第2話 初対面ユーナとデサイア
「り、陸に上がったのに、まだ体が揺れている……」
街の人たちの出迎えに、ある意味、喧嘩を売るよりも酷いお礼を返した美少女。彼女の名前は、ユーアナシア・アレシアス・グライフと言った。
ちなみに彼女は、誰かに自己紹介をした後、ほとんどの場合、ユーナと呼んでほしいと相手に伝えるようにしている。
もちろん、気に食わない相手や親しくなりたくない相手には、そのようなことは言わないが。
この世界では、名前を見ると、ある程度その人の身分が分かるようになっている。
一般人は苗字と名前しかなく、ミドルネームがあるのは、貴族以上の高い身分の証なのだ。
船から渡し板を使って岸壁に降り立った乗客たちに、出迎えの人たちが駆け寄り、再会を喜んだり、さっそく仕事の話などを始めたりしている。
そのような中、誰からも呼び止められることなく、ユーナは酔っ払いのような足取りで歩いていた。
着替えや旅に必要な道具は、鞄に入れて背負っている。
「どれだけ体を鍛えても、船酔いと馬車酔いには耐えられないって、本当だったんだ」
ちなみに彼女は、馬車であればどれほど揺れても酔ったりしない。
しかし、船は駄目だった。
何日も右に左に、上に下にと大きく揺れ続ける上に、船員たちから危ないから外に出るなと言われ、暗くて臭い船倉にずっと閉じ込められていたのだ。
ちなみに彼女が乗ってきた船は客船ではないため、乗客用の個室などはなく、荷物の間に毛布を敷いて寝ていた。
旅慣れた商人や、この島で生まれ育った人間なら、そういった環境にもある程度慣れているため、打ち解け合った者同士で酒を飲んだり、賭け事をしたりして時間を潰していた。
だが、実は彼女にとって、今回の船旅は初めての体験だった。
どれほど気持ちが悪くても、船倉で吐いたりしたら皆に迷惑がかかると思い、必死で耐えてきた。
その結果、出迎えに来ていた島の人たちには、大変申し訳ないことをしてしまった。
それでも、さすがは若者と言うべきか、港から街に向かって歩いている間に、少しずつ体調が回復していく。
街の門をくぐる頃には、外見上は普通の状態になっていた。
「この紙に必要事項を書いて」
門のすぐ内側には受付小屋があり、武装した兵士が4人と役人が2人いて、港から斜面を登ってきた人たちを並ばせていた。
そして、全員に名前と職業、さらにこの街に来た目的を書かせている。
あと、受付の背後には、お尋ね者の手配書が何枚も貼られており、犯罪者が街に入ることを防いでいた。
「お嬢ちゃんもこれ書いて」
「どうも」
ユーナも必要事項を記入すると、それを役人に渡した。
役人は、お約束のような、やる気のない疲れた表情をした男だった。
彼は書類を読みながら、
「一人旅? 冒険者だって? その歳で? ハァ~、俺の娘より年下じゃないか」
とブツブツ言い、最後に街への立ち入りを許可するスタンプを押した。
「分かっていると思うけど、街の中で悪さをするなよ。あと、夜は宿から出ないようにしなよ。なに、あんたみたいな若い女が一人で歩いていたら、馬鹿なことを考える奴がいるからな」
「そう言えば、海賊が退治されたって聞いたのですけど」
ユーナが役人にそう質問をしする。
「ああ、あんたの先輩たちがやってくれたよ。有難いことだ」
役人はそう言うと、彼女に向かって、さっさと行けと手を振った。
ユーナは街の中に入ると、メインストリートを歩いていく。
左右には色々な店があり、店員が大きな声で呼び込みをしている。
海に近い街のため、魚介類を扱う飲食店が多いようだ。あと、色とりどりの果物が店先に山積みになっていた。
「とりあえず、斡旋所ね」
斡旋所とは、冒険者に仕事を紹介する施設で、そこに行けば、公園のゴミ拾いから魔獣退治まで、様々な仕事を受けることができる。
ただし、何でもかんでも受けられるというわけではない。
集まった依頼を難易度別に分け、それを受ける冒険者たちの実力を推し量ってから契約を結ばせるようにしていた。
そういう意味では、若い女の子一人では、ろくな依頼を受けることができないだろう。
報酬額は依頼の難易度に比例するため、少なくとも数人でパーティーを組む必要がある。
もっとも、ユーナがこの街に来た目的は、仕事をするためではなかったが。
冒険者への仕事斡旋所は、街の入口のすぐそばにあった。
実は冒険者は、あまり街の住民たちから好意的に思われてはいない。
それどころか、野盗や盗賊と大差ないと言われ、忌み嫌っている人もかなりいる。
確かに、依頼を受けてもクリアできず、報酬を得られなかった冒険者が自棄を起こして盗賊になったという話は、大陸のあちらこちらでよく聞く。
そして、その野盗になった冒険者を、同じ冒険者が退治したりする。
凶暴な魔獣狩りやダンジョン探索などは、レベルの低い冒険者では受けることができない。さらに言うと、受けたとしても、ほぼ確実に死ぬ。
そのため、新人冒険者たちは、まず自分が生きていくために雑用のようなつまらない依頼を延々とこなし、信用を得なければならないのだった。
壁もドアもない開放的な建物の内外に、冒険者たちがたむろしている。
そこに集まっている連中を見ると、確かに野盗や盗賊と見分けがつかない。
皆、急所だけを辛うじて守れる防具を身に着け、剣、槍、斧、弓、杖など、自分の適性に合った武器を持っている。
男の方が多いが、女もそこそこ混ざっていた。
とりあえず、新人、ベテラン、男、女、全てに共通して言えることは、皆、汚れていて臭いということだ。
もう少し身なりに気を配れば、野盗や盗賊と間違えられることもないのに、とユーナは常々考えていた。
「どうした、お嬢ちゃん。こっちに来て酌をしてくれたら、お小遣いをやるぞ」
彼女に気付いた右目に眼帯をした半裸の男が、そう言って笑った。
相手をするだけ時間の無駄なので、ユーナはそれを無視して、斡旋所の奥へと入っていく。
「大陸から来たのかい?」
奥のカウンターにいたのは中年の女性だった。
おそらく元冒険者で、引退後にここの事務職に再就職したのだろう。
「はい、人を探しています」
「人探し?」
「海賊を討伐した冒険者は、金髪で青い瞳、あと若い男性だと聞いています」
「あんた、あいつらの知り合いかい?」
「知り合いかもしれないので、確かめに来ました」
「まさか以前付き合っていたとか? って、それは無いか……」
受付の女性がユーナの胸の辺りを見つめながら、そう言った。
どうやら、そのお手柄冒険者の異性の好みは、胸の大きな女性のようだ。
「あ、あの、その人は今どこにいるかご存じではありませんか?」
口元と眉をわずかに引きつらせながら、ユーナがそう聞き直した。
「あいつらなら、広場で飲んだくれているよ。しばらく遊んで暮らせるだけの褒美をもらったからね」
「広場ですか。分かりました。ありがとうございます」
そう礼を言うと、斡旋所を出て、街の中心部の方に向かって歩き出す。
この街は高台の上に造られており、中心部が一番高くなっているため、そこへ行くには緩やかな傾斜の道を歩いていかなければならない。
斡旋所から街の中心部までは、直線距離で400mほど離れていた。
そこに近づくに従って、大勢の人たちの喧騒が聞こえてくる。
中央広場の周囲には、特に飲食店が多く集まっており、どうやら昼間から酒を飲んで騒いでいる連中がいるようだ。
広場に入って最初に目に入ったのは、屋外に並べられたテーブルと椅子、そして、そこで「羽目を外す」という言葉を全力で実践している4人の冒険者たちだった。
一人はスキンヘッドでムキムキの戦士、次の一人は痩せていて身長の高い魔法使い、もう一人は小柄な男で弓を背負っている。
そして最後の男は、長身で金髪の若い男で、かなりハンサムだ。
斡旋所の受付が言っていたのは彼のことだろう。
つまり、この冒険者パーティーのリーダーは、金髪ハンサムの彼ということだ。
4人の男たちの周囲には、やたらと露出度が高く、美人だが厚化粧の女性たちが張り付いており、彼らの奢りで一緒に酒を飲んでいる。
確かに、全員胸が大きい。
ユーナは、そのバカ騒ぎをしている連中に近付いていき、金髪の男の顔をジッと見つめた。
「違う……」
どうやら、彼女が探していた人物とは違ったようだ。
微かに眉を寄せると、回れ右をしてその場から離れようとする。
しかし、
「おい、そこの女」
相手に気付かれ、そう呼び止められる。
振り返ると、金髪の男が立ち上がっていた。
昼間からかなり酒を飲んでいたらしく、足元が少しふらつき、青い瞳の焦点が微妙に合っていない。
「こっち来いよ。酒でも飯でも何でも奢ってやるからよ」
「リーダー、そいつはまだガキですよ。酒よりもミルクでしょ」
スキンヘッドの男がそう言うと、他の仲間と女たちが一斉に笑う。
「良いぜ、ミルクどころか乳牛ごと買ってやる」
そう言いつつ、千鳥足でユーナに近付いてくる金髪男。
そして、右手を伸ばして彼女の肩を後ろから掴もうとするが……スカッと宙を切る。
「ん? 目の錯覚か?」
ユーナの身体が一瞬揺らめいたかと思うと、彼女の身体が少し横にずれていた。
「どうしたんだ、リーダー?」
「そんな青臭い子なんか放っておけばいいのよ!!」
「うるさい」
野次を飛ばす仲間たちにそう言うと、再びユーナの肩を掴もうと腕を伸ばす。
しかし、やはり掴みそこなう。
指先が触れる直前に、彼女の身体が微かに揺らめいて横にずれるのだ。
再び伸ばした手が宙を切る。
「くそっ、飲みすぎたか?」
「そのようですね」
ユーナがそう言うと、振り返った。
こうして並ぶと、彼女の身長は金髪男の胸の辺りほどしかない。
「お前……」
「お友達が呼んでいますよ。早く戻ったらどうですか?」
彼女の機嫌はかなり悪い。
はるばる大陸から船に乗って訪ねてきた相手が、人違いだったのだから、まあ、それは仕方がないだろう。
ただ、別に金髪男が悪いわけではないので、彼に八つ当たりをするのはお門違いだが。
「もしかして、冒険者か?」
彼女の格好を見て、金髪男がプッと吹き出しながらそう言った。
「はい、まだ新人ですけど」
「マジかよ!! ハハハッハ、子犬の散歩ぐらいしか依頼は受けられないだろう?!」
明らかに彼女のことを馬鹿にしている。
まあ、彼らはこの辺りの海を荒らしまわっていた海賊を退治するという大仕事をこなした英雄である。多少調子に乗るのは仕方がないだろう。
「そうですね」
ユーナはそのような挑発には乗らずに、再び歩き出した。
「おい、待てよ。俺が冒険者として、色々アドバイスしてやる」
そう言うと、また金髪男が彼女の肩に向かって手を伸ばした。
しかし、やはりその手は彼女に触れることができない。
それどころか、ユーナが少ししゃがみながら身体を回転させ、金髪男の足を払った。
もともと酒に酔って足元がふらついていた彼では、それを避けることも耐えることもできない。
ウワッと叫ぶと、そばにあったテーブルを巻き込みながら派手に転んだ。
「てめぇ!!」「このガキ!!」「やりやがったな!!」
スキンヘッドのムキムキ男、痩せたのっぽの魔法使い、小柄な弓使いが一斉に立ち上がって怒鳴る。
「しつこく絡んできたのは、その人です」
しかし、ユーナは怯えたりせずに、平然とそう言い放ち、スタスタと歩いていく。
「畜生、ガキだと思って甘い顔をしていたら、いい気になりやがって!!」
今の一撃で酔いが醒めたらしく、金髪男がそう怒鳴りながら立ち上がった。
そして、彼女の背後目がけて両手を広げて飛びかかる。
すると、ユーナは少し屈んでからジャンプし、それをかわした。
彼女の足元を、勢い余った金髪男の背中がものすごい勢いで通り過ぎていく。
華奢な体つきの女の子が、背後からあのタックルをまともに受けていたら、吹き飛ばされて大怪我をしていたかもしれない。
しかし、彼女は普通の女の子ではない。ジャンプした体勢から、金髪男の背中を蹴り飛ばした。
先ほどよりも長く、大きな叫び声を上げて、金髪男が地面の上に倒れ、そのまま転がる。
今の彼女の身のこなしは、常人にできることではなかった。
金髪男の仲間たちが、思わず武器に手をかける。
彼らの周囲にいた女たちが悲鳴を上げて逃げ散っていく。
「こんな所で、武器を抜くのですか?」
そんな彼らに、ユーナが低い声でそう言った。
ウッと、彼らの手が止まる。
それを確認してから、彼女は再び歩き出した。
その途中で、石畳の上で伸びている金髪男の背中を踏みつけていくのを忘れない。




