百七十八話 白銀バカンス②
竜宮郷は大陸をかなり北上した山奥に存在する。
アレンらの屋敷からでは、ドラゴンを借りて移動しても半日かかる距離である。
しかし――到着は徒歩十分だった。
「よし、着いたぞ」
「わっ……あわわ!?」
地面に刻まれた魔方陣。そこに足を踏み入れた途端、視界いっぱいに光が溢れ――次の瞬間、目の前には一面の銀世界が広がっていた。
何棟も連なった建物群がそびえ立ち、そのすぐそばにはなだらかな斜面が続き多くの人々が雪遊びに興じている。
マフラーやコートでしっかり防寒したシャーロットが、あたりを見回して顔を輝かせる。
「ほんとにあっという間でしたね。魔法ってすごいです」
「世界中にこうした入口があるんだ。ちょうど街の近くでラッキーだったな」
招待状を持つ客だけが通れる秘密のゲートが、地区ごとにだいたいひとつ存在している。世界中のどこからでもあっという間に来られるのだ。
魔力もメンテの手間も馬鹿にならないと思うのだが、ここの主人がたったひとりでそれらを全部管理しているというのだから恐れ入る。
「しかし……ナタリア。おまえ、また学院を休んだろ。学業の方は大丈夫なのか?」
「ふんっ、愚問ですね。大魔王」
学院制服の上にもこもこなコートと帽子を着込んだナタリアが、不敵な笑みでブイサインをしてみせる。
「こんなこともあろうかと、すでに卒業までの必要単位は九割がた取り終えました。卒業研究も完了しています! すべてはねえさまと心置きなく遊ぶため!」
「おまえのその、姉ファーストの精神。そこまでいくと素直に感心するぞ」
ちなみに、学院最年少卒業記録はアレンが刻んだ十二歳だ。この調子だとナタリアにあっさり抜かれそうである。
そんな妹に「たくさん勉強したんですねえ」とふんわり笑いかけつつ、シャーロットはふと小首をかしげてみせる。
「それにしても、エルーカさんはいついらっしゃるんでしょうね? ドロテアさんもお姿が見えませんし」
「ドロテアは知らん。エルーカは遅れて来るとは言っていたがな」
アレンは肩をすくめるだけだ。
出発前、エルーカはこそこそとアレンに耳打ちしてきた。
『……おにい。ちょっと頼みがあるんだけどさ』
そこで言葉を切ってシャーロットらをちら見してから、真剣な目で続けた。
『あたしは後から行くからさ、そっちでひとまず待機してもらっててもいいかな? なるべく五日以内には向かうようにするからさ』
『かまわんが……いったい何を企んでいるんだ?』
『うふふ、秘密。でもとりあえず覚悟しといてよ』
義妹はニヤリと笑ってウィンクする。
『ちょうどいい機会だし、みんなもいる。色々報告するにはいい機会だと思うからさ……そこで全部話すよ』
『……分かった』
アレンはそれ以上聞かず、家の前でエルーカと別れたのだった。
(……何かしら、動くのかもしれないな)
うっすらとそんな予感がした。とはいえ不安は一切ない。
「ま、何が来たところで全力でっぶふ!?」
「アレンさん!?」
軽く拳をにぎり、決意を固めたところで大量の雪が顔に浴びせかけられた。
ルゥが雪に飛び込んで大いに跳ね回ったからである。
『ゆきー! わーい! ゆきー!』
「むう……雪、なあ」
そんなルゥを見て、リディはつま先で雪をほんの少しだけ蹴り上げる。
きらきらした粉雪が目線の高さまで舞い上がるものの、リディの瞳はその光を反射せずぼんやりとどこかを見つめていた。
『ふぉっふぉっふぉ、若い方は無邪気でよいですなあ……おや?』
微笑ましそうに見ていたゴウセツが鼻をぴくりとさせる。
そこで、アレンらに声がかかった。
「いらっしゃいませ! ご予約のクロフォード様ですね?」
「ああ、よろしくたの……む?」
雪を払い落とし、アレンは顔を上げる。そして目を瞬かせることとなった。シャーロットもきょとんとする。
「あ、あれ? ひょっとしてユノハにいらした人魚さんですか?」
「うふふ、お久しぶりです。シャーロット様」
にっこりと柔らかな笑みを浮かべるのは、いつぞやユノハ地方のホテルで世話になった人魚のコンシェルジュである。
シャーロットはゆっくりと彼女の足元へ視線を下げる。
「でもその、人魚さん……人魚さんでいいんですよね?」
「ああ、足を生やすこともできるんですよ」
彼女はすらりとした足で軽いステップを踏んでみせた。
いたずらっぽく笑みを深め、ぽかんとするアレンに目を向ける。
「もともと私はここの従業員なんです。ユノハのホテルはうちの系列で、新規オープンのヘルプに出ていただけでして」
「手広くやっているなあ……」
「ふふ、驚いていただけて何よりです。予約表にクロフォード様のお名前を見つけたので、出迎えに参りましたの」
彼女はアレンらの荷物を軽々と担ぎ上げ、ホテルを示す。
「我が竜宮郷へ、ようこそいらっしゃいました。歓迎いたします」
こうしてフロントでチェックインを済ませ、コテージへと案内された。
竜宮郷に来たときと同じように、本館に備え付けられた魔方陣のゲートに乗るだけで移動が完了した。
コテージはさすがの豪華さで、アレンの屋敷の何倍も広い。客室は複数あるし、大きな温泉付きだ。食事もここに運んでくれるらしい。
コテージ真正面に描かれた魔方陣ゲートを見下ろして、アレンはふむふむとうなずく。
「なるほどなあ。これを使えば竜宮郷の好きな場所へ行けるわけか」
「はい。ただし、各コテージに行けるのはご滞在のお客様とスタッフだけでございます」
コンシェルジュはコテージから一望できる雪山を示す。
「コテージはこの山脈に点在しておりますので、静かにお過ごしいただけるかと。ちなみにご登録いただければ、お客様の家の近くのゲートにも繋ぐことができますよ」
「聞けば聞くほど技術力が凄まじいな……個人登録から位置情報の管理まで……むう」
非常に興味をそそられて、アレンはついまじまじと見つめてしまう。
その真横で、人魚のコンシェルジュはシャーロットらに笑いかける。
「いかがでしょう。まだお夕食まで時間がありますし、雪遊びに出かけてみては。今はまだ雪が綺麗ですよ」
「雪遊び! ねえさま、ゴーです!」
「そうですね、みんなで行きましょうか」
はしゃぐナタリアに、シャーロットはにこにことうなずく。ルゥも尻尾をぱたぱた振ってテンションマックスだ。
盛り上がる面々をよそに、ゴウセツはアレンのことをチラ見して呆れたように言う。
『貴殿は……また妙な人脈を築いておられますなあ』
「は? 何の話だ」
『いえいえ、こちらの話でございます』
ゴウセツはそれ以上何も答えようとはしなかった。首をひねりつつ、アレンはリディに声をかける。シャーロットらがはしゃぐのとは対照的に、異様に静かだったからだ。
「おいリディ、どうした。おまえも遊びに行くんだろう?」
「えっ……わらわは、えっと……」
リディは視線をさまよわせてから、ぎこちなく笑う。
「すこし疲れた、ので……休んでおくとする」
「ええっ、それは大変です!」
シャーロットがハッとして駆け寄ってくる。リディの顔を覗きこんで、心配そうに申し出るのだが――。
「それじゃあ私も一緒に残って――」
「いや、ママ上はナタリアたちと行くがいい。わらわは留守番くらい朝飯前じゃ」
「えっ、そ、そうですか……?」
きっぱりと言うリディに、シャーロットはたじろぐばかりだ。しかしそれ以上は無理に誘ったり、自分も残ると言い出すことはなかった。
荷物を簡単にまとめたあと、人魚のコンシェルジュの案内に従ってコテージをそろって後にする。
コテージの玄関口でそれを見送って、リディは小さくため息をこぼしてみせた。
「はあ……どうしたものかのう」
「何がだ?」
「うわっ!?」
それにアレンが背後からツッコミを入れてやれば、面白いくらいに体が跳ねた。勢いよくこちらを振り返り、リディは目を丸くする。
「な、なんじゃ、おぬし何故残っているのじゃ!?」
「シャーロットからおまえのことを頼まれたんだ。ちょうど、俺も気になっていたしな」
アレンはこともなげに言ってのけた。
続きはまた来週更新します。
来週は毒舌クーデレ三巻が発売なので、そちらはしばらく各日くらいで更新予定!





