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エピローグ 落葉

「ふうん、アカゲラとお友達になったんだ?」


 窓辺でユキが探るように聞いてきた。


「白露ってやつでさ、女みたいにかわいい顔してるんだ」

「へえ、あたしとどっちがかわいい?」


 どうしてそうなる。かわいいとは言ったが、俺にそっち系の趣味はないわけで、


「ユキよりかわいいやつなんかいねえよ」

「やだ、うれしい」


 横で聞いていた夕さんが苦笑する。


「お二人は本当に仲がよろしいのですね。もう私の入る隙間はなさそうです」

「あたし、夕さんのことも大好きよ。二人とも、外に出られないあたしに会いにきてくれる大切な親友だもの」

「ありがとうございますユキさん」


 部屋のドアが開いて、お姉さんが入ってきた。


「今日は黒いのがそろってるの?」


 お姉さんを見て、ユキが嬉しそうに声を上げる。


 これから学校へ行くのか、お姉さんは制服姿で、リュックに教科書などを詰めている。準備は昨日のうちにしておけよな。


「遅刻するよー!」


 ユキ宅のお母さんの声だ。

「日和ー、バス来ちゃうよー?」

「分かってるってば!」


 お姉さん――日和――は、青いセキセイインコの鳥籠を開ける。中から出てきたインコは軽く首を傾げて、「イッテラッシャイ!」と奇声を上げた。


「淡雪はいい子だね。こうやってもどこか行ったりしないからさ。カゴの外のほうが夕立と時雨と遊びやすいでしょ。夕立、あたしあなたのこと勘違いしてたみたい。いつもこの子と遊んでくれてたんでしょ。それなのに、襲ってるんだと思ってて。ごめんね」

「お姉様、ご理解いただけてよかったです」

「時雨もさ、最近、毎日来てるわけじゃないみたいだね。おじいちゃんの負担も減ったんじゃない?」


 そうだといいけど。


「日和ー! 遅刻するよー!」

「はあい! じゃ、いい子にしてるんだよ、ユキ」

「イッテラッシャイ!」


 リュックを背負って、日和が部屋を出ていき、家を全速力で飛び出すのが見えた。


 ユキは窓枠に留まる俺達に、改めて「オハヨー!」と奇声を上げた。きれいな青い羽がふわふわ動く。


「あ、そういえば今日って燃えるゴミの回収日じゃん。夕さん行かなくていいの、ゴミステーション」


 力一杯蹴り飛ばされた。しなやかな足さばきに、俺は地面に放り出される。


「お馬鹿っ、私はそのような嗜好はありません! 人様の残りを漁るなど、このプライドが許しません! そんな奴らはカラスの風上にも置けない存在なのです!」

「いてて、冗談に決まってんじゃん……」

「えっ、ああ、すみません、つい」


 夕さんのつやつやした羽が青に緑に煌めく。こういうのをまさに烏羽色と言うのだろう。


 俺は起き上がって、窓枠に飛び上がる。


 「オハヨ」「オハヨ」と奇声をしばらく出していたユキが、小首を傾げて俺を見た。俺を、というよりも、俺の後ろのほう……?


「あ、あの、えっと、おはようございます」


 白露だった。自分のことをじっと見つめるインコとカラスに怯えているのか、少し離れた木に留まっている。


「し、時雨さん、起きたらいないからびっくりしたじゃないですか。ここにいたんですね」

「え、何? あんた達一緒に住んでんの?」

「あ、いえ。えと、隣の木に……。時雨さんがお家作ってくれて……」


 あの日以来、俺は白露と行動を共にしていた。ブナ林に住み、時々じいさんの家に遊びに来る。そんな生活を始めた。初め、俺は道路の向こう側に巣を作ろうとしたのだが、その近くにかつて空巣に入ったフクロウの巣があったため断念。結局家の近くに収まった。


 今の俺は、野鳥としてあるべき生き方をしているのではないだろうか。じいさんの家の裏庭ではなく、このブナ林こそが俺の生きる場所だ。そうだろう。父親が生きていた頃は森に住んでいたのだから。


「アカゲラが増えているねえ」


 庭の落葉を竹箒で掃いていたじいさんが俺達のほうへ来た。


「秋からいるから白露かな」


 じいさんには鳥の言葉が分かるのではないか。そう思う時もある。


「おじいさんはエスパーですか」


 驚愕の表情で白露が身じろぎした。


「よかったね時雨。最近あまり来ないから心配したんだよ。でも、こんな仲間ができていたんだね。儂といるよりも、こうして同じキツツキの仲間といたほうがいいよ。きみは野生の動物なんだからね」


 そうだ。俺はユキと違って野生なんだ。人に依存しすぎるのはよくない。野生として生きなければいけないのに、命の恩人だからといってじいさんに甘えすぎていた。


「でもね時雨、いつでも遊びにおいで。待っているからね」


 笑顔で俺を見るじいさんの丸眼鏡のレンズに、クマゲラが映っている。


「そうだ、みんなにラズベリーでもあげようかね」


 やった! 俺達は顔を見合わせる。


 カゴの中の木苺をつつく鳥達を見ながら、じいさんはやさしく笑う。


 少し冷たい風が吹いた。


 冷たい空気の中、じいさんの温かい手が俺を撫でる。


「今年もそろそろ時雨が降るねえ」


 今年もまた、冬がやって来る。





 キツツキが木をつつく音につられるように、紅葉は散っていく。人を、動物を、鳥を、長く厳しい冬へ誘うように――。





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