第12話:勇者パーティの没落と、割れた魔道具(三人称視点)
「硬ってぇ! なんだこいつ、岩かよ!」
「岩ですわよガイル! ガーゴイルなんですもの! 文句言ってないで前衛の役割を果たしなさい!」
「無茶言うなよマリア! 剣が入らねぇんだよ! 何回叩いても弾かれるんだって!」
薄暗い通路で、戦士ガイルが刃こぼれだらけの大剣を振り回し、聖女マリアが汚れた法衣の裾を気にしながら叫んでいる。
彼らの目の前には、石像の魔物――ガーゴイルが立ちはだかっていた。本来なら「勇者パーティ」である彼らにとって雑魚敵のはずだが、戦闘は泥沼化していた。
「リナ! 何をしている、魔法だ! 援護射撃しろ!」
「やってるよアレックス! でもタイミングが分かんないの!」
「タイミングなど適当でいい! とにかく撃て!」
「適当に撃ったらガイルに当たるじゃん! いつもレンが『今だ、右へ着弾』とか指示くれてたから……!」
「ええい、言い訳をするな! さっさと撃て!」
「もうっ、知らないからね! ファイアボール!」
ドォォォン!
放たれた火球はガーゴイルの翼をかすめ、壁に激突して虚しく爆発した。爆風と煤がパーティを襲う。
「ゲホッ、ゴホッ! リナ! 貴女、私を殺す気ですの!?」
「ごめんってば! でも魔力ももうカツカツなの! ポーション出してよ!」
「ポーションなら道具袋にあるだろう!」
「袋の中がぐちゃぐちゃでどれか分かんないのよ! 赤いやつだっけ? 青いやつだっけ!?」
「ラベルを見ろラベルを!」
「剥がれてて読めないの! レンがいつも張り替えて整理してたから!」
煤だらけになった勇者アレックスが、苛立ち紛れに髪をかき上げた。かつてサラサラだった黄金の髪は、今や脂と汗でベタついている。
「くそっ、どいつもこいつも役立たずばかりか! たかが石人形一体にどれだけ手こずっているんだ!」
「アレックス、お前こそボーッとしてねぇで弱点探せよ! あの片眼鏡、高かったんだろ!?」
ガイルがガーゴイルの腕を受け止めながら叫ぶ。
アレックスは鼻を鳴らし、左目に装着した魔道具『賢者のモノクル』に手を添えた。
「言われなくても分かっている! 見ろ、この輝きを。王都で金貨5枚もした代物だぞ。これさえあれば、敵の情報など丸裸だ」
「いいから早く読んでくださいまし! ガイルが押し負けてますわよ!」
アレックスはモノクル越しに、ガーゴイルの胸に刻まれた古代ルーン文字を凝視した。
視界の端に、翻訳された文字が浮かび上がる。
「ふっ、出たぞ。翻訳完了だ」
「で、弱点はどこなの!? 背中? それとも頭?」
「待て、今読み上げる。『我は……遺跡を……守護する……石の……兵士なり……以上』」
「……は?」
ガイルが間の抜けた声を出した直後、ガーゴイルの拳が土手っ腹に入った。
「ぐはぁっ!?」
「ガイル!」
「お、おいアレックス! それだけか!? 弱点は!?」
「書いてないものは読めん!」
「使えねぇぇぇ! レンならいつも魔物の弱点を教えてくれたぞ!」
「黙れ! あんな陰気な翻訳係と、この高価なマジックアイテムを比べるな!」
「あいつはギルドの資料室で、よく魔物の図鑑を読み込んでたんだよ! お前、それ知らなかったのかよ!」
ガイルの叫びに、アレックスは言葉を詰まらせた。
レンがただ翻訳していただけではなく、膨大な知識を頭に入れていたことなど、彼は知ろうともしなかったのだ。
動揺したその一瞬の隙だった。
ガイルを吹き飛ばしたガーゴイルが、その勢いのまま回転し、裏拳を繰り出した。
「しまっ――」
バキィッ!!
嫌な破砕音が遺跡に響き渡った。
アレックスの顔面――正確には、左目のモノクルに、石の拳が直撃したのだ。
「ぎゃぁぁぁぁぁッ!!」
アレックスが吹き飛び、地面を転がる。
その視界に、キラキラと光る破片が散らばった。
「あ……あぁ……」
アレックスは、痛む顔を押さえることも忘れ、震える手で破片をかき集めようとした。
レンズは粉々。精巧な金細工のフレームは無残にひしゃげている。
「俺の……金貨5枚が……!」
「金のこと言ってる場合か! 来るぞ!」
追撃してくるガーゴイル。
絶体絶命の瞬間、マリアがヒステリックに叫んだ。
「もう嫌ぁぁぁ! 浄化してやるわ! ホーリー・レイッ!!」
マリアがヤケクソで放った極太の閃光が、ガーゴイルを飲み込んだ。
魔物は断末魔もなく砂となって崩れ落ちた。
戦闘終了。
だが、勝利の余韻など微塵もなかった。
荒い息をつく4人。その装備はボロボロで、顔は煤と泥で汚れきっていた。
「……最悪だ」
アレックスが立ち上がり、モノクルの残骸を地面に叩きつけた。
「なんでだ……。なんでこんなことになる。俺たちは選ばれし勇者パーティだぞ? なんでこんな雑魚に苦戦して、俺の大事な装備が壊れなきゃならないんだ」
「俺の剣もだ。見てくれよこれ、ノコギリみたいになっちまった。……レンが毎晩研いでくれてた時は、こんなことなかったのに」
「私のローブもシミだらけ……。洗濯係がいなくなってから、一度も洗ってませんわ」
「レンがいなくなってから、何もかも上手くいかない……」
沈黙が落ちた。
全員が、認めたくない事実に気づきかけていた。
地味で、戦闘の役には立たないと見下していたレンこそが、このパーティの知識と生活を支える生命線だったのではないか、と。
だが、アレックスはその空気を打ち消すように叫んだ。
「違う! そうじゃない!」
彼は血走った目で仲間たちを睨み回した。
「あいつのせいだ。レンのせいなんだよ!」
「は? 何言ってんだアレックス。あいつはもういねぇだろ」
「いないからこそだ! あいつ、追放される時に俺たちに『呪い』をかけていったに違いない!」
「の、呪いですって?」
「そうだ! でなければ説明がつかん! 装備が勝手に壊れるのも、知識が思い出せないのも、俺のモノクルが割れたのも! 全部あいつの不吉な貧乏神の呪いだ! あいつが俺たちの『運』を吸い取って逃げたんだ!」
あまりにも理不尽な責任転嫁。
だが、プライドの高い彼らにとって、それは甘美な救いだった。「自分たちが無能なわけではない、悪いのは全てレンだ」と思えるからだ。
「……そうですわね。確かに、あいつは目が陰湿でしたわ。呪いの一つくらい残していきそうですもの」
「そうだよ! 私のポーチがぐちゃぐちゃなのも、きっと呪いのせいだわ!」
「許せねぇ……! 俺の大剣をボロボロにしやがって! 恩を仇で返しやがったな!」
4人は口々にレンを罵り、架空の「呪い」に対する怒りで結束を取り戻した。
アレックスは、通路の奥にある巨大な石の扉を睨みつけた。
「見ていろ、レン。この遺跡の財宝を手に入れて、新しい装備を買えば、呪いなんて吹き飛ばせる。……おい、あの扉を開けるぞ」
「でもアレックス、古代文字が書いてあるぜ? 読めるのか?」
「モノクルは壊れたが、どうせ大したことは書いてない。『勇者よ、力を示せ』とかそんな類だ」
アレックスは扉の中央にある、赤く点滅する宝石のようなスイッチに手をかけた。
もしレンがいれば、『警告:緊急排熱口。開放厳禁』と看破していただろう。
「この目立つスイッチが『開け』の合図に決まっている。行くぞ!」
カチッ。
「ほら見ろ、開い――」
ゴォォォォォォォッ!!
「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁッ!!??」」」
扉の隙間から噴き出したのは、財宝の輝きではなく、灼熱の業火だった。
アフロヘアーのように髪が逆立ち、顔面が真っ黒に焦げた4人が、煙を上げて倒れ伏す。
「げほっ、ごほっ……! な、なんだこれは……!?」
「熱い! 熱いですわ! お肌が乾燥してしまいます!」
「これも……これもレンの罠かぁぁぁッ!!」
遺跡の闇に、勇者の逆恨みの絶叫が虚しく木霊した。




