなってしまった。
メーガスは苦笑しつつ肩をすくめる。
「すんません。うちの妹、極度の人見知りなんすよ」
「こうしていると落ち着くんです……」
「お、おう、そうか」
そうとしか相槌の打ちようがなかった。
そんなアレンの隣で、シャーロットが小さく首をかしげてみせる。視線はマリオンに釘付けだ。
「メーガスさんの妹さん……ですか?」
「お嬢ちゃん、全然似てないなーって思ってんだろ」
「そ、そんなことは……ちょっぴりありますけど」
シャーロットはもごもごと口を濁す。
ゴーレムめいた見た目のメーガスと、人間にしか見えないマリオン。そんなふたりに血縁関係があるなど、普通は考えまい。
だがしかし、アレンは特に驚きもしなかった。知識として知っていたからだ。
「あいつは岩人族の変異体というやつだな?」
「さすがは大魔王どの、よくご存じで。ほかに見たことがあるんですか?」
「いいや、さすがの俺も初めて会う」
「でしょうねー。マリオンが生まれたときは俺の里も大騒ぎだったみたいですし。ほら、おまえもちょっとは出てこい」
「きゃわあああ!?」
メーガスは石山から妹を掘り起こして、ふたりの前に掲げてみせる。
ゴーレムめいた怪物がぷるぷる震える美少女を拘束する絵はなんとも危なげだが、メーガスはにこやかに続けた。
「こいつの体も鉱物でできてるんだ。よく見ると違いが分かるだろうよ」
「ふむふむ、なるほどなあ」
髪は銀糸そのもので、擦れ合うと小さくしゃらしゃらと音がする。透けるように白い肌は白磁のような鉱石で、光を受けて七色に輝く瞳もどうやら何かの輝石らしい。
人形のような……という定型句があるが、それが比喩でもなんでもない。生きた芸術品と言っても過言ではなかった。
シャーロットも興味深げにのぞき込み、きらきらと目を光らせる。
「やっぱりとってもお綺麗です!」
「きっ……!?」
その瞬間、マリオンの顔が真っ赤に染まり、髪がすべて逆立った。
身をよじってメーガスの手から逃れると、また石山に潜り込んでしまう。
「そ、そんな、綺麗なんてことあらへんよぉ……うちなんて、川辺に転がっとる石ころみたいなもんやし……」
「そうでしょうか? キラキラしていてつやつやで……ずっと見ていたいくらいですよ!」
「うううっ……陽の美人さんはまっすぐやよぉ……」
マリオンはますます石山の奥深くへ潜って行ってしまった。
子供が使い古した毛布にくるまる心理と同じようなものなのだろう。
(ドロテアとは真逆のタイプの引きこもりだな……)
あちらはさしずめ陽の引きこもりで、こちらは陰の引きこもりといったところか。会わせてみると面白いかもしれない。
益体のない考えをひとまず横に置き、アレンはメーガスをちらりと見やる。
「しかし変異体が妹、か」
「……なにか問題でも?」
「いや、別に。いろいろ合点がいったまでだ」
岩人族の変異体といえば……と気がかりな点があるにはあったが、アレンは特に深掘りしなかった。
メーガスの低い声が、追及を拒んだからだ。
まあいつか聞いてみようと先延ばしにして、他の疑問を口にする。
「それよりおまえに妹がいるなんてこれまで一度も聞いたことがないんだが」
「そりゃそーでしょ。だって誰にも言ってないですもん」
「えっ、お仲間さんたちにもですか?」
「当然です」
目を丸くするシャーロットにメーガスは力強くうなずく。
それに、マリオンがそっと石山の隙間から顔を出してため息をこぼす。
「そうやんね……にいちゃんもこんな陰キャ石ころ、お仲間に紹介できんよね……」
「違うっつーの」
メーガスは目をすがめ、すぐ側にあった鏡を手にして妹に向ける。
「見ろ! おまえはすっげー目立つんだよ! 他の街にいたころは散々ナンパされたりストーカーされたりと大変だっただろうが! うちの非モテ連中に会わせたりしたら……絶っっ対に血で血を洗う争奪戦が起きるに決まってる!」
「自分の手下どもにずいぶんな物言いだな。少しは信頼してやれよ」
「じゃああんた、うちの飲み会にお嬢ちゃんをひとりで参加させられるか?」
「無論認めないし、なんなら俺もついて行って目を光らせる」
「ほらね、そういうことですよ」
「アレンさん……」
重々しくうなずき合う過保護ふたりに、シャーロットは少し困惑気味だった。
マリオンはしょんぼりしながらも兄へ食い下がる。
「で、でもでも、にいちゃんのお友達さんやし、挨拶したいって思うのは当然やんか」
「そうは言うけど、おまえ俺の手下どもに会ってまともに会話できるのかよ。うちのパーティは今じゃ二十人くらいの大所帯なんだが」
「にっ、二十人……!? 二十ってことは目が四十もあるってことやんね!? こわい! そんなのこわすぎるぅ……!」
「独特のカウント方法やめろ」
メーガスはため息をこぼしながらも、石山からこぼれた石をそっとまた積み直してやる。口ぶりは雑だが、やはりかなりの過保護ぶりが窺えた。
シャーロットもため息をこぼしながらうなずく。
「マリオンさん、とってもお綺麗ですもんねえ。メーガスさんが心配になるのも分かる気がします」
「そうか?」
過保護という意味では、アレンもメーガスと似たり寄ったりだ。
その自覚はあるし、心配になるのも分かる。
ただ一点だけ、どうしても譲れないことがあった。
「俺はシャーロットの方が綺麗だと思うぞ」
「あ、アレンさんったら……」
「あんたらはほんと通常運転だな……」
ぽっと頬を染めたシャーロットに、メーガスがジト目を向けた。
そこに、埋もれたままのマリオンがおずおずと口を挟んでくる。
「に、にいちゃんから、大魔王さんのお話はうかがっておりましたので……ひ、ひごろお世話になっているので、挨拶だけでもと思ったんです……」
「うむ、助かったぞ。あのまま門前払いをされていたら座り込みも辞さなかったからな」
「本当に出てってよかったです……うちも、にいちゃんの恩人さんを通報するのは心苦しいので……」
心底ホッとしたようなマリオンだった。
「で、話を元に戻すんだが……」
なんとか懐に潜り込むことは成功した。
多少和やかになったところだし、切り出すのはここしかない。アレンは改めて居住まいを正し、マリオンに向き直って深々と頭を下げる。
「おまえに仕事を受けてもらいたい。どうか頼む」
「あっ、えっと、その、ですね……お仕事は、その……」
「あー、マリオン。俺がかわりに説明するわ」
口ごもるマリオンに、メーガスが片手を上げる。
そのまま慣れた様子で手近な棚を漁りはじめ、すぐに何かを取り出した。アレンたちに差し出すそれは鉄製の小箱だ。ぱかっと開けた、その中には――。
「これ、マリオンの作品なんですけどね」
「指輪です!」
シャーロットが歓声を上げて中身に見入る。
小箱に収められていたのは小さな指輪だった。シンプルな銀のリング中央に、白銀の輝石が燦然と鎮座している。石自体は小指の先ほどの小ささだが、無数の細かな面が光を反射し、目に焼き付くほどの輝きを放っている。
その光沢に、シャーロットはうっとりと見蕩れた。
「すっごく綺麗ですねえ。って……どうかしたんですか、アレンさん」
「お、おまえ、これ……」
一方で、アレンはごくりと生唾を飲み込んだ。
宝飾品のデザインについての善し悪しなど分かるはずもない。
だがしかし、技術に関してはひと目で分かる。これを作り上げた職人は、百年……いや、千年に一人の逸材だ。おもわずばっと顔を上げてマリオンに叫ぶ。
「マリオン! おまえがこの石を、ここまで削り上げたのか!?」
「は、はい、そうですけど……」
「驚いた……岩人族は石の声を聞くというが、ここまでか」
あごに手を当ててぶつぶつと考え込む。
しかし、シャーロットが心配そうな顔でのぞき込んでいることに気付いてハッとした。ごほんと咳払いをしてから解説する。
「この指輪に付いている石はマナ・ダイヤという代物でな」
「あっ、このまえ採りに行った宝石ですね。綺麗ですねえ」
「ああ。それで、この石は加工がたいへん難しい。どのくらい難しいかというと……」
シャーロットがにこにこと見蕩れる宝石。
その隣に、アレンは懐から取りだしたものをそっと並べた。
「俺がこのまえ、試しに切り出したのがこいつだ」
「……えっ?」
シャーロットの目が丸く見開かれたまま固まってしまう。
アレンと、机の上とを何度も見比べて、そっと控えめに首をかしげる。
「あの、アレンさん。これってただの石ころに見えますけど……」
「違う。マナ・ダイヤの失敗作だ」
原石を掘り起こすのはまだ簡単。
だがしかし、その石を加工するのが驚くほどに難しいのだ。
「この石は形を整えれば整えるほど、抗魔の力が増す。だがしかし加工の力加減を間違えるとたちどころに輝きを失い、こんな石塊に変わってしまうんだ」
「俺たち岩人族は石の扱いに長けてるんだよ。でもみーんな俺みたいなデカブツだから、細かい作業は向いちゃいねえ」
メーガスはそこでニヤリと笑い、妹の埋もれた石山をぽんっと叩く。
「だが、マリオンなら話は違う。岩人族のセンスと人間族の器用さを併せ持った、最高の職人なんだわ!」
「な、なるほど……! すごいです、マリオンさん!」
「え、えへへ……これしか取り柄がないもんで……」
「これしか、って……十分すぎるだろ」
控えめに照れるマリオンに、アレンは呆れた目を向けるしかない。
工房のルーペを勝手に拝借して指輪についている石を改めて検分する。
「うお……おまけにこれ、最高等級と言われる一等石だな?」
「あ、はい、そうですね。透明度も高くて、内包物もないし……磨いていて、とっても楽しいお仕事でした」
マリオンはにこやかに言う。石の話をしていると、おどおどした性格がなりを潜めるらしい。よほど仕事が好きなのだろう。
シャーロットは指輪をしげしげと見つめる。
「一等っていうことは、やっぱり貴重なものなんですか?」
「そうだな……値を付けるとしたら、小さい国なら買えるだろうな」
「く、国……!?」
のけぞって指輪から距離を取るシャーロットだった。
アテナ魔法学院にも輝石職人を育てるクラスが存在する。だがしかし、そこの教師ですらマナ・ダイヤの加工ができるのはごく数名。それでも三等石がいいところだった。三等でも、売れば人間ひとり一生遊んで暮らせる額になる。
一般的に結婚指輪に使われるのは、だいたい五等以下だろう。
それくらいなら庶民に手が出る。
だがしかし、マナ・ダイヤが結婚指輪に好まれるのは魔除けの効力もあるからだ。一等石ともなると、どんな呪いもはじき返す最強の盾となることだろう。セシル王子や害敵からシャーロットを守るのに、これほど最適な結婚指輪は存在しまい。
(ほ、ほしい……! なんとしてでも手に入れねば!)
アレンはぐっと拳を握り、声を上げる。
「ますます気に入ったぞ、マリオン! ぜひとも俺たちの指輪を作ってくれ!」
「で、ですね」
メーガスが見計らったようにでんっと紙の山をテーブルに乗せた。椅子に座っていると頭が隠れるほどに高い山だ。メーガスは山頂に手を置いて淡々と続ける。
「こちらが今マリオンが受けている依頼になります」
「これ全部現在進行形の仕事なのか!?」
「そ、そのとおりです……」
マリオンが蚊の鳴くような声で言う。
「実は今、世界中から仕事が殺到しておりまして……今から依頼してもらうとなると、最低でも二百年待ちなんです」
「だから長命種以外の依頼は基本断るようにしてて。大魔王どのも、そんなに長くは待ってられないでしょ?」
「さすがに寿命の方が先に尽きるな……」
アレンは頭を抱えるしかない。
ここまでの腕を持つ職人だ。人気を集めるのも当然と言えよう。
だがしかし、諦めるわけにはいかない。
必至に抜け道を探り、策を練り……そうしてふと名案が頭に浮かんだ。
「順番待ちの顧客どもをひとりひとり闇討ちしていけば、自動的に俺たちの番がくるのでは……」
「普通に法に触れるっすね」
「ははは、バレないようにやればかまわんだろ」
「乱暴なことはダメですよ、アレンさん!」
「……承知した」
シャーロットからぴしゃりと叱りつけられて、しゅんとするしかなかった。
法律遵守精神はカケラも持ち合わせていないが、恋人の言いつけは絶対だ。
「ま、待ってください……!」
そこでガラガラと盛大な音が響いた。見ればマリオンが石山の中から立ち上がり、まっすぐこちらを見据えていた。キリッとした表情からは強い覚悟が伝わってくる。胸に手を当てて、力強く言い放つ。
「ほかでもない、大魔王さんのご依頼です! どうか引き受けさせてください!」
「っ……感謝する!」
アレンはおもわず腰を浮かし、マリオンに頭を下げた。
シャーロットもぺこぺこと頭を下げる。
「ありがとうございます、マリオンさん。でも、お仕事は大丈夫なんですか……?」
「ちょっと頑張ればなんとかいけるはずです! それに……」
マリオンはちらっとメーガスを見やり、ふっ……とシニカルな笑みを浮かべてみせる。
「大魔王さんがいなかったら、うちのにいちゃんは今でもこの街のチンピラとして悪名を轟かせていたはずやし……身内の恥をすすいでくださったご恩をお返しせんと」
「おまえ、俺のことそんなふうに思ってたのかよ……」
メーガスは居心地悪そうにぼやく。すっかり丸くなった今、かつての自分の姿は黒歴史らしい。ため息をつきつつ、マリオンの頭をぽんぽんと叩く。
「でもまあ、ありがとよ。俺も大魔王どのには世話になってるし」
「うん、聞いとるよ。昔から気に掛けてくれとるんよね」
マリオンはにこにこと相槌を打ち、アレンに右手を差し伸べる。
「にいちゃんの恩人はうちの恩人も同義! ともかく任せといてください、大魔王さん。おふたりの結婚指輪、このマリオンが最高のものをお作りいたします!」
「ああ、よろしく頼む!」
その手を握り返し、かくして契約締結となった。
……が、半月後。
「おいこらマリオン! 指輪の試作品はどうした!? 約束の日をもう一週間も過ぎたんだが!?」
「そ、それがその、いろいろ作ってみたんですけど、どれもなんか違うなーってなって……えへへ」
「『えへへ』だと……? 何がそんなに面白いんだ? 俺の目を見てもう一度言ってみろ。うん?」
「ごっ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいいい!」
石山に逃げ込もうとするマリオンに、アレンは無情に詰め寄った。
本日イケナイ教SS集が発売となりました!
これまでの書店特典やみわべ先生の描き下ろしイラスト、桂先生の描き下ろしコミカライズがまるまる一話収録されております。さめもアレンの誕生日な短編を30pほと書き下ろしております。
また、アニメの放送局なども発表されました。十月放送!超豪華キャストで送るイケナイアニメ、お楽しみに!
■キャスト
・アレン・クロフォード : 杉田智和
・シャーロット・エヴァンズ : 早見沙織
・エルーカ・クロフォード : Lynn
・ミアハ・バステトス : 大空直美
・ゴウセツ : 置鮎龍太郎
・ルゥ : 種﨑敦美
・ナタリア・エヴァンズ : 前田佳織里
and more...





