百二十六話 久方ぶりの帰省②
「その話はやめてくれ……」
すっとんきょうな悲鳴を上げるシャーロットを横目に、アレンはげんなりと顔をしかめる。
正直言って、あれは思い出したくもない出来事だった。
シャーロットはオロオロしながらもそっと首をかしげてみせる。
「け、喧嘩だなんて……いったいどうしてですか? 先生を辞めさせられたから、とか……?」
「いや、それに端を発した話なんだが……うん」
「そんな深刻な話でもないから安心していいよー。ぶっちゃけ、あれはパパが九割くらい悪いから」
「十割だろう。俺は一割も悪くない」
「そうなんですか……?」
きょとんと目を丸くするシャーロットに、エルーカは苦笑しながら続ける。
「で、うちのパパもそれなりに魔法を使えるわけよ。そんなパパとそこそこ優秀なおにいが喧嘩したもんだから、そりゃもうひどいもんでさ。三日三晩くらいドンパチやってね、今でも学院の語り草だよ」
「三日三晩……壮絶です……」
「うん。あとで島の裏側見せてあげよーか? おにいたちが喧嘩した崖が今も抉れたままなんだよ」
「直してないのか、あれ!?」
「当たり前じゃーん。ちょっとした名所みたいになってるよー」
「聞けば聞くほどすごい話ですねえ……」
シャーロットはしみじみとため息をこぼす。
三日三晩の大喧嘩ではアレンも養父も互いに一歩も譲らなかったが、最終的にスタミナの差でアレンが勝利を収め、その足で船に飛び乗ってこの島を後にしたのだった。
そう説明すると、ゴウセツが目を細めて愉快そうな鳴き声を上げる。
『ふむふむ。そのような折り合いの悪い生家に、愛する女性のため頭を下げに行く……いやはやドラマチックな話でございますなあ』
「勝手にドラマを作るな。別に叔父上とは今でも関係は良好だ。手紙のやり取りは続けていたからな」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。そもそもあの程度の喧嘩なら日常茶飯事だったしな」
『人間もルゥたちとかわらないんだねえ。ルゥもよく、兄弟たちとけんかするよ!』
ルゥもぐるぐると喉を鳴らして笑う。
喧嘩して家を飛び出したと言えば聞こえは悪いが、禍根はそれほど残っていない。それなのにこれまで家に帰らなかった理由は――ひとつだけだ。
(またあの話を蒸し返されてはかなわんからなあ……)
とはいえ、シャーロットが絡めばそんなことも言っていられない。
アレンは養父とあらためて向き合うことを覚悟して、この島を訪れたのだった。シャーロットのことがなければ、あと十年は帰らないつもりだったが。
そんなことを考えていると、エルーカがゴウセツとルゥを見てしみじみと顎を撫でる。
「それにしても、ちょっと見ない間におにいの周りもずいぶん賑やかになったものだよねえ。しかもフェンリルと地獄カピバラなんて。うちのママが見たら大喜びだよ」
『ほう、御母堂様は魔物に造詣が深いのですかな?』
「うん。魔物研究の第一人者だねー。あたしもフェンリルの子供を間近で見るなんて初めてだしテンション上がっちゃうよ。もふもふだねー!」
『ふふん、そうだろ。もっとなでてもいいよ』
エルーカにもふもふされて、ルゥは満更でもなさそうだった。
アレンに魔物言語を叩き込んでくれたのは養母のため、エルーカも同じように魔物の言葉がわかる。ゴウセツも交えてきゃっきゃとはしゃぐ三名だ。
それをじーっと見つめて、シャーロットはぽつりとこぼす。
「でも……ちょっと羨ましいです」
「む? 何がだ?」
「えっと、その……」
シャーロットは足元に目線を落として口籠る。
やがて、どこか寂しげな笑みをうかべて言うことには――。
「私、家族と喧嘩なんてしたことがないので……いいなあ、って」
次回は3月5日(木)更新します。
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