【第六話】夏・夕立 一
「こんにちは、時雨さんですね」
初夏、見知らぬ男に突然声をかけられた。男、だよな?
大きな瞳に、小さな体。どこかあざとい動作。美少女のような見かけだったが、発せられたのは明らかに男の声だった。と言っても、声変わりしたかどうかが怪しい、まだ「男の子」の声だ。「少年」にすらなっていないような声の男は、俺を見るなり近寄ってきたのだ。
「僕は白露という者です。以前から時雨さんのことは存じ上げています」
誰だこいつ。
「僕の友達になってください」
白露はあどけないような、情けないような、頼りないような、無邪気そうな、何だか複雑だけれど柔和そうな笑みを浮かべながらそう言った。
いきなり何を言い出すんだこいつは。俺からしてみると初対面なんだが、一体どうしたというんだ。
「ぜひ時雨さんの力を貸していただきたく……」
「力って……俺、超能力なんか使えないぞ」
「僕は見ての通り体も小さく、体力もないんです。このままじゃ生きていけません。ずっと、時雨さんが隣にいてくれたらと思っていたんですよ。一度でいいんです、力を貸してください」
俺の話を聞いているのだろうか。
「俺は一人暮らしの老人の脛を齧って生きてるホームレスだぞ。何を期待しているのか知らないが、お前の望んでるような力なんてねえよ」
白露はむすうっと膨れる。ユキでもそんなかわいい怒り方しないぞ。
「だって、この辺には僕と時雨さんぐらいしかいないじゃないですか。というか、時雨さんみたいな人がおじいさんに依存してちゃダメでしょう」
俺みたいな人、か。確かにこの男の子と比べると俺は体も大きいし、膂力はあるだろう。けれど、俺だからこそ保護されるべきというようにも感じる。
「じいさんを頼りにしてるやつは他にもいるんだよ」
白露は不服そうに俺を見上げている。しばしの沈黙が流れた時、水滴が落ちて来て俺の鼻先が濡れた。
「あ、夕立ですね。……仕方ない、今日はひとまず引き揚げます」
白露が裏庭から出ていって見えなくなるのと同時に、雨が激しく降り出した。雷も鳴っている。
「時雨! 時雨や! そんなところにいては風邪を引いてしまうよ、中へお入り」
じいさんが窓を開けて叫んでいる。俺は強引に窓から中に入った。
俺にタオルを差し出しながら、じいさんは遠くを見るように目を細めた。
「夕ちゃんに出会ったのも、こんな激しい夕立の日だったんだよ。慣れない田舎で、農家のネズミ取りに足を引っ掛けてじたばたしていてね。ああ、今はどこで何をしているのかな」
そうか、だから夕さんの名前は夕立なのか。それに、じいさんに助けられた理由というのも、真面目な夕さんが思い出したくないのがよく分かる。
水滴を拭ったタオルをじいさんに返そうとしたが、じいさんはテレビを熱心に見ていた。『道南地域でゲリラ豪雨か! 注意!』とテロップが出ている。俺がタオルをテーブルに置いた直後、地鳴りと轟音がした。テレビが変な音を出して切れる。部屋が真っ暗になった。
「あれ、停電かな。どこか近くに落ちたようだね」
さっきの白露とかいうやつは家に着いたのだろうか。ふと外に目をやると、稲光が見えた。そして……。
何の音だ……?
俺は窓にへばりつくようにして外を見る。降りしきる雨の中、ぎゃあぎゃあと声が聞こえる。じいさんも気が付いたのか、俺のそばにやってきて、外を見る。
呻き声にも似た鳴き声をあげて、一羽のカラスが急降下してきた。窓にぶち当たって、落ちる。黒い羽根が飛び散った。
「おい、じいさん、これヤバイよ」
と言って俺が振り向くと、じいさんの姿はもうなかった。玄関が開いているのか、雨と風の吹き込む音がした。




