第70話 ガルドの作戦
ガルドのにやけた顔を見て、猛烈に嫌な予感がした。
アイリスも同じだったらしい。
微妙に身構えている。
「こういうのはどうだ?」
ガルドが身を乗り出す。
二人もつられて顔を近付けた。
そして。
ガルドは声を潜める。
ごにょごにょ。
ごにょごにょ。
数秒。
静寂。
「はぁ!?」
カナトの声が食堂に響いた。
周囲の視線が一斉に集まる。
だがそんなことを気にしている余裕はなかった。
「絶対ダメだよ!」
「最低です!」
アイリスも即座に叫ぶ。
ガルドは満足そうだった。
「でも確実だろ?」
「確かに可能性は高いかもしれないけど!」
「燃やされます!」
アイリスが真顔で言う。
ガルドは肩を竦めた。
「その時は逃げる」
「そういう問題じゃないです!」
「というか、それを僕がやるの!?」
「お前がやらなきゃ意味ねぇだろ」
「意味が分からないよ!」
ガルドは豪快に笑う。
その笑い声につられるように周囲からも苦笑が漏れた。
食堂の空気が少しだけ柔らかくなる。
「だいたいさ」
カナトは頭を抱える。
「そんなことしたら絶対に怒るよ」
「怒らせるためにやるんだろ」
「それはそうだけど!」
「だったら成功だ」
「成功じゃない!」
話が通じない。
いつものことだった。
アイリスも額を押さえている。
「ガルドさん」
「なんだ」
「最低です」
「褒め言葉だな」
「褒めてません」
即答だった。
ガルドは満足そうだった。
まるで褒められたかのような顔をしている。
何故なのか。
理解出来ない。
だが。
少しだけ。
本当に少しだけ。
胸の重さが軽くなっていることに気付く。
「ほら」
ガルドが言う。
「ん?」
「カナト」
ニヤリと笑う。
「少しはマシな顔になったぞ」
カナトは言葉に詰まった。
アイリスも目を丸くする。
ガルドは視線を逸らした。
照れ隠しだった。
分かりやすい。
「暗い顔してても仕方ねぇだろ」
ぶっきらぼうな言葉。
雑で。
乱暴で。
不器用だった。
けれど。
確かに温かかった。
カナトは小さく息を吐く。
怖くないわけじゃない。
拒絶されるかもしれない。
何も変わらないかもしれない。
全部怖い。
それでも。
何もしなければ。
何も変わらない。
扉の前で立ち尽くしているだけでは。
きっと。
何も。
食堂には三人の声が響いている。
ガルドが笑う。
アイリスが呆れる。
カナトが頭を抱える。
そんな騒がしさは。
ほんの少しだけ。
リゼアがまだ笑っていた頃の、研修時代を思い出させた。
カナトは窓の外へ目を向ける。
空は青い。
風が吹いている。
世界は変わらず動いている。
だから。
自分も前へ進まなければならない。
分からないなら。
直接聞くしかない。
リゼア自身に。
彼女が何のために強くなろうとしていたのかを。
そして次の日。
カナトは端末を手に取った。
普通に呼び出しても来ない。
お願いしても来ない。
なら。
ガルドの最低な作戦を実行するしかない。
「絶対怒るよな……」
ガルドから送られてきた文面を見て、誰もいない部屋で呟く。
それでも。
送信ボタンの上で指を止めることはなかった。




