百二十話 人気者の優雅な休日②
「ふわあ……す、すっごくおいしいです!」
ひと口食べて、シャーロットは歓声を上げる。
目の前のテーブルに鎮座しているのは、チラシに描かれていたものよりも三割増くらいでボリュームのあるパンケーキだ。だが見た目以上に、味が絶品だった。
ケーキの焼き加減は絶品だし、舌に乗せただけでしゅわっと溶けてしまいそうなほど口当たりが軽い。
ただでさえペロリと一枚平らげられそうなほどのケーキなのに、その上の濃厚生クリームやフルーツたちがますます食欲を誘ってくれた。
ナイフとフォークが止まらず、シャーロットはにこにこと巨大な山を切り崩していく。
一緒にテーブルを囲むゴウセツやルゥも、同じように顔をゆるめて平らげ続ける。
「たしかにこれはなかなか……儂がこれまで食べた甘味の中でも、五本の指に入る代物でございますな」
『人間は毎日こんなの食べてるの……? ずるい! ルゥもおばあちゃんみたく人間になりたい!』
「大丈夫ですよ、そのままのルゥちゃんでもいっぱい食べていいんですから。おかわりいりますか?」
『わーいわーい! たべる!』
まだ子供のフェンリルとはいえ、ルゥはかなりの大きさだ。当然、最初に取り分けた分はあっという間に平らげてしまっていた。
ルゥのお皿に新しいパンケーキをよそってあげてから……シャーロットはため息を溢す。
「でも毎日食べなくても……今日の分だけで太っちゃいそうですねえ」
「まあたしかに、三人で分けたとしてもかなりのカロリーでございましょうからな」
「ううっ……やっぱりそうですか」
食べる前からわかっていたことだが、改めてその事実を突きつけられると胸が痛い。
公爵家にいたころは、甘いものなんて滅多に口に入らなかった。だから今こうやって、キラキラした美味しいものに囲まれているのがなんだか夢のように思えてしまうのだが――ここは現実なので、食べた分だけ体重が増える。当然の話だった。
じーっと神妙な面持ちでパンケーキを見つめるシャーロットに、ゴウセツは苦笑を向ける。
「あまり気にしすぎてもよくはありませんぞ。それになにより、アレンどのはシャーロット様がどれだけ太ろうと、健康に害がなければ一切気にしないのでは?」
「わ、私もそう思いますけど……」
たしかにアレンは気にも留めないはずだ。せいぜいちょっと運動を促して、ランニングなどに付き合ってくれる……くらいのことだろう。
だが、だからといってシャーロットはそれを良しとはできなかった。
なぜなら――。
「アレンさんはいつも落ち着いていてカッコいいし、私もだらしないところは見せたくないんですよね……うん?」
すこしだけ気恥ずかしくて、膝の上を見つめながら心の内を吐き出す。
しかしふと目線を上げてみて、シャーロットは目を丸くしてしまうのだった。
「ふたりとも、どうかしたんですか? なんだかすっごく苦いお薬を飲まされたみたいなお顔をしていますけど……」
「いえ……シャーロット様にはあれが『落ち着いている』ように見えるのだなあ、と」
『あいつ、ママの前だとカッコつけてるからね……』
ゴウセツもルゥも、『納得がいかない』とばかりに渋い顔を見合わせるばかり。
おかげでシャーロットは眉をひそめるしかない。
「ふたりにとっては違うんですか?」
「まあ、いいところもありますが……おおむね見ていて面白い、としか」
『わかる。それでたまにちょっとウザい』
「もう。ふたりともいっつもアレンさんに辛辣なんですから!」
シャーロットは肩をすくめるしかない。ゴウセツもルゥも、アレンのことが嫌いなわけではないことは知っている。ただふたりが、彼のことをまるでやんちゃな子供でも見るような目で見ていることも知っていた。
それがシャーロットにとっては不思議でしかない。
(アレンさんはあんなにいつも堂々としていて、なんでもできて……私にとっては、おとぎ話の、お……王子様みたいな人なのになあ)
さすがにそれは気心知れたゴウセツたちにも言えなかった。羞恥心をやりすごすため、パンケーキに再びフォークを向ける。とりあえず明日から運動しようと心に決めて。
そして一方その頃、王子様ことアレンは――己の人生を振り返り、頭を抱えていた。
(やはり日頃の行いが悪かったのか……?)
そうでなければ、こんな場所に連行されるはずがない。
アレンはあたりの様子をちらりとうかがう。
そこは整然とした事務所のような場所だった。デスクが均等に並べられ、壁際の本棚にはびっしりと本が詰め込まれている。どこを見ても埃ひとつ落ちていないし、花瓶の花も真新しい。壁に貼られた紙をとってみても、どれもぴしっと地面に並行だ。
この街の近衛兵団――その詰所である。
先ほどから引っ切りなしに武装した女性が出入りしており、なかには伸びたゴロツキを片手で引きずってくるような猛者もいた。
規律正しく、物々しい。
アレンはそんな場所の片隅――ガラス戸で隔離された小さな部屋で、近衛兵団団長ジゼルと、机を挟んで向かい合っていた。
取り調べという名目での連行ではあったが、彼女がまず差し出してきたのは同意書などではなく――謎の料理だった。
「どうぞ、まずはこちらをお召し上がりください」
「……なんだ、これは?」
「東方の国の料理で、カツドンと呼ばれるものです」
ポークカツレツを卵でとじて、甘辛く味付け。それを白米の上に載せたもの……らしい。
詳細を聞いたところで、アレンは首をひねるばかりだった。
「なぜ、これを俺に食わせる必要が……?」
「とある東方の国では、容疑者の取り調べではこの料理を差し出すのがならわしのようで」
ジゼルはただ淡々と言葉を連ねていく。
口振りは静かなものだが、その視線は針のように鋭かった。
「あまりの美味さに、どんな容疑者だろうと口を割り、あっさり罪を認めると言われておりまして。それにあやかって、うちではこれをお出しするのが通例なのです」
「ヤバい薬が入っていたりしないだろうな!?」
自白剤とか、そういった類の予感がぷんぷんした。
しかしどれだけ匂いを嗅いでも、薬物の気配は感じ取れず。ためしにひと口食べてみるが、あまり馴染みのない味付けながらに美味かった。
アレンがぼちぼち食べ進めていくのを見て、ジゼルはようやく本題に入る。
「貴殿のお噂はかねがね伺っておりました、アレンどの。あの悪名高いメアード地区を制圧し、数々のならず者を改心させた傑物だと。いずれご挨拶にうかがわねば、と思っていたところでした」
「……それがなんで、虐待などという物騒な容疑をかけられているんだ?」
「単純明快な話です。善意の市民から通報が相次いでおりまして」
そう言って、ジゼルは書類の束を取り出して、淡々と読み上げていく。
曰く――。
「『屋敷を通りかかったとき、男の不気味な笑い声と、少女の悲鳴が聞こえた』。『街を歩く少女のあとを、不気味な男が尾行しているのを見た』。『酒場で、不気味な男が少女をいかに虐待しているか得意げに語っていた』などなど……これらすべで貴殿のことですね、アレンどの」
「たしかに俺だと思うが……不気味不気味と言い過ぎでは!? 人相が悪いのは否定しないがな!?」
悪人ヅラだとはよく言われるものの、ここまで畳み掛けられると少しは傷付く。
しかも、その噂にどれも身に覚えがあるのがなおさらたちが悪かった。
不意なプレゼントをしてシャーロットに悲鳴を上げさせたこともあったし、ひとりで出かけるときはそっと背後から見守ったりもした。酒場でメーガスたちを相手に、いかにしてシャーロットを堕落させているかと惚気を語ったこともある。
これでは第三者が誤解するのも無理はない。
おまけにシャーロットは善良な少女である。
それが虐げられていると知って義憤に駆られる市民が多かったということは、それだけこの街が平和な証しだ。そのこと自体は喜ばしい。アレンも犯罪者扱いされていなければもっと喜んでいた。
(しかしどうする……? 最悪の場合、洗脳魔法があるが……ぶっちゃけ、あれは法的に……なあ)
シャーロットを追いかけてきた兵士達に、魔法をかけて追い返したことがある。あのとき使ったのは偽の記憶を植え付ける洗脳魔法だ。
この手の魔法は悪用しようと思えばいくらでも悪用が効くため、多くの国で違法とされている。学ぶ手段もほとんどなく、アレンは書物から得た知識を応用して、独自に会得したに過ぎない。
だから、なるべく緊急時以外では使いたくないのだ。
そもそもジゼルを洗脳するなら、情報共有が為されているであろう彼女の部下たちにも施す必要がある。ひとりやふたりならバレない自信があるものの、大人数ともなると危ない橋が過ぎる。
(そうなれば……ここは正攻法でいくしかない!)
つまり――真っ向から無罪を主張する。これだけだった。
アレンは神妙な面持ちで口を開く。
「実を言うと、あの少女は訳ありでな……家庭環境に問題があって、うちで保護しているんだ」
「ほう……?」
ぴくりと眉を寄せるジゼルに、事のあらましをよどみなく語った。
訳ありの少女を拾ったこと。帰る家がないため、使用人として雇ったこと。
肝心なことは話していないが、おおむね真実である。
「虐待も濡れ衣だ。娯楽もなにも知らなかったあいつに、イケナイことを教えているだけに過ぎない」
夜中に食べるケーキやラーメン、服などのバカ買い、温泉でのアイス……などなど。
シャーロットは娯楽のひとつも知らなかった。だからアレンはこうした、堅物が聞けば顔をしかめるような所業の数々を彼女に教え込んだのだ……と。
「俺はなんら後ろ暗いところはなく、あいつを保護しているだけに過ぎん。なんなら証人を立ててもかまわん。いくらでも当てはあるからな」
「なるほど……貴殿の主張はよくわかりました」
ジゼルはメモを取りながら、重々しく頷いてみせる。どうやらこちらの主張を認めたらしい。
おかげでようやくアレンはひと息つくことができた。
(これで一安心だな。まったくもって虐待など濡れ衣もいいところで――)
そう安堵したところで、ジゼルはペンを置く。
彼女が先ほどよりも険しい顔で、厳かに告げることには――。
「そのような凶悪な所業、見過ごすわけにはまいりませんね。間違いなく何らかの法に触れるでしょう。しばらく留置所暮らしとなりますので、ご家族がいれば連絡を――」
「どうしてそうなった!?」
ちょっとバタバタしているため、次回は一月半ばか月末予定です。アレンは果たしてブタ箱行きを阻止できるのか!
来年二月あたりから書籍等々の告知予定ですので、どうかよろしくお願いいたします。
本年はお付き合いありがとうございました。メリークリスマス&良いお年をお過ごし下さい。





