第89話 王都
休日当日。
王都行きの馬車乗り場には朝から多くの人が集まっていた。
商人。
旅人。
家族連れ。
様々な人々が行き交っている。
そんな中。
カナトは待ち合わせ場所で周囲を見回していた。
「お待たせしました」
最初に現れたのはアイリスだった。
いつも通り整った服装。
だが制服ではない。
どこか新鮮だった。
「おはよう」
「おはようございます」
挨拶を交わす。
その直後。
「おーい!」
聞き慣れた声が響いた。
ガルドだった。
大きく手を振りながら近付いてくる。
「早いね」
「楽しみだったからな!」
隠す気もないらしい。
アイリスが小さくため息を吐く。
「子供みたいですね」
「なんだと」
「事実です」
二人が言い合いを始める。
カナトが苦笑した。
その時だった。
足音が聞こえる。
三人が振り返る。
そこにはリゼアが立っていた。
一瞬だけ。
誰も言葉を発さなかった。
制服ではない。
赤を基調とした私服。
長い髪もいつもより丁寧に整えられている。
貴族らしい上品さが自然と滲んでいた。
「……何よ」
リゼアが眉をひそめる。
最初に口を開いたのはガルドだった。
「ほぉー」
妙に感心したような声だった。
嫌な予感しかしない。
「何よ」
「こうやって改めて見ると」
ガルドは腕を組む。
「リゼアもちゃんとお嬢様って感じになるんだな」
一瞬。
沈黙。
「……は?」
リゼアの眉がぴくりと動く。
「いや、普段がアレだから」
「アレ?」
「ほら」
ガルドは慌てて言葉を探す。
「燃やそうとしたり」
「燃やすわよ」
「ほら!」
ガルドが叫ぶ。
アイリスが吹き出した。
「ガルドさんが悪いですね」
「なんでだよ!?」
その時。
カナトが小さく笑った。
「でも」
リゼアが視線を向ける。
「似合ってると思うよ」
リゼアが固まる。
「そうですね」
アイリスも頷いた。
「とても似合っています」
追い打ちだった。
リゼアの耳がみるみる赤くなる。
「なっ……」
言葉が出てこない。
数秒。
沈黙。
そして。
リゼアはガルドへ視線を向けた。
「やっぱりガルドは燃やすわ」
「なんで俺なんだよ!?」
ガルドの悲鳴が響く。
休日最初の笑い声だった。
◇
馬車へ乗り込む。
王都まではそれなりに時間が掛かる。
ガルドは窓際を陣取った。
まるで遠足前の子供みたいだった。
カナトは思わず笑う。
「楽しそうだね」
「当たり前だろ」
ガルドは笑う。
「こういうの初めてだしな」
その言葉に。
リゼアは少しだけ目を瞬かせた。
確かに。
考えてみればそうだった。
任務でも訓練でもない。
ただ遊ぶためだけの外出。
思い返してみても。
いつ以来だったかすぐには思い出せない。
「そういえば」
アイリスが口を開く。
「レオンさん残念でしたね」
「ああ」
カナトが頷いた。
昨日の夕方。
レオンから連絡があった。
急用が出来てしまったらしい。
「昨日まで来る気満々だったのにな」
ガルドが肩を竦める。
「急用なら仕方ないわ」
リゼアも頷いた。
少し残念だったが。
責める理由にはならない。
「今度また誘えばいいでしょ」
「ですね」
アイリスが微笑む。
「レオンさんも悔しそうでしたし」
「じゃあ次は絶対参加だな」
ガルドが笑う。
皆が頷いた。
それで十分だった。
◇
王都へ到着したのは昼前だった。
高くそびえる城壁。
石造りの建物。
広い大通り。
行き交う人々。
露店から漂う香ばしい匂い。
王都は今日も賑わっていた。
「おお……」
ガルドが感嘆の声を漏らした。
馬車を降りた瞬間から落ち着きがない。
「相変わらずですね」
アイリスが呆れたように呟く。
「いや、だって王都だぞ?」
「前にも来たことはあります」
「任務だろ?」
ガルドは胸を張る。
「今日は遊びだ」
それは確かに違った。
任務ではない。
訓練でもない。
ただ休日を楽しむためだけに来ている。
そう思うと。
カナトも少しだけ気分が軽かった。
大通りでは吟遊詩人が演奏をしている。
子供達が走り回り。
露店では店主達の威勢の良い声が響いていた。
平和だった。
そんな当たり前の光景がどこか新鮮に感じられる。
「どこから行く?」
カナトが皆へ視線を向ける。
真っ先に手が上がった。
「肉」
ガルドだった。
「まだ早いよ」
「なんでだよ」
「朝食べたばかりでしょ」
カナトが苦笑する。
アイリスも頷いた。
「まずは買い物では?」
「本屋か?」
「本屋です」
「やっぱりか」
ガルドが肩を落とした。
リゼアはそんなやり取りを見ながら小さく笑う。
以前なら。
こういう時間を無駄だと思っていた。
王都へ来るなら訓練施設を見たい。
魔導具店へ行きたい。
少しでも強くなる方法を探したい。
そんなことばかり考えていた。
だが。
今は違う。
何をするか決めていない。
それなのに。
不思議と楽しかった。
「リゼア?」
カナトが振り返る。
「どうかした?」
優しい声だった。
リゼアは首を振る。
「別に」
そして少しだけ空を見上げた。
青い空。
心地よい風。
人々の笑い声。
「ただ」
口元が少しだけ緩む。
「思ったより悪くないわね」
その言葉に。
ガルドが笑った。
「だろ?」
「何であなたが得意そうなのよ」
「俺が企画したからな」
「王都って言い出したのアイリスよ」
「細かいことは気にするな」
相変わらずだった。
アイリスがため息を吐く。
カナトが笑う。
リゼアもつられて笑ってしまう。
そんな時だった。
露店から香ばしい匂いが流れてきた。
ガルドが反応する。
「肉だ」
「違うと思います」
「いや肉だ」
「パンです」
アイリスが即答した。
ガルドは悔しそうな顔をする。
だが。
露店へ近付いた瞬間。
「美味そうだな」
前言を撤回した。
カナトが吹き出す。
「肉じゃなかったね」
「美味そうだから問題ない」
問題ないらしい。
露店の店主が笑顔で声を掛けてくる。
「焼きたてだよ!」
香ばしい香りが鼻をくすぐる。
ガルドは即座に財布を取り出した。
「買う」
「早い」
「迷う理由がない」
アイリスが額へ手を当てる。
リゼアはその光景を見ながら笑った。
王都へ着いてまだ数十分。
それなのに。
今日はきっと楽しい一日になる。
そんな予感がしていた。




