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【第二話】冬・時雨 二

 雪が降って、積もって、冬本番。毎年のことだけれど、やはり北海道は雪が多いと思う。ただ、俺は北海道から出たことがないから他の地方で雪がどのようになっているのかは分からないが。


 じいさんの家の庭先には毎日のように客が来ていた。庭には小鳥の餌台があるのだけれど、やってくるのは小鳥だけではない。リスやカラス、果てはキツネやワシまでやってくることもあった。ここは動物園か何かなのか。


 みんな冬の厳しさで飢えている。そこに登場するのが餌台に置かれた小鳥の餌や果物である。


「おや、今日は混んでいますね」


 餌に群がるリスを見ていると、声をかけられた。同性の俺でさえ震えるような美声。黒ずくめの男が傍らに立っていた。


「こんにちは。結局ここに居座っているのですね、時雨(しぐれ)さんは」


 時雨。というのは、俺の名前である。母親に名前で呼ばれていたような記憶はあったが、父親にまともに呼ばれてこなかったせいか、本名は思い出せない。時雨の降る日に出会ったからと、じいさんが今の名前を付けてくれた。結構気に入っている。


「もともとホームレスだし、ここにいれば餓死しないからさあ、なんか成り行きで。そういえば、夕さんはどうしてここによく来るわけ?」


 黒ずくめの男――夕立(ゆうだち)――は、整ったその顔を自嘲気味に歪めた。


「時雨さんと同じような感じですよ。私も以前陽一郎さんに助けられたことがありまして、それからの付き合いです」

「へえ、夕さんも車に?」

「いえ、私は……」


 なぜだか夕さんは下を向いて黙ってしまった。少し体を震わせてから、また自嘲気味に笑う。


「あまり思い出したくないのです。申し訳ありません」

「ああいえ、そんな、なんかすいません」


 なんか変な感じになっちゃったな……。


「コンニチハー」


 場違いで調子っぱずれな女の声がした。憂いを帯びたままの目で、夕さんはそちらを見る。


「ああ、ユキさん」

「コンニチハ、夕さん」

「なんだユキか」

「あんたに用はないわよバカ時雨」


 自分が馬鹿なのは分かっているが、人に言われるとむかつくな。


 ユキは隣の家に住む少女だ。じいさんの家の隣には、これまた絵本に出てきそうなかわいらしい家があった。


 (はなだ)の屋根に若芽(わかめ)の壁の爽やかな色合いだ。


 ユキは家の窓から顔を出して、俺達を見ている。


「うわぁ、リスがいっぱい来てるのね」


 ……かわいい。


「ネ、ネ、夕さん、せっかくだからあたしんち寄ってってよ。お姉ちゃんにたくさんお菓子もらったのよ。よかったら食べてって」


 ユキはこの美形黒ずくめに惚れ込んでいるらしかった。分かりやすいやつだ。たまには俺も誘ってくれよ。


 夕さんは苦笑する。


「嬉しいお誘いですが、お姉様は私のことをあまりよく思っていらっしゃらないでしょう。お邪魔するのは少々気が引けます……」

「そんなこと言わないでくださいよぉ。お姉ちゃんは夕さんのよさを分かっていないのよ。ネ、来て来て」

「はあ、そこまで誘われて断るのも逆に気が引けますね。分かりました」

「やった」


 夕さんがユキのいる窓辺に向かう。


 一人残された俺は再びリスの群れへ視線を向ける。リス達は押し合い圧し合いしながら、ひまわりの種を取り合っている。


「ユキー、ごはんー」


 隣の家からユキとは違う女の声がした。ユキのお姉さんだ。ご両親と一緒に、家族四人で住んでいる。


「ユキー、お昼ごは……あぁっ! あんたっ、また来てんの! なんなのよもうっ! ユキに近づかないでよ!」


 お姉さんのそんな叫び声と共に、ばたばたと慌ただしく夕さんが逃げてきた。


「ちょっと、やめてよお姉ちゃん!」

「もう来んな黒いの!」


 窓が閉められた。


 夕さんは息を切らして、肩を大きく上下させている。それでも整った顔には涼しさが若干残っている。さすが美形は違うな。


「夕さん、大丈夫?」

「ええ、なんとか。殺されるかと思いましたよ。やはりお姉様には好かれていないようです」

「あの女には夕さんのかっこよさが分からないんだよ。気にすることないって」


 夕さんは「ありがとうございます」とは言ったものの、深い溜息をついている。漆黒の瞳が少し潤んでいるようだった。


 何か言ってあげたほうがいいのだろうか。声をかけようと俺が口を開くのとほぼ同時に、夕さんは身を翻して走り去ってしまった。


「私は、疎まれ、忌み嫌われ、虐げられる定めなのです」


 と、去り際に言い残して――。




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