【第七話】夏・夕立 二
「私は都会では生きられません。ここでの暮らしに慣れてしまったのでしょうか。あの人達と共には……もう……」
夕立の日から数週間後。
何ヶ月振りだろうか、夕さんが裏庭に戻ってきた。この数か月間、かつて暮らした都会に行っていたそうだ。しかし、離れている間に街は様変わりしていて、夕さんが暮らしていた頃とは勝手が違ってしまっていたらしい。彼の長所である紳士らしさも、昔の仲間に否定されたそうだ。「我々が清らかであっても意味はない」と、一蹴りされた挙句、「汚れてしまえ」と罵られた。仲間の説得を試みたものの失敗し、「裏切り者」の烙印を押され消されかけたため、必死に逃げてきたそうだ。
「あんなにいい人たちだったのに、皆、血眼になって暴れているのです。けれど、都会で生き延びるにはそうするしかありません。皆、生きていたいのです」
「……夕さん、俺さ、じいさんから距離を取ったほうがいいのかな」
「何です、藪から棒に」
「晴彦さんも日和も、『いつまでここにいるんだ』って言ってくるんだ。それに、ユキのやつも、俺のことカゴの鳥だって。確かに、ずっとじいさんの世話になり続けるのはよくない……のかな……って」
ふうむ、と夕さんは唸る。
「そう……ですね。私も毎日来ているわけではないですし、そもそも住み着いてなどいないですからね」
「ですよねー。でも、俺にはここしか生きる場所がなくて……。一人で生きたことがないんだ」
夕さんの漆黒の瞳がきらきら光った。差し込む木漏れ日が反射して、星の煌めく夜空のようだった。
「時雨さん、己の生き場所は己で作るものですよ」
「そうなの?」
「少なくとも私達はね」
そう言って、夕さんはユキのほうを見た。ユキはさっきからずっといるのだが、黙って夕さんの話を聞いていたのだ。
「そうね、あたしみたいな者は生きる場所を選べない。あたしは、お姉ちゃんのいる場所で生きることを定められているんだもの。ねえ、時雨。あんた、夕さんみたいに時々遊びに来る程度にすればいいじゃない。さすがにそろそろおじいちゃんにバレるわよ、居候してるの」
「ですね。それに、そうなってくると陽一郎さんも困ってしまうのではないでしょうか」
そうなんだよな。俺がじいさんの家で暮らしているってことは、つまり、そういうことって捉えることもできるわけだ。
林の向こうで、アカゲラが木をつつく音がしている。
「気になるのですか、あのアカゲラのこと」
「いや……別に……」
「昔からなぜかこの辺キツツキ少ないのよねー。今いるアカゲラってあの子だけでしょ?」
「……そう……なんだ」
一羽だけのアカゲラ。仲間のいる別の森にでも行けばいいのに。……ここが、あいつが生きていこうと決めた場所なのか。
玄関が開く。庭に出てきたじいさんが、俺達が溜まっているのを見て顔を綻ばせた。
「かわいいねえ、きみ達が仲良くしているのを見ると、友情ってものの可能性を感じるねえ。夕ちゃん、体の具合はどうだい」
「お陰様で、この通り元気になりましたよ」
「驚いたんだからね。もう少し静かに助けを求めてくれないと……。じじいの体によくないよ、あのインパクトは」
「申し訳ありません、私も必死でして」
「おや、そういえば時雨は毎日来ているねえ、そんなに近所に家があるのかい」
裏庭に家があります。
あろうことか、じいさんは裏庭のほうへ歩いていく。え、おい、ちょっと待っ――。
「あれ? これは……」
バレたああああああ!
うまい具合に隠してきた寝床がついにじいさんに見付かってしまった。むしろ今まで見付からなかったことの方が奇跡に近いのかもしれない。
「ふうん、そうか、時雨はここに住んでいたのか。そりゃあ、よく来るわけだね。しかし困ったね、ただ住んでいるだけならともかく、儂はきみと遊んで、食べ物も分けていた……。つまりそうか、そういうふうにも見えるか……。困ったな」
いつまでもじいさんに依存し続けるのは、両者にとってよくない。
「じいさん、少し考える時間をくれないか」
「夕ちゃんのように時々来るくらいで、ちょっと話し相手になってくれるくらいならいいんだけどね」
「じいさん、俺、じいさんに頼り続けるのはよくないって分かってるんだ。だから、考える時間をくれよ」
「話し合えるといいんだけどね。残念なことだけど、儂にはきみの言葉が分からないんだ」
そんなの分かってる。
じいさんは「困ったねえ」と繰り返したのち、裏庭の物置から竹箒を出して庭へ向かっていった。
「どうすんのよ」
「考えさせてくれよ。俺は、自分の生きるべき場所を見つけて、作りたいんだ」
遠くで木をつつく音がしていた。




