表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/11

【第三話】春・淡雪 一

 雪が溶け始めた。降る雪も淡雪に変わり、春がすぐそばまで来ていた。あれ以降、夕さんは来ていない。


「最近夕ちゃん来ないねえ」


 じいさんは寂しそうに言った。


「時雨はよく来るけど」


 はい、すいません。住んでます。


 じいさんはテレビのニュースを聞きながら、「この春は何を植えようか」と花や野菜の種の袋を見比べている。仕事早すぎないか?


『都市部ではカラスによるゴミステーションの被害が相次いでおり――』


 真面目そうなアナウンサーの男がそんな文を読み上げる。札幌の街でゴミ置き場を漁るカラスの群れと、それを追いかける自治会のおじさんの姿がVTRで流れた。


「ああ、夕ちゃんはどうしてしまったのかなあ」


 髪や髭と同じ色の眉毛が大きく下がる。夕さんの話振りだと結構長い付き合いのようだったから、相当寂しいんだろうな。


「時雨、おまえは突然いなくなったりしないよな」

「えっ? なんだよいきなり」

「いつも来る子が来なくなるのは寂しいなあ……」





 じいさんの元気がないのと同様に、ユキも目に見えて元気がなかった。


「時雨、あんた夕さんのこと最近見た?」

「あの日以来見てねえよ」

「あーあ……。もう諦めるしかないのかなあ」


 くりくりしたかわいい目を伏せて、ユキは首を振る。いつも通りに窓から顔を出したこいつを、いつも通りに眺めているだけでいいのだろうか。


 窓枠を越えて、そっと抱きしめてやろうか。


 待て、時雨。何を考えているんだ。


 ユキが小さく震えた。


 その次の瞬間、俺の体が動いた。


「えっ、ちょっ、えぇっ?」


 ユキの体が強張るのが分かった。しかし、拒絶の意思は感じられない。俺はユキを抱きしめる。


「ユキ、俺じゃダメか」

「何よいきなり……。無理よ、だって、立場が違い過ぎる……。夕さんもあんたも、結局は二人とも――」

「ユキー、ごはんー」


 お姉さんの声がした。俺はユキから飛び退く。


「え、えと、ごめん、いきなりこんな……」


 ユキはふるふると首を振った。


「ユキー、ごはんだよー」


 お姉さんが部屋に入ってきた。俺を見つけて、その顔が少し怪訝そうに歪む。


「あなた、おじいちゃんのとこによく来てる子でしょ。あなたはいいの、あいつとは違うし。それにほら、あなたってさ……。まあ、ユキに変なことしたら許さないけどね」

「分かっていますお姉さん」

「うーん、よく見ると結構かっこいいんだねえ」

「あざっす」

「ユキ、おいで」


 お姉さんが部屋を出ていく。ユキもそれに続く。部屋を出る直前、ちょっと俺のほうを振り向いたけれど、恥ずかしそうに顔を伏せてさっさと出ていってしまった。





 俺も夕さんも、ユキとは置かれた場所の異なる存在だった。ユキには一緒に暮らす家族がいるし、美味しいご飯を毎日食べられるし、暖かい部屋にいられる。けれど俺達は……。


 叶うのならばユキのように暮らしてみたいとも思うけれど、それは無理なことだ。理由は至極簡単なことで、俺が俺で、夕さんが夕さんだからだ。青や黄色を纏ってみれば何か変わるかも? なんて、不可能なことを考えるのはこれくらいにしておこう。





 ユキのいなくなった窓辺にしばらく佇んでいると、遠くから何かがコツコツと鳴る音が聞こえたような気がした。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ