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【完結】エメヴィベール伯爵夫人の魔法庭園  作者: 礼三


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外伝 ある女のその後…。 【外伝 完結】

 彼女はシルヴィアの死に顔を眺めていた。

 その安らかな横顔は実年齢よりも老けて見えたが、相変わらず美しかった。


『まさか…。貴女がこんなにも早く逝ってしまうなんて、思ってもみなかったわ…』

 


 彼女はシルヴィアが創設した音楽院で講師をしている。

 両親ともにオペラ好きが高じて、音楽への造詣が深く、彼女は幼い頃からピアノを習っていた。

 彼女はとある修道院で子供たちの世話をしていた人物だった。

 孤児院の院長が退職して人員不足もあり、シルヴィアが音楽院の教師を探していることを聞き及んで、シルヴィアの縁戚であるメテオール子爵夫人が厚意で彼女を紹介した。

 メテオール子爵夫人はシルヴィアの伯母であり、義息ルーネの実母である。

 ラースがクレプスキュール侯爵家へルーネを推薦したために、エメヴィベール伯爵家と養子縁組が決まった。メテオール子爵夫人は伯爵家へ恩義を感じており、姪のシルヴィアの力になりたいと常々思っていた。

 その人物がかつて王立アプリシア学院でラースと愛を育んでいた女生徒などと誰が知り得ただろう…。

 当時、レーヴドール王家やエメヴィベール侯爵家、アプリシア学院側は徹底的に箝口令を敷いた。メテオール子爵夫人が知らなくて当然である。

 彼女はシルヴィアと対峙したとき、再び、修道院へ戻ることになるだろうと覚悟していた。


「採用です…」


「えっ?」


 彼女は耳を疑い狼狽えた。シルヴィアは彼女を見据えて再び告げた。


「採用とお伝えしたのですよ」


「何故?貴女…。馬鹿なの?貴女を刺した女よ?」


 彼女の口から突いて出た言葉はシルヴィアを愚弄するものだったが、シルヴィアは素知らぬ顔で答えた。


「昔のことです…。貴女は熱に冒されていただけですわ…」


「私は…。後悔してないの…。ラース様と愛し合ったことを…」


「そう…。なら、それでも構いません…。ただ、子供たちに対しては誠実に教育を施してほしいの…」


「…。もちろんですわ」


「明日から、音楽院に隣接している職員寮へ住み込みで宜しくお願いいたします」


 或いはこれも断ち切れぬ縁であろうか、そうであれば皮肉なものである。

 それから、彼女は…。シルヴィアの依頼通り、生徒と真摯に向き合い指導した。

 エメヴィベール音楽院は修道院と違い、何の制約もなく自由に行動することができた。彼女は教材を仕入れるために王都へも出向いたことがある。そのとき王都のエメヴィベール邸の近くまで行き、一度だけラースを遠くから眺めた。

 燻る想いは未だに胸へ残っていたが、修道院で苦労してきた彼女の盛りはとうに過ぎている。若い愛人(フルール)を連れて闊歩するラースの前へこの容姿で出ていく自信がなかった。

 愛した男の記憶には、若く綺麗なままの自分がいればそれでいいと考えていた。


「以前、貴女が望んでいた妻の座ですけど…。所詮はこのようなものよ?」


 最後にシルヴィアと会話したときの言葉だった。シルヴィアは自嘲気味に顔を歪めた。

 いつも穏やかなシルヴィアのその表情を見たのは彼女にとって最初で最後だ。

 

「……」

 

 彼女は何も言えなかった。

 孤児院の支援をシルヴィアは最期まで続けたが、フルールが夫の愛人に収まってから、シルヴィアは直接子供たちと関わりを持つことはなくなった。

 学院の運営もそのうち彼女へ委ねられたのだった。

 


『私たち…。二人とも愚かだったわね。得ることもできない愛に囚われて…。死が貴女を自由にしてくれればいいのに…』


 嫌味ではなく、彼女は心からそう祈った。彼女はそっと白薔薇を手向ける。

 朝からエメヴィベール伯爵家の使用人たちが全ての棘を削ぎ落とした。夫人の亡骸を傷つけないためである。

 シルヴィアは使用人からも領地の民からも愛されていた。


「母さん、泣いているの?」


 不意に喪服を引っ張られ、下を向くと目から水滴がこぼれた。漆黒のドレスへ涙の染みが広がる。

 まだ年端もいかぬ少年が母親の憂いている姿を見て、泣きそうな顔になった。

 まだ、死の意味を知らない無垢な子供…。

 彼女の遅くにできた一人息子だ。

 彼女が妊娠をしたとき、シルヴィアは彼女の身を案じて、高名な産婆を手配してくれた。


「私の…。大切な…。そうね…。ある意味では同志のような方だったのよ」


 彼女は子供の頭を優しく撫でる。


「どうかしたのか?」


「ごめんなさい…。シルヴィア様と離れがたくて…」


「そうだな…。まだお若いのに…。ここにいる皆…。伯爵夫人とお別れしたくはないさ。だが、そろそろ…。次の方へ譲ろうか?」


 彼女の後ろにも夫人を悼む葬列は延々と続いている。彼女を腕へ抱き寄せる夫を見上げて、彼女は静かに頷く。


「シルヴィア様のおかげで、私は良い家庭に恵まれました。私に再び機会を与えてくださったこと心より感謝いたします…。さようなら…」


 帰りの道すがら…。

 空は天高く澄み渡り、遠くで鳥が飛んでいた。

 もしかしたら、鳥へと姿を変えたシルヴィアの魂かもしれないと彼女は想像した。



【外伝 完結】

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