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73.木の根の壁

「まずいな」


 周りを見渡せど、窓などはない。なんなら出入り口もない。

 しかし、ここは暗闇ではない。

 光る苔が壁に自生してて、それが明かりを供給していた。光る原理は、よく分からない。


 ここは、エルフェイの里の地下に位置する場所。木の根に囲まれた、出口のない自然の牢獄だった。

 シトリスは『来賓室』などといっていたが、その言葉のイメージとは雲泥の差だ。

 広さは……そうだな、6畳程度か。窮屈さは感じないが、窓がない分息苦しさはある。

 ただそれ以上に、腕に嵌められた手枷に不快感を覚えていた。体を伸ばそうにも、手枷が邪魔をして自由に動かせない。


「くそっ!」

 俺は手枷を、木の根に叩きつけた。

 自分の手と一緒に。何度も、何度も、何度も。

 打ち付ける際に手元が狂い、自身の腕も叩きつけたりもした。内出血によるアザもできた。皮膚は赤く擦り切れ、皮が剥けていた。感染症の危険も頭をよぎるが、構ってられない。

 そんな強い意志で手枷を外そうと試みるも、手枷はヒビどころか、傷一つ付いていなかった。


「ほんと、なんなんだよ、これ」


 肩で息をするくらいに全力で、手枷を壊そうと試みた。しかし、全く歯が立たなかった。驚くほど軽い素材。木材よりも軽い。なのだが、固く、そして割れない。


「……開花宣言──咲き誇れっ!」


 なら、魔法ではどうだろう。

 物理でダメなら、魔法で対処できるのではないか。

 そう考えたが、それはすでに無意味であることは立証済みだった。


「開花っ! 宣言! 咲き誇れっ!」


 繰り返し繰り返し、ダメ元で能力を試した。しかし、木に囲まれたこの地下空間に、むなしく俺の声が響いただけだった。何度やっても、能力は発動しなかった。

 ──いや、発動はしている。

 すべて、この手枷に吸われているのだ。


「あの、カルマンダって女が使っていた剣と同じ材質なのかもな」


 手枷は、ほんのり熱くなっていた。魔法を吸い、熱として発散しているのかもしれない。


「……くそっ」


 俺は、この場所に閉じ込められてから何回か目の悪態をついた。もう、数えてもいない。


 入口も出口もない、木の根で囲まれた牢屋。木の根が縦横無尽に蔓延る聖域(シェルター)の地下。外の様子は伺えない。

 今が、朝なのか夜なのかさえ不明だ。


 ちなみに、この牢屋にどうやって入れられたのかというと……シトリスが、手に持つタクトを一振り。植物は彼女の意のままに操られ、人ひとりが余裕で通れる隙間を作り出していた。


「参ったな」


 俺の『開花宣言』が使えれば、木の根を成長させて、隙間を作ることは造作もない。シトリスもそれは分かっているはずだが、それでも根の牢屋(ここ)に幽閉させたということは、能力を封じる手枷に絶対の自信があるのだろう。


「くそっ」


 能力をこれ以上使うのも(無効化されるが、使うたびに疲労は溜まる)、手枷を壊す算段を立てるのも、一旦止めた。これ以上は無駄骨との判断だ。


「諦めたわけじゃねぇけど……すこし休憩」


 誰に言い聞かせるわけでもなく、そして、それが強がりでもない。

 他に打算できる方法がないか。

 次の一手を、なんとか捻出しようと考えを張り巡らせていた。


(……ウェルテは、無事だろうか)


 あの時に飲まされた、人間に対する毒紅茶。あの毒は、未だに抜けきれていない。まだ身体には、痺れが残っていた。


(ウェルテは、飲んでも問題なかった。だから彼女はエルフェイのはず……けど、奴ら(シトリスたち)は、彼女を『世界樹の種』だと言い放った……)


「ウェルテが、種……いやまったく意味が分からん」


 その真意を確かめる間もなく、俺は意識を失ったのだ。あのあと、ウェルテがどうなったのか分からない。そして、その言葉の意味も不明のままだ。俺がイメージしている、野菜や果物の種。いわゆる世間一般に言われる『種』とは、根本的に概念が違うのかもしれない。


 しびれが残る体にむち打ち、半ば無理やり壁伝いに起き上がり、ゆっくり体を伸ばす。

 おそらく、ウェルテを開花させるまで俺たちは捕らえられたままだろう。しかし俺は、ウェルテを開花させるつもりなど毛頭ない。ウェルテの人格が消えるかもしれないのだ。そんな説明されて、おいそれと発芽させるバカなどいるものか!


「……ふざけやがって!」

「おふざけではありませんことよ」


 突如、木の根の向こうから女の声がした。

 この声は、シトリスだ。


「シトリスかっ!!」


 俺は彼女に向かって声を荒げた。そして根の壁に空いた、わずかな隙間から彼女の顔をのぞき込んだ。


「ふふっ、いかがかしら、われわれの来賓室は」

「ああそうだな、ほどよく湿っぽくて喉が潤うぜ……カビ菌も多そうだけどな」

「あら、気に入っていただけたようで何よりです」


 シトリスはニコリと微笑んでいた。童顔な彼女の笑顔は、無邪気な少女そのものだ。


「皮肉を言ってんだよ俺は」

「あ、『皮肉』というものですか。それはそれは失礼しましたわ。我々エルフェイの言葉には、そういう言い回しが存在しないのもで」


 彼女は右人差し指を頬にあてがい、首を傾げた。所作一つ一つが非常にあざとい。容姿が容姿なだけにその行動が似合っているのも腹が立つ。俺は未だに、このシトリスという人物の性格を掴み損ねている。


「さてシトリスさんよ。俺はいつになったらここから出してもらえるのかい? あんたらのいう、大切なお客様だったんじゃないのか?」

「ええ、あなた様は大切な大切なお客様。それは紛うことなく、ですわ」

「なら尚更──うおっ!」


 突然、目の前の木の根が動き始めた。先ほどまでカチンコチンだった根っこは、まるでゴムのようにウネウネと動き、俺の視界から取り払われた。おそらくシトリスの仕業だろう。


「痛ってぇっ!」


 まさか牢屋の役目をしていた根っこが動くとは思わなかった。体を根に預けていたため、俺はド派手に、前のめりに転んでしまった。


「くそっ! 動かすんなら動かすって先に……言……え……?」


 根の隙間からは彼女の顔しか見えてなかったため、彼女がどんな服装をしているのか分からなかった。

 そもそも、エルフェイも人間の姿形をしており、お互いに《《恥じらい》》というものを持っている。これは、ウェルテの行動からも立証済みだ(?)。


「え……あ……お、おま!」


 突っ伏した体を起こし、俺が転んだ原因の女を見た。眼下に飛び込んできたのは、白く、透き通る肌の色。


「……ふふっ」


 エルフェイ特有の、真珠のような純白の肌。普段は絹のようなローブに包まれ、わずかに見える首筋や、顔から覗く色白さは認識していたが、それは、俺のその想像以上だった。高級陶器のような白く美しく滑らかな質感──。


 今、目の前には。

 糸まとわぬ生まれたままの姿の彼女(シトリス)。


 つまりは、彼女はスッポンポンだった。


「おま……おま! ふ、服を着ろ! 服を!」

「恥ずかしがらなくてよろしいですわよ──ふふっ、可愛い」


 シトリスの頬が僅かに紅潮していた。羞恥心の現れだ。彼女も相当恥ずかしがっている証左だが、ならなぜそんな恰好なのか。

 なお俺の顔は、自分でもわかるほど火照り、おそらく真っ赤っ赤になっていただろう。


「ちょ! 待て! いいから! 服! 服を!」

「待てませんわ」

「な──うおっ!」


 彼女は自分の痴態を隠すことなく、手を大きく横に広げた。すると、周りの木の根がまた動き出した。柔らかくムチのようにしなり、俺に襲いかかった──かと思ったら、俺の手枷に絡まり、腕に巻き付き、足を捕縛した。シトリスが動かした根が、まるで触手のように自在に動き、俺を雁字搦(がんじがら)めに固定させたのだ。


「これで動けませんわね」

「なっ、くっ! ……何が、目的だ!」


 俺は両手両足を縛られ、身動きが取れなくなった。そこに、あられもない姿のまま、シトリスが近づく。


「なにが目的って……わかっているでしょ? あなたの、子種よ」


 シトリスはもう目と鼻の先まで来ていた。彼女が口を開くたびに、彼女の息が顔にかかる。生暖かな吐息は、ほんのり甘い、熟れた果実の匂いがした。


「子種……って……おふぅ!」


 俺の声には応えることなく、シトリスは俺の股間を──『あれ』を弄ってきた。その瞬間、身体に電流が走ったかのような感覚に囚われた。


「良いのですよ、すべて我々に委ねて。我慢は身体に毒ですもの」


 耳元で彼女が囁いた。彼女の柔肌は、俺と完全に密着していた。服の上からでも、その柔らかな触感を感じられるほどだ。

 その間も、股間を触る手は止めない。


「あ、いや! やめてっ! あふぅん!」


 情けないことに、これは俺の声である。

 ぜひとも、男の声で再生いただきたい。


「ほら、もっと気持ちよくしてあげる……」


 絶世の美人が裸で股間をまさぐるこの状態。

 俺も男だ。悲しきことに、反応しないわけがない。


「あ……くっ……うっ……」

「ふふっ、そーれ、ふ〜〜っ……」

「はうぅぅん」


 耳元に息を吹きかけるシトリス。女性の発する、甘美な匂いが鼻をくすぐる。

 そして情けない声が漏れる俺。誠に不甲斐ない。

 でも仕方ないじゃない。

 男の子だもん。


(くそっ! 不本意なのに! 不本意なのに体が反応しちまう!)


「そーれ、こちょこちょ、こちょこちょ……」

「ふひひひひひ! ふぅん!」


 緩急がこもったシトリスの責め。おそらく多くの人間の男を手玉に取っていたのだろう。

 悲しきかな、こういうこと(・・・・・・)に疎い俺は、なす術ないまま彼女の快楽に堕ちていく──。


 はずだった。


「……あら……反応が、イマイチね」

「あへ?」


 よくある書物的な表現で、『身体は正直』なんて言い回しがあるのだが、今この状態は全くの真逆。

 身体の反応が鈍かった。

 つまり、歯に衣着せぬ言い方をすると……。



 ……。



 勃たなかったのだ。



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