【第五話】春・淡雪 三
晴彦さんが来た日から、俺は時々自分の生き方に疑問を感じるようになっていた。もっといい住処。生きる場所。それってどこなんだろう。
「ねえ、あなた、時雨だったよね」
家の前のブナ林で昼寝中の俺に、話しかける女がいた。
「……日和」
「ちょっと相談したいことがあるの」
「手短にしてくれよ」
日和は俺の横に腰を下ろす。
彼女は近所に住む女子高生だ。
「うちのペットのことなんだけど、最近あの子元気なくてさ」
「インコか」
日和の家には淡雪という名前のきれいな青いセキセイインコがいる。日和は淡雪のことを大層気に入っているようで、インコを中心に彼女の生活が回っていると言っても過言じゃない。ノーインコノーライフだ。
「あの子、どうしちゃったのかな……。ねえ、時雨ならあの子の気持ち分かったりしない?」
「残念ながらインコの気持ちは量りかねるな」
「……あなたに話しても無駄か」
おい。
日和は欠伸をしながら立ち上がり、俺を振り向く。
「あなたさ、いつまでおじいちゃんのそばに居座るつもりなの? おじいちゃんは気付いていないみたいだけど」
いつまで……? いつまで……何だろう。
日和は学校帰りだったらしく、リュックを背負い直して家のほうへ歩いて行く。一人残された俺は、再び眠りにつこうと……。
コツコツコツ――。
キツツキだ。俺は体を起こす。あたりを見回すと、少し先の木に黒と白の斑模様に赤いアクセントの入った鳥が留まっていた。あれがアカゲラか。
「しーぐれー」
アカゲラの観察でもしようとした矢先、ユキに呼ばれた。俺は窓辺へ飛んでいく。
「なんだよ」
「ねえ、この前、おじいちゃんの息子さん来てたでしょ。もしおじいちゃんが札幌に行っちゃったら、あんたどうするの」
「じいさんはここが自分の生きる場所だって言ってたぞ」
「札幌か、少し憧れない?」
「俺は別に」
「あたし、夕さんに都会の話何回か聞いたことあるんだけど、都会ってすごいのね」
「夕さんに?」
「あれ? 聞いてないの? 夕さんって、もともと都会の人なのよ。昔は別の名前だったらしいけど」
それを聞いて、先日のニュースを思い出した。『都市部で相次ぐ、カラスのゴミ漁り』。都会って大変そうだなとその時は思ったけれど、そうか、夕さんは……。
「都会行ってみたいなあ」
「行けばいいだろ」
「無理よ。あたしはここから離れられないもの。この家であたしは生きなければいけないの。その点あんたは自由じゃない。なのに、ずっとおじいちゃんのお世話になって、外を知らない。まるでカゴの中の小鳥ね」
「俺はカゴになんか入ってない」
「ものの例えでしょ、バカね」
ユキは目を閉じるとかわいらしいメロディーを口ずさんだ。俺はユキの歌が好きだ。
そのあとしばらく、俺はユキの歌声に耳を傾けた。その声が、まるで塔に閉じ込められた悲しい姫君の歌にも聞こえたのは、おそらく気のせいではないだろう。




