百七十七話 白銀バカンス①
シャーロットの誕生日から一夜明けた次の日。
衝撃的な出来事を経験したアレンは外を思いっきり走り回り、手近なダンジョンを荒らしたり、街で強い酒をばかすか飲んだりしてから夕方近くに屋敷へ戻った。
「ただいま……」
「あ、アレンさん。お帰りなさい!」
リビングに戻ったアレンのことを、シャーロットは慌てて出迎えてくれた。
ぱたぱたと駆け寄ってきて、不安そうに眉を寄せる。
「急に出て行ったってドロテアさんから聞きました。心配したんですよ」
「いや、その……」
まともに彼女の顔を見ることができず、アレンはそっと顔をそむけて小声で言う。
「びっくりしたので……ちょっと発散してきたんだ」
「ひょっとして……昨日のあれ、お嫌でしたか?」
「まさか!!」
おもわず大声が出てしまった。その勢いのままシャーロットの手をぎゅっと握り、真正面から顔を見て万感の思いを言い放つ。
「そ、その……嬉しかった! ありがとう!」
「い、いえ……どういたしまして……」
シャーロットは顔を真っ赤に染めてもじもじと言う。アレンもまた自分の顔が同じくらい赤くなっている自覚があった。
そんなふたりを見て、居合わせたリディはため息をこぼしてみせる。
「わらわ、こういうのを毎日見る羽目になるのじゃろーか……?」
「そういうことですね。諦めてください」
そんな姪の肩を、ナタリアがぽんっと叩いて励ました。
リビングはもちろん家族が揃い踏みである。全員が全員、生あたたかい眼差しを送ってきたが、アレンもシャーロットもお互いのことしか見えていなかった。
(き、キスしたんだよな、俺たち……)
あの柔らかさが脳裏をよぎり、アレンはごくりと喉を鳴らす。
まさかシャーロットから仕掛けてくるとは予想外だった。しかしその驚きは後になればなるほど、じわじわと喜びへと変わっていった。
シャーロットの手を握ったまま、アレンはしみじみと語る。
「俺の不意を突くとは、おまえも成長したな……」
「い、いつもアレンさんがリードしてくださるから……たまには頑張ってみようかな、って……えへへ」
シャーロットはぎこちなくはにかんでみせる。
出会ったころからは考えられない大胆さだった。アレンはその変化がとても嬉しかったし……シャーロットに顔を近付けて、全力で凄む。
「ふっ……だがしかし、やられっぱなしでは大魔王の沽券に関わる。次はこっちから仕掛けてやるから覚悟しろよ、シャーロット」
「ひっ、ひええ……!」
シャーロットは小さく悲鳴を上げて、アレンの手をばっと放して逃げてしまう。
逃げ込んだ先は手近にいたエルーカの背中だ。義妹はアレンに冷ややかな眼差しを向けてくる。
「ちょっとおにい。仲がいいのはけっこうだけど、飛ばしすぎじゃない?」
「いいや、これくらいでいいんだ。そうじゃないと負けてしまうからな」
「何の勝負をしてんのさ。それより、ドロテアさんがおにいに話があるんだって」
「……話だあ?」
「どもどもー」
そこでリビングの隅でお茶をすすっていたドロテアが、片手を挙げて答えてみせた。
かくして話し合いの場が設けられた。
アレンはドロテアの話をざっと聞いて、いったん受け取った白封筒をためつすがめつ眺める。
「竜宮郷への招待状だと……?」
「その通りっす!」
ドロテアはやけに勢いよく首肯する。
一方で――。
「へえ……?」
その単語を聞いて、エルーカの眉がぴくりと動いた。
少し不思議な反応が気になったものの、追及する間もなく話は進む。
「竜宮郷ですか? どこかで聞いたような気が……」
「簡単に言えば秘境宿だ」
首をかしげるナタリアに、アレンは簡単に解説する。
「山一帯を擁する保養地なんだが、正式に予約した客以外は立ち入ることのできない場所なんだ。主人によって特殊な結界が張られているからな」
「うん。だから……要人のお忍びなんかにも使われるんだ」
エルーカがそれに口を挟んだ。
どこか固い面持ちで、シャーロットやナタリア、それにリディの顔を見比べて続ける。
「貸し切りのコテージを使えば、なおさら他の客には会わないからね。人目を避けてゆっくりするのに最適なんだよ」
「エルーカさんはお詳しいんですね。行ったことがあるんですか?」
「うーーん。まあ、何て言うか……ちょくちょく?」
シャーロットの質問を、エルーカはあいまいな笑みで誤魔化した。
(そんな頻繁に行くような場所か……?)
たしかアレンも、クロフォード家の家族旅行で訪れたことがある。しかし、それも一度や二度だ。
エルーカは魔法道具の材料を探して世界のあちこちを飛び回っているものの、竜宮郷は一年中冬山だ。ろくな素材は見つからない。
(まさか……例の調査絡みか?)
依頼しておいた、シャーロットが巻き込まれた陰謀に関する調査。
ひょっとするとエルーカは例の王子やエヴァンズ家について何か掴んだのかもしれない。何しろ先ほど話に上がった通り、竜宮郷は密談にうってつけだ。
エルーカにじっと視線を送っていると、アレンにだけ分るように目配せした。後で話す、と言いたげだ。
そのため、アレンはひとまずそちらは保留にしてドロテアをじろりと睨む。
「突然どういう風の吹き回しだ。俺たちのことをネタにして本を書いたから、その迷惑料というわけか?」
「そりゃもちろん、決まってるっす!」
ドロテアは己の胸をどんっと叩き、いっそ堂々と言ってのけた。
「旅行で羽目を外して、シャーロット氏とイチャイチャしてください! ボクはそれをこっそり拝見させてもらって、アレン氏たちをモデルにした例のラブコメ続編を爆速で仕上げるって寸法でえぎゃんっ!?」
チケット入りの白封筒をドロテアの顔に思いっきり叩き付け、返答とした。
「誰が行くか、誰が」
アレンはふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
先日、街の者たちから旅行を贈られたときはありがたく頂戴した。しかし、今回は話がまるで変わってくる。
「貴様の三文カストリ小説のネタにされると分かっていて、みすみす乗るわけないだろうが」
「いたた……えー、でも一番グレードの高いコテージをわざわざ押さえたんすよ? おまけに支払いは全部ボク持ち! 断るなんて勿体ないっすよ?」
「くどい。その程度で釣られる俺じゃない」
「ええー……ほんとにいいんすかー? ほらほら、見てほしいっすよ。あっち」
「む?」
ドロテアがにんまり笑ってあらぬ方向を指し示す。
何気なく顔を向けた先では――シャーロットがいつの間にか竜宮郷のパンフレットに釘付けとなっていた。
「す、すごいです! この前連れて行っていただいたお宿より、ずっと大きいだなんて……!」
「ほう、豪華スイーツ食べ放題に広々とした温泉……悪くありませんね」
『ゆき!? ルゥ、ゆきって見たことない! 冷たくてふわふわしてるって、ほんと?』
『これが今の竜宮郷ですか。昔とはずいぶん様変わりしたようですなあ』
ナタリア、それにルゥやゴウセツも隣からパンフレットを覗き込んで大いにはしゃぐ。
そんな面々を優雅に示し、ドロテアはチケット入りの封筒をひらひらさせる。
「ご家族みーんな乗り気みたいっすけど? ほんとに断ってもよろしいので?」
「ぐっ、ぐぬぬぬぬぬぬ……!」
アレンは顔を真っ赤にするものの、こうなってはどうしようもなかった。勢いのままにその封筒を引ったくり、びしっと人差し指を突きつけて宣言する。
「ええい! 仕方ない、乗ってやる! そのかわり、貴様の懐を空にするつもりで贅の限りを尽くしてやるからな!?」
「わーいそうこなくっちゃ! ボクが無意味に溜め込んだ数百年分の私財、使い果たせるものなら使ってみるがいいっすよぉ!」
ガッツポーズでそれに応えるドロテアだった。
メラメラと無意味な炎を燃やすふたりをよそに、シャーロットはかたわらにいたリディに笑いかけるのだが――。
「リディさんとは家族になって初めてのお出かけですね。たくさん楽しんで……リディさん? どうかしましたか?」
「へ……? む、むう……そう、じゃな」
リディはそれに、さっと目を逸らして歯切れ悪く返事をした。
エルーカはエルーカで、そんな面々の様子をじっとうかがっていて――様々な思惑が入り混じる冬の家族旅行が幕を開けた。
続きは来週木曜日更新します。
本日はイケナイ教コミカライズも更新されています!もふもふハーレムのゴウセツ初登場回!
しばらく単行本作業で月一更新になるそうですが、なろうの本編は当分週一で更新します。





