百七十一話 少女へ与えるもの①
かくして準備は整ったのは、それから二、三時間後のことだった。
そのころにもなればすっかり日も沈んでおり、屋敷周辺の森は完全な暗闇に沈んでいる。それに反して、屋敷のリビングは明るい光で満ちていた。
「よし、これで万全かな」
「ばっちりだよー、おにい」
「まあ、言われたとおりにしましたけど……」
ぐっと親指を立ててみせるエルーカ。
その一方で、ナタリアは眉を寄せて首をひねるのだ。すっかり準備が終わったリビングを見回してみせる。
リビングはすっかり賑やかになっていた。
壁には紙で作った飾り付けがいくつも付けられ、テーブルの上は色とりどりの料理が所狭しと並んでいる。ささやかなホームパーティの光景だ。もちろん中央には大きめのケーキがホールででんっと載っていた。
子供なら誰しもテンションが上がるであろう光景だが、贅を尽くした……といった風でもない。一般家庭のホームパーティといった様相だ。
「本当にこんなので、あの聖女様が攻略できるのですか? わたしもお手伝いしましたが……どれも普通の家庭料理じゃないですか」
「むしろこれがいいんだ。ともかく打ち合わせ通りに頼んだぞ」
「まあ、大魔王がそこまで言うのなら……わかりましたよ」
『儂らも了解ですぞ』
『ルゥもー』
ゴウセツとルゥもこくこくとうなずく。
そんな二匹の頭を撫でながら、シャーロットは苦笑しつつ頰をかく。
「ちょっと張り切って作りすぎちゃいましたね……喜んでいただけるといいんですが」
「なに、完璧な出来だ。俺が保証しよう」
「ふふ、アレンさんがそうおっしゃるのなら安心ですね」
屋敷にいる顔ぶれはこれだけだ。いつもの四人にお供の二匹。いわば身内だけのささやかな夕食会である。
ともあれこれからそこに、もうひとり呼ぶことになる。
笑い合うシャーロットとアレンを前に、ナタリアはますます首をひねるのだ。
「ところで、さっきふたりでコソコソと何を話していたんです? やっぱりあの聖女様のことですか?」
「ま、後のお楽しみだな。それじゃ、シャーロット。頼めるか? 本来ならおまえの誕生日祝いだし、主役が追いやられるのもおかしな話なんだが……」
「私はかまいませんよ。昨日から十分お祝いしていただきましたし。お願いします、アレンさん」
「……わかった」
シャーロットの肩に手を置き、軽く呪文を唱える。するとシャーロットはこくりこくりとと船を漕ぎ始めた。その耳元で、アレンはぱちんと指を鳴らす。
「起きろ、リディリア」
「…………はっ」
その瞬間、シャーロットはハッとして顔を上げる。
ゆっくりと辺りを見回したかと思えば――ひどく苦々しそうに顔をしかめてみせた。人格がリディリアに入れ替わったのだ。
アレンのことを睨みながら、低い声で唸る。
「なんじゃ、わらわを起こしたか……余計なことを」
「まあそう言うな。おまえにちょっと用事があってな」
「ふんっ、さっきのことならわらわは謝ったりせんぞ」
リディリアは腕を組んでそっぽを向く。ナタリアの方をチラ見して、ふんっと鼻を鳴らすことも忘れなかった。
「何と言われようと、その小娘が悪いのじゃ。わらわはなーんにも悪くない」
「うぐう……! ねえさまの姿だから、余計に腹立たしいやら悔しいやら……!」
『な、ナタリア、落ち着いてくださいね……?』
鏡の中から妹をなだめつつ、シャーロットがおろおろとする。
ゴウセツやルゥも目配せし合うだけだった。場の空気は張り詰めるものの――。
(ふむ、いい傾向だな)
アレンはこっそりと笑みを噛み殺していた。
何しろリディリアの変化が明白だったからだ。物言いは相変わらずの老成したものだが、仕草のひとつひとつがやけに子供じみている。虚勢を張ってはいるものの、ナタリアをちらちら見やる眼差しはどこか揺れていた。
余裕のない証拠である。
敵を突くにはもっとも適した状態と言えよう。
そんな企みはなるべく包み隠し、アレンは軽い調子で告げる。
「先ほどのこともあるが、おまえを呼んだのは他でもない。今度はまた、俺がイケナイことを教えてやろうと思ってな」
「……では、おぬしはまだ諦めておらぬのか」
リディリアはあからさまにため息をこぼす。
「そんなことはもうどうでもいい。一刻も早くわらわを消してくれ。今日一日で分かった。やはりこの世界に、わらわの心を慰めるようなものは何一つとして存在しないのじゃ」
「ふん、そんな厭世家の真似事が出来るのも今のうちだ」
沈み込むリディリアに、アレンは不適に笑うだけだった。
「これが最後だ。これで万が一にもおまえの心を揺さぶることができなければ、俺は潔くおまえのことを封印しよう」
「……本当か?」
「ああ。これでも約束は守る方だ」
「…………そう、か」
アレンが鷹揚にうなずけば、リディリアは少し息をのんでから小さくこくりとうなずいた。
覚悟を決めるような、ホッとしたような、そんな様々な思いが入り交じる目だ。
「分かった。ならば早くするといい。最後まで付き合ってやろうではないか」
「よし話は決まったな。それでは……」
アレンはリディリアの肩に手を置いて、食事の並ぶテーブルを顎で示してみせた。
「まずは夕飯を食うぞ。俺たちと一緒にな」
「はあ……?」
続きは来週木曜か金曜あたりに更新予定。
来週10/30は原作二巻とコミカライズ一巻の発売日となります!
活動報告に特典情報など告知しておりますので、どちらもどうぞよろしくお願いいたします。





