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魔眼治癒師の最適解  作者: 鍵音-kagine-


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101/110

第101話 知識が救う命

 母親の悲鳴に、市場の喧騒が一瞬だけ揺らいだ。


 弾かれたように振り向いたカナトの視線の先では、先ほどまで元気に駆けていた男の子が、小さな両手で喉元を押さえ、苦しそうによろめいている。


「どうしたの!?」


 母親が慌てて駆け寄り、その肩を抱く。


 しかし、男の子は何も答えない。


 泣き声はない。


 咳もない。


 ただ口を大きく開けたまま、必死に息を求めるようにもがいていた。


 その瞬間、カナトの魔眼が静かに熱を帯びる。


 視界が霞み、見知らぬ光景が脳裏へ流れ込んだ。


 白い壁に囲まれた診察室。


 幼い子どもが同じように喉を押さえ、苦しそうに口を開いている。


 その傍らで、一人の医師が鋭く告げた。


「泣けない、咳き込めない、声も出ない――完全気道閉塞を疑え」


「喉へ手をやる仕草はチョーキングサインだ。迷うな、すぐ処置しろ」


 映像は一瞬で消えた。


(違う……)


 カナトは男の子を見据える。


(泣き止んだんじゃない)


(泣けなくなったんだ)


 その時だった。


「待っててね、お水を飲めばきっと――」


 母親が慌てて水筒へ手を伸ばす。


「駄目です!」


 市場中に響くほどの声だった。


 母親の手が止まる。


 周囲の視線が一斉にカナトへ集まった。


「今、水を飲ませてはいけません!」


「喉に物が詰まっています。無理に飲ませれば、余計に危険です!」


 切迫した表情のカナトに、フルールははっと息を呑む。


 蜂蜜の一件が脳裏をよぎった。


 善意だけでは、命を救えない。


 正しい知識があってこそ、人は人を救える。


 彼女はすぐさま一歩前へ出た。


「皆様、下がってください!」


「カナト様の処置の妨げになります!」


 ギルフォードも即座に状況を理解する。


「護衛、人垣を下げろ!」


 レオンやリゼア、王家の護衛たちが素早く周囲を整理し、野次馬を後退させていく。


 喧騒の中心に、小さな空間が生まれた。


 カナトは男の子の前へ膝をつく。


 まだ意識はある。


 だが、顔色は急速に青白さを帯び始めていた。


(年齢は三歳前後……腹部への処置より、まずは背部から)


 迷いはなかった。


 男の子の上体を前へ傾け、自らの腕でしっかりと支える。


「大丈夫。すぐ楽になるから」


 そう優しく声を掛けると、肩甲骨の間を狙って力強く叩いた。


 一回。


 反応はない。


 二回。


 まだ出ない。


 市場の空気が張り詰める。


 三回目。


 一瞬の静寂。


「…げほっ!」


 鋭い咳とともに、小さな木の実菓子の欠片が男の子の口から飛び出した。


 直後、男の子は大きく息を吸い込み――。


「うわあああぁぁん!」


 先ほどまで失われていた泣き声が、市場いっぱいに響き渡る。


 その瞬間、誰もが安堵の息を漏らした。


 市場に張り詰めていた空気が一気にほどける。


 母親は涙を流しながら男の子を強く抱きしめる。


「ありがとう……ありがとうございます……!」


 何度も頭を下げる母親を前に、カナトは静かに微笑んだ。


「間に合って、本当によかったです」


 その様子を見つめるフルールは、自身の胸へそっと手を添える。


 ほんの数秒。


 判断が遅れていれば、あの泣き声は二度と聞けなかったかもしれない。


 強大な魔法でもない。


 華麗な剣技でもない。


 目の前の異変を見抜き、迷うことなく最適な判断を下す知識と経験。


 その価値を、フルールはこの日、誰よりも鮮烈に心へ刻み込んだ。


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