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魔眼治癒師の最適解  作者: 鍵音-kagine-


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第82話 憧れた背中

 胸の奥に残る温もり。


 それは懐かしい記憶だった。


 母の手。


 母の声。


 母の笑顔。


 そして。


 あの日見た炎。


 リゼアは静かに目を閉じていた。


 第三訓練場。


 夕日はもう半分以上沈み、夜の帳が訪れ始めていた。


 カナトは何も言わない。


 ただ隣にいてくれる。


 その存在を感じながら。


 リゼアはもう一度記憶を辿った。


 母に憧れていた。


 それは間違いない。


 でも。


 どうして憧れたのだろう。


 ただ魔法が凄かったから?


 ただ強かったから?


 違う気がした。


 もっと。


 何か大切な理由があった気がする。


 記憶が揺れる。


 屋敷。


 庭。


 暖かな日差し。


 そして別の日。


 まだ幼いリゼアが廊下を走っている。


 使用人達が慌ただしく動いていた。


 空気が少し違う。


 何かが起きたのだ。


 少女だったリゼアはよく分かっていなかった。


 ただ。


 皆が慌てていたことだけは覚えている。


 その時だった。


「奥様!」


 誰かの声。


 慌てた足音。


 母が振り返る。


「どうしたの?」


「村で崖崩れが」


 リゼアの呼吸が止まる。


 崖崩れ。


 その言葉が胸へ刺さった。


 土砂災害。


 つい数日前の出来事が脳裏を掠める。


 だが。


 記憶の中の母は落ち着いていた。


「怪我人は?」


「複数名いるそうです」


「分かったわ」


 母は迷わない。


 即座に動く。


 使用人へ指示を出す。


 治療道具の準備と医療班の編成、そして馬車を用意させる。


 誰よりも早く。


 誰よりも冷静に。


 そして。


 少女だったリゼアはその背中を見ていた。


 不思議だった。


 怖くないのだろうか。


 不安じゃないのだろうか。


 怪我人がいる。


 大変なことが起きている。


 なのに。


 母は真っ直ぐ前を向いていた。


 そして。


 出発する直前。


 母は振り返った。


 小さなリゼアを見つけたのだ。


「お母さま」


 不安そうな声。


 母は微笑んだ。


 優しく。


 安心させるように。


「大丈夫よ」


 その言葉を。


 リゼアは今でも覚えている。


 魔法よりも。


 炎よりも。


 鮮明に。


「困っている人がいるの」


 母は言った。


「だから助けに行ってくるわ」


 それだけだった。


 特別な言葉じゃない。


 派手な台詞でもない。


 でも。


 少女の胸に強く残った。


 助けに行く。


 困っている人がいるから。


 ただそれだけの理由で。


 母は迷わず動いた。


 そして。


 少女はその背中を見送りながら思った。


 綺麗だと。


 格好いいと。


 あんな人になりたいと。


 記憶がゆっくりと薄れていく。


 夕暮れが遠ざかる。


 屋敷が遠ざかる。


 母の背中が遠ざかる。


 その時だった。


 リゼアは気付いた。


「あ……」


 声が漏れる。


 小さく。


 本当に小さく。


 でも確かに。


 気付いてしまった。


 自分が憧れたものを。


 強い魔法じゃなかった。


 レオンでもなかった。


 ヴォルト家の期待でもなかった。


 誰かより強くなることでもなかった。


 困っている人のために動ける人。


 誰かを助けられる人。


 そんな人になりたかった。


 母のように。


 だから。


 魔法が好きだった。


 だから。


 強くなりたかった。


 ーー最強の魔法使いになれば、たくさんの人を救うことが出来るから。



 リゼアの瞳から涙が零れ落ちる。


 静かに。


 止まらずに。


 そして。


 胸の奥にあった問いの一つが。


 ようやく形になり始めていた。


「私……」


 掠れた声。


 涙が頬を伝う。


 隣にいるカナトが顔を向ける。


 リゼアは涙を拭わなかった。


 胸の奥で、何かがゆっくりと繋がり始めていた。


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