百七十二話 少女へ与えるもの②
食事と聞いて、リディリアは目をぱちぱちと瞬かせる。しかしテーブルに並ぶ料理の数々と壁の飾り付けを確認すると、すぐに渋い顔を作ってみせた。
「これはつまり……シャーロットの誕生日祝いの会食か?」
「そういうことだな。おまえも参加しろ」
「だったらわらわは引っ込む。この体はシャーロットのものじゃ。祝いの席に主役がいなくては話にならぬじゃろ」
「それとこれとは話が別だ。ほら、とっとと座れ」
そうは言っても、リディリアは従おうとはしなかった。むすっとした顔でアレンを睨むばかりだ。
ならば最終手段である。久方ぶりにあれをやろう。アレンは短く呪文を唱え、パチンと指を鳴らす。すると心臓のあたりに禍々しい紋様が浮かび上がった。そこに手を当てて、ニヤリと不適に笑う。
「たった今、俺は自分に死の呪いをかけた!」
「……は?」
「おまえがこの食事会に参加すると言わない限り、俺はこの呪いを解除しない。どうだ、リディリア。無実の一般市民が自分のせいで死ぬともなれば、さすがのおまえも心が痛むだろ。だったら早く――」
「いや、別に勝手に死ねばいいと思うのじゃが?」
「…………む?」
リディリアは冷たい目をしてぴしゃりと言い放った。動揺するでも、泣いて止めるでもない。
思っていたのとまったく逆の反応だ。想定外の事態に一瞬だけ固まってしまうが、アレンはハッとしてリディリアに詰め寄る。
「俺の命がかかっているんだぞ!? 自分のせいで善良な一般市民が命を落としたら、おまえみたいなクソガキでもさすがに罪悪感を覚えるだろ!?」
「誰が善良じゃ、誰が。おぬしみたいな阿呆が勝手に死にかかったところで、わらわは何の関係もないじゃろうが」
「ぐっ……シャーロットには効果抜群な脅しだったんだが……!」
「大魔王、うちのねえさまをそんな風にして脅迫したことがあるですか?」
「うっ、それはその……!」
ナタリアが今にも射殺さんばかりの冷たい目で睨んでくる。無実とも言えないので口籠ると、シャーロットが慌てたように弁護してくれる。
『ま、まあまあ。ナタリア。最初はびっくりしましたけど……最近はアレンさんもあまりやらなくなりましたし、大丈夫ですよ」
「『最近は』……? 『あまり』……? 大魔王、後でちょっと話があります。これまでどれだけねえさまを困らせてきたのか、つぶさに白状していただきましょう」
「ま、待ってくれ……ちょっと意識が遠のいてきた……ぐうう……」
『あ、アレンさん!? 大丈夫ですかアレンさん!?』
床にくずおれて苦しむアレンのことを、シャーロットだけが悲鳴を上げて心配した。あとの面々はしれっとした反応だ。『バカやってるなあ』という冷たい目がいくつも突き刺さる。
そんな中、ナタリアがため息をこぼして肩をすくめてみせた。
「まったく。大魔王の悪行については後で追究するとして……ほら、リディリアさんもいいから早く座ってください。もたもたしていると料理が冷めてしまいます」
「そうそう。せっかくみんなで用意したんだからねー」
「な、なんじゃ、おぬしらまで」
ナタリアとエルーカにぐいぐい押され、リディリアは結局大人しくテーブルにつくことになった。それでもどこかソワソワして、鏡の中のシャーロットを見やる。
「これはおぬしの誕生日祝いじゃろ……? ますますわらわが食すべきものではないと思うのじゃが……」
『私は後でいただきます。気にしないでください』
それにシャーロットはにっこりと笑ってみせた。
『リディリアさんに助けていただいたお礼も兼ねているんです。よかったら召し上がってください』
「そ、そういうことなら……少しいただこうかのう」
『はい! デザートもありますよ。アレンさんも……その、召し上がれそうですか?』
「げふっ、ごほ……大丈夫だ、いただこう……」
仕方なく自分で呪いを解除して、のそのそと立ち上がる。なんとなく締まらないスタートとなったが、リディリアをテーブルに着かせることには成功したので良しとしておく。
かくして一家全員がテーブルについた。ルゥとゴウセツもすぐ近くに餌皿を置いてもらって準備万端だ。
「それじゃ、いただきまーす」
「いただきます」
「い、いただきます……」
エルーカとナタリアは元気よく、リディリアはどこか緊張したように手を合わせる。こうしていつもより少し賑やかな食事が始まった。めいめいが大皿から好きな料理を取っていくスタイルだ。
テーブルに立てかけた鏡の中から、シャーロットは緊張した面持ちでリディリアに話しかける。
『お口に合えばいいんですが……リディリアさん、舌が肥えてらっしゃるみたいですし』
「ま、まあ問題ない。別に好き嫌いはないしな。なんでも――」
「あ、だったらこれとかどう? 美味しいし食べてみなよ」
「わたしはこのエビフライがお勧めですね。ねえさまが作ってくださったんですよ」
「なっ!? おぬしら勝手に盛るでない!」
エルーカとナタリアがひょいひょいっとリディリアの皿に料理を積んでいく。あっという間に取り皿は山のようになってしまった。
洗練された食事会とは程遠い光景だ。
リディリアは戸惑いつつもフォークを手に取る。全員が期待の眼差しで見つめるものだから、逃げ場はないと悟ったらしい。
「むう……どいつもこいつもやけに押しが強いな……仕方ない、少しいただくとするか」
そうしてエビフライにフォークを伸ばす。
すこし尻尾が焦げてしまっていて、お世辞にも完璧な出来とは言えない代物だ。リディリアはおそるおそるエビフライを口にする。その瞬間、しかめっ面がふっと和らいだ。
「……おいしい」
『本当ですか?』
その小声を聞きつけてシャーロットの顔がパッと明るくなる。
『それじゃ、他にも好きなものがあったらなんでも言ってくださいね。いつでも作っちゃいますから!』
「じゃ、じゃが、わらわは……」
リディリアは気まずそうに目を逸らす。『次などない』とでも言いたいのだろうが、シャーロットが嬉しそうで突き放すに突き放せないのだろう。その戸惑いが手に取るように分かるので、アレンはくつくつと笑う。
「くくく……何だかんだ言ってもお子様だな。高級フルコースより、そうした分かりやすいメニューの方が舌に合うか」
「や、やかましい! そもそもおぬしが――」
「あ、ナタリアちゃん。こっちのサラダいる?」
「いただきましょう。ゴウセツ先生たちもいかがですか?」
『それではご相伴に預かりましょうかな』
『ルゥもたべる! トマト好き! リディリアは? リディリアはなにが好き?』
「へ? え、えーっと……い、イチゴ……か?」
キッと睨みつけるリディリアだが、すぐに他の面々にペースを乱されてしまう。
大きなため息をこぼし、がっくり肩を落としてアレンを見やる。
「アレン、いい加減に話せ。わらわに何をさせるつもりなのじゃ」
「なに、おまえに課すイケナイことは単純明快だ」
アレンは鷹揚に両手を広げる。
それで収まるのは、みなが着いた食卓くらいだ。
「これだ。リディリア、俺はおまえに……この光景を与えよう」
「この光景……じゃと?」
「そう。つまり……」
訝しげに眉を寄せるリディリアに、アレンはニタリと笑う。
幼くして命を落とした聖女様。そんな相手が欲するものなど、ひとつしかない。
「今日から俺たちが、おまえの新しい家族だ!」
「っ……!?」
リディリアの顔が一瞬にして蒼白になった。
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聖女編はあと2、3回ほど。次回は多分また来週に……!





