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良い自由

 レヴィは硝子(ガラス)(じゅう)を下ろす。

 ネルアと再度目を合わせた。

 ネルアは震えた息で声を放つ。『ネルアの思う自由』への回答だ。

「お、オレは」

 ネルアは話すことを躊躇ちゅうちょした。

 他人軸で動いてきたネルアには自身をさらけ出すことに怖さもあった。

 それは受け入れてもらえたことがない過去があるためである。


 それでもレヴィには自身を曝け出したいと思った。


(オレは……)


挿絵(By みてみん)


 涙が流れた。涙が答えだった。


──────────どうか涙を許してくれ

──────────オレの助けを無視しないでくれ


 コントロールできないほどの涙が流れてくる。しかし、ネルアはその涙も拭こうともしない。

 

 レヴィは笑った。

「良い自由だ」

 ネルアの思考と感情は読まれた。

(あ、ああ、何故だろう……)

 涙が止まらない。

 極度の緊張が起こっていたからだろうか。

 違う。

(この人の視線、声、仕草全てによって感情があらわになっていく)

 溢れんばかりの気持ちが表現されていってしまう。

 やがてそれは言葉となる。

「オレ、こ、の国の正しさが」

「うん」

「ゆ、許せなくて」

「おう」

「このく、国、を牛耳る奴、らが……許せなく、て」

「うん」

「そいつ、ら、を殺し──────────」


『ど う せ 殺 せ な い の に ?』


 また母の声がした。

『あなたは縛られていないと何もできないの────────』


「ネルア」

 ハッとする。

「大丈夫だ」


 レヴィはそれだけ言った。


 その一言だけで母の声を掻き消した。

「お前は望むことを意のままにやればいい」

 レヴィはネルアの意思を尊重する。

 しかし今まで囚われてきたネルアにとってどんな自由が正しいのか分からなかった。

「お、オレの」

「うん」 

「オレの、のっ、望んだことがぐちゃぐちゃでも……?」

「ああ。取り留めのない思考でいたっていいさ」

 ネルアは呼吸をした。深く息を吸い込む。

「……オレの意思が世にとって正しくなくても?」

「それがお前の救いになるならばなんだっていい」

 レヴィは優しく低い声で続ける。

「自分を救うために一生懸命になって何が悪い?」

 ネルアの目に無数の光が宿る。

(オレを救うためにオレの意思も感情も大事にていいの?)

 レヴィは緩やかに笑い口を開く。

「お前の意思を独断で正解にしてしまえ」

 ネルアの目からは大量の涙が溢れ出ていた。

「は、い」

 開いた口に涙が入る。

 その涙は甘かった。

 

 ネルアは無意識で手を伸ばした。

 それはレヴィという畏敬の対象に近づきたい衝動に駆られたから。

 しかし気づく。

 静かだ。

 後ろにいるはずの警察官たちの音がしない。

 人の音が消えた。


 彼の目を深く見た。

 さらに十字の瞳に引き寄せられる。

(レヴィさんを見ていると)

 自分がいかに小さな存在であるかを思い知らされる。

 それでもやっぱり目は離せない。

 周りや他のことが目に入らない。

 魂を奪われたかのように彼だけを見つめてしまう。

「大丈夫。ネルア、お前は死なない」

 彼の声に足が震える。

 首の後ろに鳥肌が立つ。

(けれど心地よく感じてしまう)

 母の幻聴とは明らかに違う。

 ネルアは素直にレヴィに敬慕けいぼの念を抱いた。

 そして自身の胸に左手を置く。

 彼を見つめたまま。

 そしてレヴィが話す。


()()をしただろう」


 ネルアは大きく目を見開いた。

 彼の言葉で思い出してしまう。ハーオス病院に来た初日のことを。


***


「ならば力になろう」


 あの時のレヴィの言葉だ。

 その後、ネルアは考える。

 けれど感情、本能に従った。結果、一つの答えが浮かぶ。

 ネルアは口を開いた。



「じゃあ、()()()()()()()()()()()()()



 十字の眼を真剣に見つめて答えた言葉。

 レヴィはネルアから目を逸らすことなく返答する。

「了解。()は嫌か?」

「行動する上でその心配が及ぶと合理性に欠けるので」


***


 そんな会話、約束をした。

 ネルアが縛りではなく『約束』を交わしたのは初めてだった。

 それは特別だ。特別をネルアが忘れることはなかった。


 また新たな涙が溢れ出す。

 体を震わせながら啜り泣く。

「あっ、あ゛の……レヴィ、さん、あの!」


 ネルアは涙で声を詰まらせた。

 安堵、感謝、驚き、畏敬などの様々な感情が入り混じる。それをどう表現したらよいのかが分からなくなる。

「ぜっ、絶対に……ですか?」

 不安げなネルアは念を押した。


「その約束は絶対ですかっ……?」


 この約束はネルアにとって重く特別なものである。

 だから裏切られたくない『絶対』が欲しくて堪らなかった。

「俺は絶対などこの世にはないと思っている」

 レヴィは本心を話す。


「けれど、何があろうと必ず助けよう」


 彼の言葉にネルアの肌は紅潮する。

 

「死ぬまで守ると誓おう」


 ネルアの目には光が宿った。


「信じ、ます」

 レヴィはネルアの左肩に左手を置いた。

「おう。任せろ」


挿絵(By みてみん)


 レヴィが立ち上がる。

「帰ろうか」


 レヴィは膝を少し屈ませ、ネルアへ右手を差し出した。

「はい」


 ネルアはその手を取る。

 そのまま振り返らずに。

 彼の導きに従い、一歩を出した。

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