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■2 世話焼きモブ青年と健気ヒーラー

カオルが村に来て三日。

俺の生活は、見事なくらい変わった。


朝起きて井戸へ水を汲みに行けば、後ろからとことこと足音がついてくる。

畑に顔を出せば、日陰からじっと見守る視線がある。


酒場で飯を食えば、向かいの席で小さく「おいしい……」と頬を緩める奴がいる。

つまり、カオルがずっと近くにいる。


……心臓に悪い。


「レン、おはようございます」


朝の光の中、宿屋の扉が開く。

ふわりと銀髪を揺らしながら現れたカオルは、今日も信じられないくらい整っていた。

寝起きでこれか。ずるい。


「おう。ちゃんと眠れたか?」

「はい。……でも、少しだけ」


「ん?」

「レンが夢に出てきて、途中で起きました」


「……は?」


さらっと何言った今。

俺が固まっていると、カオルは首を傾げる。


「変なことを言いましたか?」

「いや、変っていうか……危ない」


「危ない?」

「こっちの心臓に悪いって意味だ」


「……?」


分かってない顔がまた可愛い。

勘弁してくれ。朝から致死量だ。


「今日は治癒の修行、するんだろ」

「はい。司祭様に、魔力の流れを整える訓練を」


「じゃ、朝飯は熱々のスープがいいな」

「……え、スープ、ですか?」


「ああ。腹に熱いものを入れると集中できるからな」


俺がそう言うと、カオルは少し嬉しそうに目を細めた。


「レンは、いつも私を甘やかしますね」

「甘やかしてねえよ。普通だ普通」


「……ふふ」


笑うな。

朝日に透けてるまつ毛まで綺麗で直視できねえ。


****


酒場で出された熱々のスープを、カオルは慎重に口元へ運んだ。


「あつ……っ」

「うわ、待て待て」


俺は反射的に椀を押さえ、スプーンを奪う。


「こういうのはな、冷ましてから飲むんだよ」


ふー、と息を吹きかける。

そのまま差し出すと、カオルはぱちぱち瞬いた。


「……レン」

「ん?」


「それ、子ども扱いでは?」

「うるせえ。火傷するよりマシだ」


むっとした顔でスープを飲み、すぐに表情がほどける。


「……おいしいです」

「だろ」


「でも、もっとおいしい」

「何が」


「レンが冷ましてくれたので」

「……お前、天然でやってる?」


「てんねん?」


やめろ。

これ以上攻めてくるな。


酒場の店主が奥で肩を震わせて笑っていた。

後で覚えてろ。


****


昼。

村外れの草原で、カオルの修行が始まった。

司祭に教わった通り、手をかざし、魔力を流し、傷ついた植物を癒やす。


「……っ、はぁ……」


三度目で失敗。

枯れかけた草はぴくりとも動かない。


「もう一度です」


カオルは額に汗を浮かべ、それでも諦めず手を伸ばす。


四度目。失敗。

五度目。失敗。


ついに膝をついた。


「……私、向いていないのかもしれません」


小さな声だった。

俺は隣にしゃがみ込み、草を一本抜いて見せた。


「見ろ」

「……?」


「この草、昨日も踏まれてた」

「はい」


「でも今日また生えてる。しぶといだろ」

「……草、ですから」


「じゃあお前も草だ」

「えっ」


「しぶとく何度でも立て。似合ってるぞ」


一瞬きょとんとして。

それからカオルは吹き出した。


「……レン、時々ひどいです」

「励ましたんだけど?」


「ふふ……でも、元気は出ました」


その笑顔を見た瞬間、周囲の花でも咲いたかと思った。

くそ、眩しい。


****


修行の帰り道。

カオルはふらふらしていた。


「おい、大丈夫か」

「……少し、疲れただけです」


「少しって顔色じゃねえよ」


次の瞬間。

ぐらり、と身体が傾く。


「っ、危ねえ!」


反射的に抱き止めた。

細い。軽い。柔らかい。


腕の中に収まったカオルが、ゆっくり顔を上げる。

距離、近すぎる。


「……レン」

「……なんだ」


「いい匂いがします」

「今その感想!?」


「安心する匂いです」


俺の心臓が死んだ。


「歩けるか」

「……少しだけ、このままでも?」


「……っ」


上目遣いで言うな。

断れる男、この世にいねえだろ。


「……ちょっとだけな」

「はい」


胸元に額を預け、カオルが小さく笑う。

その体温が服越しに伝わってきて、妙に落ち着かない。


****


夕方。

宿屋の前で別れ際、カオルが俺の袖を引いた。


「レン」

「ん?」


「明日も……一緒にいてくれますか?」


夕焼けに照らされた瞳が、まっすぐ俺を見る。

そんな顔で聞くな。


「……嫌だって言っても来るだろ」

「はい」


「即答かよ」

「でも、嫌じゃないでしょう?」


「……」


ずるい。


「……嫌じゃねえよ」


そう答えると、カオルは花が咲くみたいに笑った。


「よかった」


そして少し背伸びして、俺の耳元で囁く。


「レンといると、胸があたたかいんです」


そのまま宿へ駆け込んでいく背中を、俺はしばらく見送るしかなかった。


……なんなんだ、あいつ。


無自覚で人を殺しにくるタイプか。

胸の奥がずっと熱い。


たぶん俺は、もう手遅れだった。


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