『ボマーティスト -爆弾芸術家-』
※この話はフィクションです。この話に登場する人物、企業、団体、建造物、事件は全て架空のものであり、実在する人物や企業、団体、建造物及び事件を指すものではありません。ご了承ください。
『ボマーティスト -爆弾芸術家-』
一
「確かに、『芸術は爆発だ!』とは言いますが……。あなたは、その意味を履き違えているようですね」
『言葉遊びに興じるつもりはない、怪異探偵』
大学三年生で、常識では説明できない超常的な現象や存在を総称する怪異をも調査対象とする、怪異探偵の雛菊香は挑発すると、変声する機器で不自然に高くなった声で電話の相手は応えた。
『無駄話をするつもりはない、怪異探偵。今はお前の体に取りつけられた爆弾についての話をしよう』
『爆弾』。香のスマホを握る手の力が強くなる。
昨日のことを思い出していた。大学の授業が終わり、同級生の財前優斗と別れた後、家に向かって帰る途中までは覚えている。最寄り駅を出て夜道を歩いていたら、後ろから殴られて気を失って……。
次に目が覚めたら、朝になっていた。道端で寝転がったまま、夜を明かしていた。
立ち上がって周りを確認した結果、直接の危害は気絶させられたことだけだった。それだけなら良かったのだが、実はそれだけではなかった。
「では、これはやはり爆弾なんですね……」
香は視線を自分の腹部の膨らみに落として言った。
そこには爆弾があった。まるで腹巻きのように、腹、脇腹、背中にかけてぐるっと胴体を一周して、細長い円筒状の物体が十本ほど垂直に括りつけられている。
『ご名答だよ、怪異探偵。お前に取りつけられているのは純度の高いダイナマイトだ。私の手元にあるスイッチを押せば、即座に爆発する代物となっている。もし爆発すれば、お前のみならず、周囲の人間たちをも葬り去ることができる火力にしてある』
「そんな危険なもの、速く取り外してください」
『無理に決まっているだろう』
正体不明の爆弾犯はせせら笑った。
『目的があって取りつけたんだ。おいそれと取り外すわけがない』
「そうですか。ではこれが、本物の爆弾であるという証拠はあるのですか?」
『私にそんな口を利いていいのか?』
「……分かりました。とりあえずは信じることにします」
犯人は挑発に乗るタイプだが、自分のイニシアチブを理解しているようだ。今のところは、爆弾の真贋を確かめることはできない。確かめようがない。香はそう判断した。
『その爆弾が本物であるかは、直に分かる。今は私との会話に集中するんだな、怪異探偵』
「あなたは?」
『は?』
「あなたは、なんと呼べばいいんですか?」
『……そういうことか』
電話口の向こうで、犯人が何度か頷く素振りをしたのが伺える。
『そうだな……、私は爆弾芸術家、ボマーティストとでも言ったところか。それが私の名だ』
「ボマーティスト……。ボマーとアーティストを組み合わせた造語ですか」
『その通り。探偵は物分かりが良いな』
電話の相手、ボマーティストはハハハと笑った。
「笑いごとではありません。速く要求を教えてください」
『ゲームだ』
「はい?」
食い気味に返ってきた一言に、香は思わず聞き返す。
『私の目的は、三つのゲームのクリアだ、怪異探偵。今から順に課す三つのゲームをお前がクリアできれば、その爆弾を取り外そう。そして、お前や周りの人間に危害を加えない』
「ゲーム、ですか……」
『そうだ。お前に拒否権はない。分かるな?』
「ええ」
『よろしい』
聞き分けの良いペットを相手するかのように、ボマーティストは続ける。
『電話は繋げたままにしろ。通話が切れた瞬間に爆発させるからな。気をつけろ』
「ええ、分かりました」
香は頷き、それとなく周囲を見渡す。
平日の朝八時は通勤通学の時間帯だ。スーツ姿の会社員やブレザーに身を包む学生、私服姿の大学生然とした若者など、香がいる往来にも人通りがそこそこ生じ始めていた。
つまり、監視の目を暴くことは不可能だった。行き交う人の、誰がボマーティストか分からなかった。疑心暗鬼とは恐ろしいもので、香の目には誰もがボマーティストに見えてしまっている。
間違いなく、ボマーティストは監視している。爆弾を遠隔から起爆できるくらいの距離、すなわち香の近くで目を光らせている。
香はそのことに気づいていたが、いくら探してもボマーティストの姿を視認することはできなかった。
『それでは、一つ目のゲームを始めよう』
そんな香の心情などお構いなしに、ボマーティストの声は冷酷に響いた。
『まずは駅に向かえ。北口で八時三十二分始発のバスに乗れ』
「分かりました」
香は短く応え、道を歩き始めた。道中、横目で周囲を確認することを怠らない。
「なにが狙いなんですか?」
『答える義理はない。急げ』
香は歩くペースを上げるしかなかった。
その後、ボマーティストは無言を貫いた。香がいくら呼びかけても、返事すらしなかった。
余計な情報を明かさないためか。ボマーティストは意外と計算高い性格の持ち主だと、香は推測する。
香は駅舎に入り、駅の北口を出、バス停の前までやってきた。
バス停の前には列ができていた。当然というべきか、地域の学校や会社に急ぐ学生や会社員が多い。
「ずいぶん人がいますが……」
『大部分が二十分の便に乗るはずだ。並んで待っていろ』
バスの時刻について詳しい。ボマーティストの正体のヒントを、香はまた一つ得た。
「分かりました」
とはいえ、香は言う通りにする。バス停の列の最後尾に加わった。
「どうして、このバスに?」
ボマーティストはまたもや無言になった。電話を繋げたままで、意図的に話さないようにしている。
周りの目も心なしか鋭くなったような気がするので、香も言葉を発さずに待つしかなかった。
数分待っていると、八時二十分のバスが来た。香の前の人たちが乗り込んでいく。
「どうぞ」
香も乗り込めそうだったので、後ろの人に順番を譲った。
『……あと十二分待て。見ているからな』
「やはり、私の近くにいるんですね?」
『さあ、どうだろうな?』
否定はしない、と。これは図星か。
香は、今度は分かりやすく辺りをきょろきょろ見渡してみる。
『……』
ボマーティストは黙った。
リアクションをしなかったのではない。無言というリアクションをしたのだ。香は図星と判断した。
十数分間黙って待っていると、やっと三十二分のバスが来た。先頭の香は一番乗りに車内に入る。
「どちらまで行けばいいですか?」
『終点』
「終点までお願いします」 香は愛用のトートバッグからパスケースを取り出し、精算機で運賃を支払った。
「座った方がいいですか?」
『知らないが、立っていた方が身のためだろうな』
なんだかんだで教えてくれるな。香は奥まで行き、手すりに掴まって立ち止まった。
次々に乗り込んでくる乗客たちは、明らかに座れるのに座らない香の姿を見て、困惑しながら後ろから席を埋めていく。
やがて、バスは乗客でいっぱいになった。満員電車のように、立っていられるスペースに人がぎゅうぎゅうに押し込められた状態でバスが発進する。
『出たな。それでは、一つ目のゲームの始まりだ』
「すいませんっ……」
おしくらまんじゅうになっても通話を続ける香に剣吞な視線が向けられるが、通話を切るわけにはいかなかった。切れば、ここにいる全員がただでは済まない。
「速く教えてください。なるべく簡潔に」
『ははは、良い気味だな』
ボマーティストは笑いながら次の指示を出した。
『そのバスには爆弾がしかけられている。というより、その便に乗っている誰かが爆弾を持っている。一つ目のゲームは、その爆弾を見つけ出すゲームだ』
「なるほど」
信じられないカミングアウトがされたが、香は囁き声で頷いた。
『判断材料は、私への質疑応答のみだ。最後に爆弾を見つけ出すとき以外で他の者に尋ねたり、協力を得ようとした時点で、お前の爆弾も乗客の爆弾も起爆する。探偵の純粋な推理力と話術で爆弾を見つけ出せ』
乗客。ボマーティストは乗客と言った。少なくともバスの運転手が爆弾を持っているわけではなさそうだ。
「制限時間は?」
『今から三十分後までだ。九時二分。このバスが終点に到着した途端に、乗客の爆弾は爆発する』
「分かりました」
香は考える。
今の発言はおかしい。バスの進行は交通状態によって左右する。だから、ちょうど三十分後にバスが終点に到着するとは限らないはずだ。
にもかかわらず、ボマーティストは制限時間を三十分後とし、『バスが終点に到着した途端』と表現した。
単なる言葉の綾か?それとも、バスが三十分後に到着することは不変の事実だと思っているのか?全く渋滞せず、予定通りバスが終点に到着することを疑っていないのか?
ボマーティストはおそらく、常日頃からこのバスを利用しているのではないだろうか。普段から三十二分発のバスが三十分後に着くことを知っているから、言葉の綾レベルの無意識で失言をした、という穿った考え方もできる。
『では、ゲームスタートだ』
「早速行きます。爆弾を持っているのは男性ですか?女性ですか?」
『分からない』
「分からない?」
『私が爆弾を仕込んだわけではないからな。協力者に爆弾を預け、協力者が乗客に爆弾を持たせた』
「それは嘘ですね」
『ほう?』
白を切られては元も子もない。香は攻めることに決めていた。
「あなたはこのバス、八時三十二分の便や八時二十分の便の乗客の混み具合や、バスが三十分後の九時二分に終点に到着することを知っていた」
『……』
「とすると、爆弾をしかけたのもバスに精通しているあなたが直接行ったと想定する方が自然です。よって、あなたの『分からない』という回答は偽りです」
『……流石の推理力だな。恐れ入るよ』
ボマーティストは皮肉混じりに、しかし半分くらい本当に感心したように返事をした。
『その通りだ。私の「分からない」という答えは嘘だ。爆弾は私が直接持たせた。持たせた人物の性別は、男性だ』
「……こうして、あなたの嘘を看破しろということですか」
『そういうことだ。判断材料は質疑応答と言ったが、嘘をつかないとは言っていないからな』
「性格の悪い……、あ、すいません」
横の人にもたれかかりそうになり、香は謝りつつ毒を吐いた。
周りを探すのは、爆弾を持っている人が特定できてからだ。人が多すぎて、とても探し回れない。
「二つ目の質問です。爆弾を持っているのは学生ですか?会社員ですか?」
『学生だ』
「なるほ……」
『いや、会社員だったかな?』
「……どちらですか?」
『さあ、どちらだろうか?お得意の推理でどちらか当ててみろ』
「無茶言いますね」
香は呆れて応えた。
探偵だからと言って、なんでもできるというわけではないのに。買い被りすぎだ。
それとも、ボマーティストがバスに詳しいことを知っていると香が明かしたせいで、発言に慎重になっているのだろうか。
攻めたのは間違いだったのか?いや、攻めなければ『爆弾を持っているのは男性である』という情報は得られなかった。やったことに間違いはないはず。香は断定し、次にすべきことを考える。
「では、合理的に推理してみます。爆弾はそれなりのサイズをしているはず。それとあなたの『持たせた』という言い回しからして、爆弾はプレゼントのような、袋か箱に入った状態に偽装されている」
『爆弾』という単語が周りに聞こえないよう、最小限まで声量を落として香は言った。
『良い調子じゃないか?爆弾は箱に入っている』
「嘘ですね。袋だ」
『……どうして分かった』
「ブラフです。本当に袋なんですね」
『……』
見事に香にやり込められ、数秒の間、ボマーティストは分かりやすく黙った。
本当に引っかかった人のリアクションだ。爆弾は袋に入っていることに間違いない。香は考え続ける。
『……やるじゃないか、怪異探偵。私が冷静じゃなかったら、今すぐ起爆スイッチを押していたところだった』
「冷静でいて頂き、ありがとうございます」
『……ああそうだ、爆弾は袋に入っている。だが、持っているのは学生か会社員かはまだ分からないだろう』
「いえ、分かります」
『……』
今度は警戒の意味を込めて、ボマーティストは黙った。
黙ったということは、今までの発言の中で明かしていないと見るべきだ。明かしていたか、明かしていたか明かしていないか自信がないときは、適当なことを言ってごまかすはずだ。ボマーティストの性格からして、きっとそうだ。
したがって、ボマーティストの今までの発言から、爆弾を持っている男性像を推定することはできない。
探し始めた方がいいだろうか。袋を持っている男性を、後ろから順に確認していった方がいいだろうか。
「それでは、質問を変えます。爆弾を持っている人は、駅のバス停から乗っている人の中にいますか?それとも、後から乗ってきますか?」
『鋭いな』
ボマーティストが呟いた途端、バスは一つ目の停留所に停車した。乗客をいくらか吐き出し、それより多い数の乗客を無理やり吸い込んだ。
『そうだな……。最初から乗っているかもしれないし、終点の一つ前のバス停で乗ってくるかもしれない』
「どちらも違いますね。声色が変わっていません」
『驚いた。機械越しだが、分かるものなのか』
「分かりません。ですが、今のリアクションで分かりました」
『……』
ボマーティストはまたしても不機嫌そうに黙った。これでは、どちらが犯人か分からない。
「爆弾を持った人は最初からバスに乗っておらず、途中から乗ってくる。そしてそれは、終点の一つ前ではない、ということは分かりました」
『いやはや、こちらの頭がおかしくなりそうだ。お前の実力に惚れ惚れするよ』
「ありがとうございます」
『……褒めてはいない』
ボマーティストは吐き捨てるように言った。
香はその場から動かずに、乗ってきた客たちをできるだけ観察する。
最初から乗っている客を除外できるなら、この混雑の中でも探すことができそうだ。
「見つける目途はある程度立ちましたが、まだ候補が多すぎます。次の質問をしてもいいですか?」
『ああ、速くしろ』
「爆弾を持っている人は、立っていますか?座っていますか?」
『それは、分からない。お前の推理によるとまだバスに乗り込んでいないのだから、立っているか座っているかは分からないだろう?』
「そうですか。分からないんですね?」
『……』
ボマーティストはまた黙る。
なにか言ってはいけないことを言ったか?そう逡巡しているのが、香にはよく理解できた。
「バス停にただ待っているだけなら、持っている人は立っているはずです。それならば、あなたも確信を持って『立っている』と答えたでしょう。しかし、あなたは『分からない』と答えた。ということは、あなたは爆弾を持っている人が、立って待っているか座って待っているか分からないんです」
『……』
「と考えると、あなたが爆弾をしかけたプロセスも含め、色々と浮き彫りになってきます」
『プロセス?』
「そうです」
香は人差し指をぴんと立てる、ことは狭くてできなかった。
「あなたは直接爆弾をしかけた。そしてそれはベンチや待合室など、座るスペースのあるバス停でおこなった。前の便に乗る人で並んでいたのでしょう。あなたは座るスペースをはみ出して並んでいる列の最後尾に並び、立って待っている人の荷物に、後ろから爆弾を忍ばせた。そして立ち去り、私の近くまでやってきてから電話をかけた。こう考えられます」
『……』
「ですから、今現在、爆弾を持っている人が立って待っているか座って待っているか、あなたには分からないんです。だから『分からない』と答えた。すぐ答えられた」
『……』
「それと、この推理が正しければ、あなた一人の犯行であることも分かります。複数犯なら、こんなめんどくさいことをしなくてもいいですから」
『……参った。完敗だよ』
たっぷりの沈黙の後、ボマーティストは言った。
『噂は聞いていたが、やはり相当の実力の持ち主のようだ。この調子では、一つ目のゲームがクリアされるのも時間の問題だな。質疑応答もこれで打ち切ろう』
「ちょっと待ってください、話が違います」
『言ったことを律儀に守る爆弾犯などいない。質問はもう受け付けない。なにも答えない』
「それなら、ゲームとは言えなくないですか?ワンサイドゲーム、あるいは八百長です。あなたに有利すぎます」
『……』
挑発してみたが、ボマーティストが返事をすることはなかった。完全に拗ねている。どうやら物理的に受話器から距離を置いているらしい。
やりづらい相手だ。ブラフやひっかけには簡単に引っかかるが、子どもっぽくコミュニケーションを断絶することも厭わない。これでは、先の行動など読めたものではない。
「袋を忍ばせられる相手として現実的なのは、会社員というよりは学生でしょうか。それも手提げ鞄やトートバッグのような、口の広い鞄を持っている相手です。手提げ鞄なら小中学生、トートバッグなら大学生くらい」
香は独り言を唱え、乗ってきた客たちを眺める。
座るスペースのあるバス停から乗ってきた男性で、口の広い鞄を持っている小中学生や大学生。候補はここまで絞り込めた。
いや、ボマーティストが全てでたらめを言っていて、本当は女性かもしれない。だが、香はそうは考えなかった。
犯人は対話を拒否し始めたが、これは曲がりなりにもゲームであると言った。であれば、今までの会話もゲームの一要素として、建設的なものであったと考えるしかない。そう考えなければ、ゲームの意味がない。ここまでめんどくさいことをする合理的な理由にもならない。
香はそう信じて、なるべくその場で人を探し続けた。今席に座っている駅からの乗客は無視し、座るスペースのないバス停から乗った乗客も無視し、口の広い鞄を持った男子学生をひたすら探し続けた。
「いた!」
十数分後、香は一人の男子小学生を見つけた。
大きな口の広い手提げ鞄を、床に着きそうなほど低い位置に持っている。低学年と思しき彼は常にきょろきょろしていて、見るからに注意散漫そうだ。爆弾も忍ばせやすいだろう。
「子どもを狙うなんて……」
香は呟きながら、小学生であろう彼の近くに向かう。
「すいません、ちょっとすいません……」
だいぶ無理のある移動だったが、幸い周りの人は寛容だった。少し睨まれ、舌打ちされる程度で済んだ。
香はなんとか、彼の隣までやってくることができた。
「きみ、ちょっといいですか?」
「……」
香が囁くように尋ねると、小学生は『ぼく?』とでも言いたげに無言で自分を指差した。香は頷いて応える。
「あの、なにか……?」
「あなたの手提げ鞄の中に、きみのものではない袋はありませんか?私が落としてしまったものです。多分、あなたの鞄の中に入ってしまいました」
初対面の彼の持ち物の上に物を落とすことなどあるはずないが、信用してもらうために香は嘘をでっち上げた。声色に緊急性を持たせ、なるべく急いでますというアピールも忘れない。
「……」
小学生の男の子は疑いの眼差しを向けてきたが、一応確かめてくれた。窮屈そうに腕を曲げて鞄を持ち上げ、空いた手でごそごそしながら中身を覗いている。
「……もしかして、これ?」
「あ、それです」
すぐに、男の子は小さな茶色い紙袋を取り出した。香はもちろん初めて見るものだが、まるでそれを落としたかのように頷いて、紙袋を受け取る。
「……中身も間違いありません」
香は丸めて折り畳まれた口を開き、自分だけに見えるように中身を見た。無機質な直方体の黒い物体が二つ、袋の底に鎮座していた。
間違いない。爆弾だ。
「ありがとうございます」
香はなんでもないかのように装い、男の子の下を離れた。
「……聞いていますか?爆弾らしきものを発見しました。茶色い紙袋の中に、黒い四角いものが二つあります」
『……少しクールダウンしていた。おめでとう、怪異探偵。これで一つ目のゲームはクリアだ。次のバス停で降りろ。最寄りの駅に向かえ』
爆弾の特徴を簡単に伝えると、ボマーティストは新たな指示を出してきた。
「それは、信じてもいいですか?爆弾は複数あったりしませんか?」
『ああ、事実だ。一つ目のゲームで用意した爆弾はそれしかない』
『一つ目のゲームで用意した』という言い方が引っかかるが、香は信じるしかなかった。ボマーティストが本当に単独犯なら、時間的に爆弾をしかける機会は一回しかないことになるので、一応信憑性はある。
「分かりました。次の停留所で降ります。それから、駅に向かいます」
香は溜め息を吐きながら、『次止まります』のボタンを連打した。
二
『急げ。爆弾は時限式だ。それはどのみち九時二分に爆発する』
「それを早く言ってくださいよ!」
バスを降りた香は、ボマーティストの一言で怒鳴った。
あと十分しかない。スマホの端っこで時刻を確認した香は、駆け足で近くの駅へと向かった。バスに乗った駅の隣の駅だ。二つの駅は在来線で繋がっている。
「はあ、はあ、はあ……。着きました。北口に入りました……」
『体力は資本だぞ。もっと運動したらどうだ』
「それもそうですね……。こういうことがあるので、鍛えようと思います」
『余計なお世話と返さないか。できたやつだ』
「誰からされたものであれ、指摘は受け入れるようにしています」
『殊勝な心がけだ』
ボマーティストは笑いながら言った。
『二つ目のゲームに入る前に、一つ目の芸術作品をしかるべき場所に配置しようではないか』
「芸術作品……。爆弾のことですか?」
『いかにも』
ボマーティストは誇らしげだ。
香は辟易とした様子を隠さずに、しかし冷静に聞いた。
「どこに置けばいいんですか?」
『一番線のホームに行け。ホームの端まで歩け』
「はい」
『怪しい行動はするなよ。見ているからな』
「分かっています」
とは言いつつ、そこらに視線を巡らせる香。
ラッシュの時間帯を過ぎたとはいえ、駅の改札口はまだ混んでいた。ボマーティストらしき人影を見つけることは不可能だった。
香は早々に諦め、ボマーティストの言う通りにする。一番ホームに繋がる階段まで歩き、階段を下って一番線のホームに下りた。それからしばらく歩き、ホームの端に到着する。
「着きました」
息を整えながら報告する。
『よろしい。では、紙袋を線路に投げ込め』
「そんなこと、できません。電車に影響が及ぶ。多くの人の迷惑に……」
『いいからやれ。死にたいのか?』
「……分かりました」
香は意を決して大きく振りかぶり、くるっと振り返って助走する。
そして、えいやと紙袋を投げ込んだ。
紙袋は弧を描いて暗い線路上を舞い、二番線の線路と三番線の線路の間のスペースに落ちた。かなりぞんざいに扱ったが、爆弾が爆発することはなかった。
『お前……』
「あなたは、線路に投げ込めとだけ言いました。どこの線路に投げるかは、私の勝手です」
『屁理屈が達者だな』
「それとも、一番線の線路の上に投げてほしかったのですか?電車を止めたい理由がおありで?」
『……お前が知らなくてもいいことだ』
と言うということは、一番線の電車を止めたい理由があるということだ。香はまたも、ボマーティストの正体に近づく情報を手に入れたことを確信する。
『それより、速くその場から離れろ。お前が捕まったら、全ての爆弾を起爆するからな』
「分かっています」
あと数分で紙袋の中の爆弾が爆発する。間もなく事故現場となるここに留まっていると警察が来るし、万が一拘束されでもしたらゲームは続けられない。そうなれば全て、爆弾によって塵になってしまう。
香としても、ぐずぐずするつもりはなかった。
「次の指示をください。どこに行けばいいですか?」
香は早口と早足でボマーティストに問うた。来た道を戻り、北口から駅を出る。
『Kin-Ji-Towerに行け。駅前のレンタル自転車で向かえ』
「Kin-Ji-Tower、ですか……」
『そうだ。お前にとって思い出深い場所だ』
「『閻魔大王連続殺人事件』を、あなたは知っているんですね」
『知らぬ者などいないだろう、この日本で!それほどセンセーショナルな事件だった。そして、お前を有名にした』
「確かに、そうかもしれませんね」
香はボマーティストと話しながら、五台ほどの自転車が停まっているスペースまでやってきた。
財布から百円玉を取り出し、自転車をロックしている精算機の硬貨投入口に入れる。一番左の一台のロックが解除された。
香はスタンドを引き、バックで道路まで自転車を移動させる。
「スマホが使えないので、案内してください」
『元よりそのつもりだ』
電話の向こうで、バラッという紙を広げる音がした。 紙の地図を用意しているとは、準備がいい。香はボマーティストの用意周到さに感心した。
「行きます」
ちょうど、自転車にはスマホスタンドが取りつけられていた。
香はスタンドに通話中のスマホを取りつけ、サドルに跨る。
『さあ、サイクリングの始まりだ』
ボマーティストは高らかに言った。
※※※
だいたい一時間後くらいだろうか。ボマーティストの案内通り自転車を運転した香は、天に聳える巨大な塔の前に到着した。
都会のど真ん中に位置するこの建物こそ、地上百階建ての超超高層ビル『Kin-Ji-Tower』だった。
ここは六年前にある男が起こした事件の舞台であり、その犯人に復讐した女子高生を暴き、一連の事件を解決に導いたのが香だった。なので、香にとって因縁のある場所であると言える。
「着きました」
香は荒くなった息を安定させながら、短く伝えた。
『一階でチケットを買え。百階の展望階行きのチケットだ』
「……分かり、ました」
四月下旬の陽気は十分に暑かった。顎に滴る汗を拭い、香は自転車から降りた。
その足でタワーの入り口に向かう。大きな自動ドアを潜り、右手にあるうカウンターを目指す。
「百階行きのチケットを、一般で一枚、お願いします」
「かしこまりました」
汗でだらだらの香を見ても、受付の女性は眉一つ動かさずに対応した。料金を支払うと、流れるような手捌きで現金を確認し、細長い青色のチケットを香に手渡す。
「お手数ですが、十一階、二十一階、三十一階と、十階ずつエレベーターを乗り直して百階にお越しくださるよう、お願い致します」
「はい」
「それでは、空の景色をお楽しみください」
営業スマイルで手を振ってくれる女性を尻目に、香は奥のエレベーターホールに向かった。
『エレベーターで百階に行け』
「はい」
三つある扉の中で、一番左の扉まで歩く。
一番右のエレベーターは利用停止中だ。かつてはVIP用の一階と百階にしか降り口のない直通のエレベーターがあったが、多くの人が閉じ込められた事件が起きてからは、使用が中止されている。
真ん中のエレベーターは上階にいるので、当分来ないだろうと判断した。
左の扉の前に着いたら、脇のパネルにある上の矢印マークのボタンを押す。上部のエレベーターの位置を示す数字のランプが、徐々に一に近づいてくる。
数分もしないうちにエレベーターはやってきた。チーンという軽快な音とともに扉が開く。中には誰もいなかった。
早速乗り込む。すぐに『閉』ボタンを押す。扉がゆっくりと閉まり、香は密閉された箱の中に閉じ込められた。
点灯している一階から十一階のボタンのうち、十一階のボタンを押す。
「百階に着いたら、なにをすればいいですか?」
『ちょうどいい。この場で第二のゲームの説明をしようか』
十一階に着いた。扉が開くと、テナント店舗の派手な装飾が目に飛び込んでくる。十一階から九十九階は商業用のテナントが入っている。
香は一度エレベーターを降り、外のパネルの上の矢印を押して、さっき乗っていたエレベーターに再度乗り込む。エレベーターパネル上では、今度は一階から十一階の他に、十二階から二十一階のボタンも点灯している。
香は二十一階のボタンを押す。扉が閉まり、エレベーターは十一階を出発して上昇を始める。
めんどくさいことこの上ないが、もう二度と閉じ込め事件が起きないよう、安全を期すためにこのような仕様になっている。要は一回の乗り降りで、十階ずつしか上がれないようになっているのだ。十一階以上の階数に行きたい場合は、十階上の階に上がって一度エレベーターを降り、外のパネルにある上の矢印ボタンを押して、再びエレベーターに乗り込む必要がある。そうすると、その階から十階分、上下の階を選択できるようになる。
香も最初にエレベーターを利用したときは理解に苦しんだが、十階ずつ昇る行程を繰り返していくうちに、自然と乗り方を覚えた。
『第二のゲームは、爆弾探しだ』
「第二のゲーム『も』の間違いですよ」
三十一階に着いた。外に出て、ボタンを押す。エレベーターに乗り込む。
『第二のゲームは、百階にしかけられた爆弾を回収する、もしくは無力化するゲームだ』
「回収、もしくは無力化……」
香は頷いて、ボマーティストの発言を記憶する。
四十一階に着いた。外に出て、ボタンを押す。エレベーターに乗り込む。
香は誰とも出会わず、すれ違わず、エレベーターに乗り合わせることもなかった。
『タイムリミットは今から今日の十九時までだ。つまり、特別ステージでUta-Himeのメジャーデビュー五周年記念ライブが開かれる瞬間までだ』
「ライブは聞き捨てなりませんが、猶予は長いですね。今は十一時すぎです」
『とはいえ、急いだ方がいい。爆弾がお前以外に見つかれば、ほぼ間違いなく起爆するだろう』
その言い方……。香はボマーティストの言い回しに違和感を覚える。
五十一階に着いた。外に出て、ボタンを押す。エレベーターに乗り込む。
『爆弾が見つからなければ、Uta-Himeのライブはより刺激的なものになるだろう。ヒントはこれだけだ』
「分かりました。その他、禁止することはありますか?」
『警察には通報するな。逆に言えば、警察に通報しなければなにをしてもいい。お前の違法捜査も厭わない捜査能力が見ものだな』
「私を試すようなことを繰り返して、あなたの狙いは一体なんなのですか?」
『……』
肝心なところで、ボマーティストはだんまりを決め込む。香も黙る。
六十一階に着いた。外に出て、ボタンを押す。エレベーターに乗り込む。
「分かりました。必要なことを聞きます。爆弾は複数ありますか?」
『……』
しかし、返答はなかった。
ボマーティストは、タイムリミットは今から十九時までだと言った。もう既に、ゲームは始まっているのだ。
香は気を引き締める。
七十一階に着いた。外に出て、ボタンを押す。エレベーターに乗り込む。
八十一階も九十一階も同じように乗り過ごし、香は百階に到着した。
「始めますね」
念のため断り、香はエレベーターを出た。
百階は壁で仕切られておらず、四方をガラス張りの窓で囲われた広々としたスペースが広がっていた。正面には大きなステージがある。催事用の特別ステージだ。イベントスタッフとみられるオレンジのジャケットを着た人たちが周辺を右往左往している。Uta-Himeのライブの準備をしているのだろう。
手前には、ちょうど香のいるエレベーターホールに踏み入るぎりぎりまで、パイプ椅子が敷き詰められている。ざっと百席はあると思われる。今はライブ前なので、もちろん全て空席だ。
香はざっと周辺を確認してから、パイプ椅子の観客席を迂回してステージの方に向かった。抜けるような青空を映す窓が明るい中、歩きながら軽く身だしなみを整える。流れる汗を拭き、ポニーテールを縛り直し、背筋を伸ばす。
そして、ステージと観客席の間で作業している一人の男性スタッフに近づいた。
「すいません」
礼儀正しさと厳しさを含め、トートバッグからとあるものを取り出しながら、香はスタッフに声をかけた。
「は、はいっ。なんでしょう?」
男性スタッフはくるりと振り向き、香の顔と掲げられたあるもの、警察手帳の模造品を交互に見る。
すぐさま、普段は温厚そうな顔に緊張が走った。
「こういうものですが、少しご協力頂けますでしょうか?」
有無を言わさぬ口調で尋ねる。偽造した警察手帳はすぐに畳んでバッグにしまう。一応しっかり似せて作ってあるが、まじまじと確認されると不都合極まりないからだ。
「警察の方が、どのような……?」
「どなたか、今夜のライブイベントの責任者の方をお呼び頂けますか。緊急かつ極秘の要件があります」
「わ、分かりました……」
まだ若い男性スタッフは事情を理解すると、早足でステージの裏へと駆けていった。
香は澄ました顔で一、二分待つと、男性スタッフは中年の男性を伴って戻ってきた。男性もオレンジのジャケットを身に着けている。
「中谷です。失礼ですが……?」
「警視庁捜査一課の雛菊と申します。本日はとある用件で参りました」
香はもう一度警察手帳を掲げ、言葉の最後に若い男性スタッフの方に目配せしてみせた。
席を外してほしいという意図が理解してもらえ、若いスタッフは一礼してその場をあとにした。
「……時間がないので単刀直入に申し上げます。この会場に、爆弾がしかけられている可能性があります」
「ば、爆弾……!」
「静かに!」
中谷が目を剥いて叫び出しそうになるのを、香は口元に人差し指を当てて制止した。
「この情報自体、不必要に漏れてはいけません。どうかご理解ください」
「……これは、失礼しました」
中谷は小さく頭を下げた。
「事務室でお話しした方が……?」
「いえ、この場で対処します。緊急を要するので」
「分かりました……」
戦々恐々という風な中谷に、香は冷静に言う。
「まず、モノを見つけます。犯人の声明によると、モノはUta-Himeのライブ中に作動する可能性が高いです。つきましては、十九時から使用される装置や演出の道具などを全て検めさせて頂けないでしょうか?ご迷惑はおかけしないようにしますが、何分安全上の懸念がありますので、少々手荒な対処もご了承頂けると幸いです」
「も、もちろん問題ありません。ご案内致します」
香は、中谷に連れられて脇の階段を上り、ステージ上に立った。
「すいません、こちらの印はなんですか?」
中央に向かおうとする中谷を呼び止め、香はステージの端の床を指差した。そこには輪を描くように赤いビニールテープが貼られており、輪の中は穴になっていた。
「ああ、それも舞台装置の一つです。穴の中に火薬と紙吹雪が入っていて、Uta-Himeさんが登壇したときにクラッカーのように打ち上げるんですが……、もしかして?」
「可能性はあります。念のため、中を確認して頂けますか?」
「はい……」
中谷はおっかなびっくり香の隣に屈み込み、手前のピントが合いづらい老眼を穴に近づけて確認する。
「あれ、なにかあります。大きなものが」
すぐに異変を察知した中谷は顔を離し、穴に手を突っ込もうとする。
「危険ですっ」
香はすぐさま制止する。中谷はびくっと体を震わせて止まった。
「離れて、私がやります」
言いながら、香は肩に提げていたトートバッグからポーチを取り出す。ファスナーを開け、中からピンセットを手に取った。
「モノかもしれません。これで取り出します」
香はピンセット片手に穴を覗き込んだ。
暗くて分かりづらいが、確かになにかある。火薬とも紙吹雪とも思えない大きめのものが穴を埋めていた。
香はピンセットを慎重に扱い、ぶよぶよの袋を取り出した。
「これが、爆弾……?」
中谷の疑問はもっともだった。袋は納豆のたれのような小さなプラスチック製で、赤い透明な液体が入っているだけだったからだ。
「確かに、着色された液体にしか見えませんね。これだけでは」
香は立ち上がり、ステージの反対側に歩みを進めた。
「クラッカーが炸裂するのは、ステージの左右両側、ですよね?」
「は、はい……」
「ということは、ステージ右側にもモノがある可能性があります」
香はテープの張ってあるもう一つの穴の前でしゃがみ、同じようにして小袋を取り出した。今度は青色透明だった。
「今度は青色……」
「モノには、液体のものも存在します。作動する方法はシンプルで、二種類の液体が混ざり合うとそれ自体が起爆する、というものです」
「そ、そうなんですか……」
どこかで聞いたことのある知識を披露する。
スマホで調べればより説得力があるが、ボマーティストとの通話を切るわけにはいかないので、香はぼかして言及するに務めた。
「おそらく犯人の狙いは、ライブが始まってクラッカーが炸裂した際、袋が破れて二種類の液体が飛び散り、ステージの中央付近で混ざることによってモノが作動、Uta-Himeさんに危害を加えようとしたのでしょう」
「なるほど……」
「中谷さん、こちらの袋を処分しておいて頂けますか?もしくは、後から来る別の警察の者に渡すまで、厳重に保管して置いて頂けますか?私が二つの袋を持ち出すのは本末転倒です」
「……分かりました」
簡潔な説明だったが、中谷は理解を示してくれた。香から青い小袋を受け取り、慎重にジャケットのポケットにしまう。 香も赤い小袋を持ってきたビニール袋に入れ、ピンセットを戻したポーチと一緒にトートバッグにしまった。
「これで、安全ですね……」
「いえ、他にもモノがあるかもしれません。念のため、ご案内をお願いします」
弛緩した中谷の顔が再び引き締まった。
「あれはくす玉ですか?」
香はステージの端に備え付けられた長テーブルの上に置かれている、黄金の球体を指差した。
「ええ、そうです。昨日のうちに中身を詰めて、後は本番前に吊るすだけです」
「当夜はUta-Himeさんに割ってもらうのですか?」
「はい。ライブの最初に五周年のお祝いをしますので。両脇のクラッカーもそのとき炸裂します」
「それでしたら、モノが入っている可能性があります」
香は『爆弾』と口に出さないようにして、中谷に進言する。
「えっ、くす玉の中に、ですか?」
「可能性はないとは言い切れません。別の、中身がはっきりしているくす玉と交換できませんか?それか、今から別のくす玉に中身を詰めて用意するか」
「それは、できますが……」
中谷は不承不承に応えた。
袋を取り除くだけで良かったはずが、爆弾が入っているかどうかも分からないくす玉をも交換しろといきなり言われたのだ。めんどくさく思うのは仕方がないことかもしれない。
「では、あちらのくす玉を回収させて頂いてもよろしいですか?ご理解ください。開けた途端に作動するモノであった場合、今ここで確かめる手段がないのです。開けずに取り除くしかありません」
「確かに……、そうですね。持っていって頂いて大丈夫です」
「ありがとうございます。……あのくす玉は、誰が中身を詰めたのですか?」
「昨日来てくれたスタッフたちです」
「その方たちは、今日この場にもいますか?全員です」
「いえ、昨日までの人も何人かいますけど……」
「分かりました」
香は人差し指を立て、
「私どもと致しましては、くす玉の中身を詰め、クラッカーの装置を準備した人を特定したいです。昨日来て、今日来ていないスタッフのリストを作って頂けますか?」
「はい。それならすぐにできます」
「ありがとうございます」
香は腰を折り、改めて謝意を伝える。
「他に、本番で使う道具類はありますか?」
「紙テープを放ったり紙吹雪を落とす装置がありますが、見ていかれますか?」
「念のため、お願いします」
香は中谷に連れられ、ステージからバックヤード、事務室などを周って他の道具と装置をあらかたチェックした。
「……他は異常なしですね。液体も固体もありません」
「よかったです。……これで本当に終わりですか?」
中谷はハンカチで頭髪の薄い側頭部を拭きながら、ほっとしたように言った。
「他には気体、具体的にはプロパンガスなどが原因でことが起こる可能性が考えられますが、そういったガス類は取り扱っていますか?」
「いえ、ガスは厳しいので使っていません」
「厳しい?」
「ここは百階、標高三百メートル以上ありますので、気圧が地表より少しだけ低いんです。そのせいで、ガスの取り扱いが大変なんです」
「なるほど。勉強になります」
それなら、ボマーティストはガス爆発を避けるだろう。不安定で不確実な手段をわざわざ選ぶはずがない。
香は訳知り顔で頷くと、安堵の表情を浮かべて中谷に言った。脇には例のくす玉を抱えている。
「ご協力ありがとうございました。以上でモノは除去できました。後ほど別の警察の者が参ると思いますが、ライブへの影響はないと思います。つきましては、そちらの方のご協力もよろしくお願いします」
「それはもう、はい。了解しました」
「それでは」
香は背を向き、冷静を装って立ち去る。中谷はそれを敬礼で見送った。
『やるじゃないか、怪異探偵。警察のふりをするとは』
「こういうときのために、警察手帳は持ち歩くようにしています」
エレベーターホールでエレベーターを待つ間、香は電話相手のボマーティストと話す。
チーン。かごがやってくる音がし、目の前の扉が開く。
香は声を上げそうになった。
「……」
警視庁捜査一課の畠山巡査部長が、同僚とみられる男性とともに降りてきたからだ。
「……!」
香は無言で会釈し、脇に退いた。
「……」
畠山刑事は一瞬、大きなくす玉を抱える香に視線を送ったが、なぜかすぐに逸らした。正面を通り抜け、ステージの方に離れていく。
『ああ、忘れていた。駅で爆弾騒ぎが起きた後、私は警察に犯行声明を送ったんだった。次の爆発はここ、Kin-Ji-Towerの百階で起きるとな』
「……ええ、今しがた顔見知りの刑事と鉢合わせました。ですが、大丈夫です」
空いたエレベーターに乗り込み、扉が閉まったのを見届けてから、香は応えた。
警察に通報するのを禁じていたのはこのためか。自分が通報するつもりだから、通報が重複して警察を混乱するのを避けたかったのだろう。
『どういう意味だ?』
「こういうときのために……」
香は一旦、くす玉を床に置く。オレンジのジャケットを脱ぎ、キャップを外してポニーテールをぶら下げる。カラーコンタクトレンズを片方ずつ外したところで、九十階に着いた。
「……中谷さんに無理を言い、変装していたんです。犯人に怪しまれないようにという名目で」
『なんだと?』
ボマーティストがリアクションを取っている間に、香は九十階に降りる。外のパネルの下矢印のボタンを押し、今しがた乗っていたかごの扉が開く。乗る。『閉』ボタンと八十階のボタンを押す。エレベーターが降下していく。
「あなたの『一つ目のゲームで用意した爆弾は一つだけ』、『爆弾が私以外に見つかれば起爆するだろう』という意味の発言のおかげで、クラッカー装置とくす玉という二カ所の爆弾を見つけることができました。複数ヵ所に液体製の爆薬をしかけたことを突き止めさせることで、あなたは私の捜査能力を測った。爆弾に対する知識や、捜査の厳正さを問うた」
『……』
「ただ、意地の悪いあなたのことです。なにか他に企んでいるのではないかと思いました。なので、変装をしておいたのです。警察に捕まることもゲーム敗北の条件ですし、Kin-Ji-Towerの構造上、逃げるに逃げられない状況に陥る危険性があったので」
『……私の企みは、全てお見通しというわけか』
「全てではありません。悪化する選択肢を避けようとした結果、たまたま上手くいっただけのことです。それにあなたは、期待していたんじゃないですか?」
『期待?』
八十階に着いた。かごを降り、外のパネルのボタンを押す。かごに乗り込む。『閉』ボタンと七十階のボタンを押す。エレベーターが降下していく。
「私が警察を上手くあしらい、タワーから脱出するだろうという期待です。ゲームは負ける公算があるから楽しいものです。あなたは、私が勝つのを期待して待っている」
『……』
「それに、私が警察に捕まれば、三つ目のゲームができない。理由は分かりませんが、それはあなたにとって都合が悪いはず。そうですよね?」
『さあ、どうだろうか?』
ボマーティストはしらばっくれてみせたが、その態度はほとんど肯定しているようなものだった。
七十階に着いた。かごを降り、外のパネルのボタンを押す。かごに乗り込む。『閉』ボタンと六十階のボタンを押す。エレベーターが降下していく。
「気づけば、一つ目のゲームの終わり際と同じような状態になっています。私は爆弾と思しきものを持たせられている」
香は視線を落とし、足下のくす玉を見た。
『ほう、続けろ』
「それに加えて今回は、ゲームの過程で中谷さんらイベントスタッフや警察にも爆弾が存在する可能性が明かされています。これは、内々で処理できた一つ目のゲームと異なる点です」
『つまり、なにが言いたい?』
「つまり、あなたは、私に爆弾を運ばせて爆発させたり、匿名の通報やゲームと称して私を動かすことで、爆弾騒ぎを徐々に大きくしようとしているのではないですか?そしてそれこそが、あなたの目的である」
『全く恐ろしいな、お前は』
数秒の後、ボマーティストは短く応えた。
六十階に着いた。かごを降り、外のパネルのボタンを押す。かごに乗り込む。『閉』ボタンと五十階のボタンを押す。エレベーターが降下していく。
「でも、よろしいのですか?私は中谷さんにお願いしました。爆薬をしかけたあなたを含んだリストを警察に提出するよう、お願いしたのは聞いていたでしょう」
『それは構わない。私は正体を隠すアーティストではないからな』
それなりの覚悟があるということか。アーティストを名乗る覚悟が、警察に捕まってもいいという覚悟が。
なんにせよ、今ならもっと話を引き出せそうだ。そう判断した香は頷いて、なるべく形式張らない口調で尋ねる。
「私がしているゲームは、さながらメジャーデビュー作ということでしょうか?『ボマーティスト』という名を広め、爆弾と爆発という作品を世に知らしめる、最初の機会」
『それだけではない』
ボマーティストの方も、どこか話したそうに口を動かす。
『爆薬になる素材の選定や、起爆装置のしかけにも美学がある。そして、お前のような賢しい人間に暴かれ、解除されるというドラマ性もある。爆弾はただ爆発するだけではない。込められた技巧の披露や爆発、もしくは不発までの物語性をも内包しているのだ。それが私のアートだ』
「なるほど」
分かったような、分からないような。香は曖昧に頷いた。
五十階に着いた。かごを降り、外のパネルのボタンを押す。かごに乗り込む。『閉』ボタンと四十階のボタンを押す。エレベーターが降下していく。
「あなたの思っていることは分かりました。そろそろ下に着くので、次の指示をください」
『ああ、そうだったな』
機械的な声でうっかりするボマーティスト。
『タワーから出たら、正面の大通りを右に進め。橋がある。橋の中央まで来たら言え。次の指示を出す』
「分かりました」
香は了解し、十階ずつ下っていった。行きは下一桁が『一』の階に降りながら上り続けるのに対し、帰りは下一桁が『零』の階に降りて下がり続けるようになっている。そのため、上がってくる警察の人間と顔を合わせることがないまま、一階まで降りられる。
ただ、出入り口は気にしないといけない。香はジャケットをもう一度着て、いかにもスタッフですという顔つきを作ってエレベーターを降りた。
「……」
受付にもスーツ姿の男性が数人いた。受付の女性と話し中ではない刑事は香を一瞬見咎めるが、ジャケットの効力により怪しまれることはなかった。
タワーを出た香はジャケットを脱ぎ、きれいに畳んでトートバッグの中にしまった。
「外に出れました。橋に向かいます」
『良い調子じゃないか』
ボマーティストの皮肉は沈黙で返した。
乗り捨てた自転車の下まで歩き、前のかごにくす玉を置く。かごの口が狭いため、中に入れることができない。やや不安定なので、香は自転車を押して進むことにした。
『おめでとう。これにて二つ目のゲームはクリアだ』
三
嬉しくない賛辞をもらった香は、無言で自転車を押す。ホイールが回るカラカラという音と、足とタイヤが地面を踏みしめる音がやけに響く。
タワーの周辺は大きな公園になっている。平日の昼時は閑散としていた。五分ほど歩くと、橋が見えてきた。香は歩道を右側通行で進み続ける。
橋の真ん中に到着した。香は立ち止まり、スマホを顔まで持ってくる。
「着きました」
『では、爆弾を処理するとしよう。くす玉を橋から落とせ』
「この川はどこに通じてるか分かりませんが、安全なのですか?」
『ああ、安全だとも。落とす川を間違えなければ、の話だが』
ボマーティストは、香が一つ目の爆弾を違う線路に投げたことを皮肉った。
「分かりました」
しかし、当の香は黙殺した。
くす玉を抱え上げ、欄干まで持っていく。
「落とします」
『速くしろ』
「言われなくても」
線路のときと同様、特にタイミングはないようだった。
香は覚悟を決め、くす玉を押した。派手に輝く黄金の球体は重力に導かれるまま橋から落ち、どぷんっと音を立てて川に着水した。
「終わりました」
どんぶらこと流れていくくす玉を見送って、香は報告した。
『それでは、最後のゲームを始めようか』
ボマーティストは大仰に宣言した。
『「偉人たちの広場」に迎え。そこが決戦のフィールドだ』
「分かりました」
あそこか。香は気乗りしないものの、それをおくびにも出さずに応えた。
『偉人たちの広場』は、今から六年と少し前にKin-Ji-Towerのエレベーター内で起きた事件『エレベーター連続殺人事件』の犠牲者を追悼し、事件を風化させないことを目的に作られた公園内の一角を指す。被害者たち十二名の原寸大の銅像が設置されていることで有名だ。
香はサドルを跨ることはせず、自転車を押したまま早足で向かった。広場にはすぐに着いた。以前に来たことがあるため、迷うことはなかった。
『その辺りで止まれ。第三のゲームのルールを説明する』
香は自転車を停め、周囲を見る。ここは広場の端っこで、近くに人はいない。静かだ。
『第三のゲームはなんと……、爆弾探しだ』
「でしょうね」
香は呆れて応える。
遮る音がほとんどないここでは、ボマーティストの声が大きく聞こえる。
『ただし、今回は難しいぞ。爆弾は十二体の銅像のうち一体の背後の足下に置いてある。そいつがボマーだ』
「なるほど」
紛らわしいが、ボマー = 今回のゲームで爆弾を所有している銅像、ということか。ボマーティストがいきなり言い始めたから分かりづらくなっている。
『お前のやることは二つ。銅像の中からボマーを見つけ出し、爆弾を解除しろ。ボマーの特定方法や爆弾の解除方法は、ボマー以外の人物の銅像が教えてくれる。せいぜい、広場を駆けずり回ることだな』
「推理つきのスタンプラリーということですか……」
『スタンプラリーか。久しく聞いてない言葉だ』
ハハハと笑うボマーティスト。
『だが注意しろ。必要なのは推理力だけではない。銅像にはとあるしかけを施してある』
「しかけ、ですか」
嫌な予感がする。
『そうだ。全ての銅像に、監視カメラをしかけてある。銅像の人物の視野角とカメラの画角が一致するようにな。少し強引な方法で取りつけた。遠くから見ただけでは、カメラの存在に気づくことはできないだろう。そして、破壊するのもほぼ不可能だ』
「ほぼ?」
『言葉の綾だ。力を加えれば簡単に壊れるが、お前がそうする前に爆弾が爆発するから、実質不可能という意味だ』
「そういうことでしたか」
ここまで言うということは、カメラをどうにかすることはできないと見てよい。香はそう判断した。
『カメラには二つの機能がある。一つは動体検知機能だ。カメラは普段は撮影していないが、動くものが画角に入ると電源がオンになり、撮影を開始する。仕組みは家庭用の見守りカメラのようなものだ』
「最近のは高性能ですからね。市販のカメラから流用したんですか?」
『おっと、その手には乗らない。黙秘する』
ボマーティストは、テレビドラマの刑事ものでよく見る、小賢しい被疑者みたいなことを言い始めた。
流石に、もう口車に乗せることはできないようだ。香は一人残念がった。
『カメラに搭載されたもう一つの機能は、顔認証機能だ。撮影時にお前の顔が写ると、無線信号の応答を返す。その応答は爆弾の起爆装置をオンにする。つまり、お前の顔が認証されると広場の爆弾が爆発し、ゲームオーバーとなる。そうなれば、私はただちにお前の爆弾を爆発させる。お前の人生もゲームオーバーだ』
「要するに、銅像に顔を見られるな、ということですね」
『ああ、そういうことになるな』
香はすぐに理解した。このゲームの難しさを。
『さあ、どうする、怪異探偵の雛菊香!?推理力だけでなく、注意力と観察力も試されるこのゲームを、どうやって攻略する?お前の真価を、私に見せてみろ!』
「こうします」
『なっ……!?』
香は片手でトートバッグを持ち上げ、顔を隠した。そのまま、一番近くの銅像へと歩いていく。銅像の人物の視野角、言い換えるとカメラの画角などお構いなしに突っ込んだ。
『なにをしている!?』
動体検知機能によりカメラが起動するが、顔は映されていないので顔認証機能は働いていない。
香は悠々と一人目の銅像、石見誠一の下にたどり着く。
「難しくしよう、裏をかこう、複雑にしようとすればするほど、古典的な手段に足下を掬われるものです。ゲームでも、死に設定ほど虚しいものはありませんよ」
『小癪な……!』
ボマーティストが臍を噛むのを聞きながら、香は銅像の後ろ側を調べた。
「爆弾らしきものはありませんが、封筒が貼りつけてありました。これがヒントですか?」
『……ああ、そうだ』
ボマーティストは投げやりに、ぶっきらぼうに応える。目玉のしかけを難なく突破され、悔しくて仕方がない様子だ。
香は拗ねた子どもを相手するように微笑みながら、封筒の封を破った。中から折り畳まれた一枚のコピー用紙を取り出す。紙には短い文章が印刷されていた。
「『ボマーは、吉まあや(よしまあや)かダンベルト・アレックスのどちらかである』、ですか……」
『なんだ、なにが言いたい?』
「カメラが意味を成していない以上、爆弾を誰が持っているかについては、虱潰しに探せば判明しますよね。爆弾というモノが存在するわけですから。ですので、爆弾を探す方のゲームプレイは退屈だなと、思いまして」
『言わせておけば、いけしゃあしゃあと……!』
「事実ですから」
香は澄まして言い、次の銅像に狙いを定めた。西彰吾の銅像だ。
「ここにもないですね」
石見のときと同じように、銅像の基礎の背後に当たる部分に封筒があった。中身の文章を読む。
「『暗証番号は、0、1、3、7の四つの数字で構成される』。爆弾の解除には四桁の暗証番号が必要なんですね」
『……』
なんと、早々にボマーティストは黙り込んでしまった。あと十人もいるのに、もうコミュニケーションが取れなくなるとはもったいない。
されど香は気にすることなく、バッグで顔を隠しながら銅像を巡っていった。
磯又幹二郎像いわく、『ボマーは、金森道乃でも岡井静音でもない』。
美楽智子像いわく、『暗証番号は、下一桁は7で、下四桁は0である』。
三橋嶺孝像いわく、『ボマーは、僕だ』。
金森道乃像いわく、『暗証番号の各桁の総和は、16である』。
吉まあや像いわく、『ボマーは、アキトである』。
アキト(本名樋口亜城斗[ひぐちあきと])像いわく、『ボマーは、吉まあやではない』。
波風龍〈本名並木龍磨[なみきりゅうま]〉像いわく、『ボマーは、十二人の中にいない』。
風雲寺源斎像いわく、『暗証番号は、誰かの誕生日ではない』。
岡井静音像いわく、『全員、本当のことを言っている』。
『偉人たちの広場』には、『エレベーター連続殺人事件』の表向きの犯人とされている佐藤タイガーストライプ(さとうたいがーすとらいぷ)〈本名佐藤弘毅[さとうひろき]〉の銅像は存在しない。よって、銅像は全部で十二体である。
最後のダンベルト・アレックス像が示した一文を見て、香はどきりと胸を撃たれたような感覚に陥った。
『エレベーター連続殺人事件の犯人は、俺である』。
「どういうこと、ですか?」
傍らにある白い紙袋の中に入った黒い塊を確認した後、香はゆっくりと尋ねた。
「事件の真相を、知っているんですか?」
『やはりそうか』
「……」
やられた。ボマーティストは香の反応を試していたのだ。
ボマーティストが通話を頑なに続けてきた狙いは、まさにこれだった。疑っていた事件の真相を、香のリアクションから確定させるためだったのだ。
「あなたは事件の関係者ですか?どうして春魅さんの誕生日を知っているんですか?」
爆弾解除の暗証番号は、0317だ。間違いない。
問題なのは、三月十七日とは佐藤弘毅と、『エレベーター連続殺人事件』で佐藤に死刑を宣告した後に自死した梅川沙羅検事の娘である、梅川春魅の誕生日であるということだ。
「各銅像のヒントの中で、『エレベーター連続殺人事件』で生き残った人は嘘を言っており、亡くなった人は真実のことを言っています。彼ら彼女らが事件後、嘘を告げ、真実を噤んだように」
『その通りだ』
「それに従えば、石見、西、磯又、美楽、アキトの文は真、三橋、金森、吉、波風、風雲寺、岡井は偽になります。アレックスはさておくと、次のようになります」
香は一瞬言葉を止め、息を整える。
「ボマーは吉まあやかダンベルト・アレックスであり、暗証番号は0、1、3、7で構成され、金森と岡井はボマーではない。暗証番号の下一桁は7で、下四桁は0で、ボマーは三橋ではない。暗証番号の各桁の総和は16ではなく、ボマーはアキトではなく、吉でもないが、十二人の中に必ずいる。暗証番号は誰かの誕生日で、全員本当のことを言っているわけではない」
『……』
「こうすると、全ての人の言っていることが正しくなります。すなわち、生存者の全員が嘘をついていたという、『エレベーター連続殺人事件』の真実が完成します」
『……』
「応えてください、ボマーティスト。あなたは事件の関係者ですか?ここまでのやり取りからして、あなたが『電脳レイヴン』の一員だとは思えません。では、どのようにして事件の真相を知ったのですか?そして今年に起きた『閻魔大王連続殺人事件』の犯人である春魅さんに、どのようにしてたどり着いたのですか?」
『……単なる興味本位だ』
長い沈黙の後、ボマーティストは応えた。
『怪異探偵のお前に挑むのだ、お前を一躍有名にした「エレベーター連続殺人事件」と「閻魔大王連続殺人事件」について調べ上げるのは当然の行動だろう。余計な先入観、固定観念なしに調べればすぐに、二つの事件の異常さに気づくのも当然の帰結だ』
「確かに、どちらも強引な幕引きでしたが……」
『梅川春魅については、お前の周辺を洗っていればいやでも目についた。しかもお前らは、「閻魔大王連続殺人事件」の直後から親密になっている。梅川春魅が事件に関わっていないと考える方がおかしい』
「……」
香はぐうの音も出なかった。
一つ目と二つ目のゲームで圧倒していた会話の力関係が、あっという間に逆転してしまった。
『私はただの外野だよ、怪異探偵。お前と同じだ。ただ事件に興味を持った時期が違っただけの、おせっかいな部外者だよ』
「……私は、あなたのような快楽主義の犯罪者ではありません」
『さあ、爆弾を解除しろ。そして、お前こそ応えるのだ。「エレベーター連続殺人事件」の真犯人はダンベルト・アレックスであり、「閻魔大王連続殺人事件」の犯人は梅川春魅であると認めろ』
「……」
香は袋から黒い塊を取り出し、側面に設置されているテンキーに『0317』と入力する。すると、テンキーの上部にある横長の液晶パネルに『0317』と表示される。
入力した数字とここまでの推理に間違いがないことを確かめて、エンターキーを押す。液晶パネルに『ENTER』の英字が表示される。
『おめでとう。これで三つ目のゲームはクリアだ。お前も晴れて自由の身だ』
「……認めたら、あなたはどうするんですか?」
『公表する。爆弾はなにも、実体を伴っているとは限らない。世間を騒がす爆弾発言もまた、私の芸術の守備範囲なのだよ』
ボマーティストは、一切ためらうことなく言い切った。
ゲームは三つだったが、しかけられた爆弾は全部で六つだった。香に巻きついている一つと第一のゲームで一つ、第二のゲームで二つ。第三のゲームで一つと、爆弾発言が一つの計六つ。
その事実に思い至った香は、その場にくずおれた。
赤く点滅する光を顔に浴びながら、茫然となって言う。
「私の負けです。どうか、公表するのはやめて頂けませんか……?」
『梅川春魅がそんなに大切か?』
「ええ。彼女は希望です。邪悪を吐き出しきったパンドラの箱に残った、最後の希望です。あなたには分からないでしょうが……」
『希望か。一言多いが、ふむ……、いいだろう』
ボマーティストは少し思案した後、応えた。
『私はテロリストの自覚があるが、話の通じない相手ではない。交渉に応じようではないか、怪異探偵。最後の爆弾で爆発させるのはダンベルト・アレックスのみにしよう』」
「なにが望みですか?」
『望みか。私の要求は、ゲームの勝敗判定を捻じ曲げることだ』
「私の、負けですか?私は死ぬんですか?」
「そういうわけではない……」
唐突に、すぐ後ろから声がした。女性の声だ。
ボマーティスト!香はすぐに後ろを振り返ろうとして……。
頭に強い衝撃を受けた。なにか硬いもので殴られた。
「……ドローだ、怪異探偵。どちらの勝利でもなく、敗北でもない。私は今この瞬間から、お前のライバルだ。そしてこの私、ボマーティストの華々しいデビューを、お前は痛み分けをもって称えたということにする」
「な、な、にを……」
「これからも私の芸術活動に、芸術作品に受けて立て、怪異探偵。私はお前を超えて、世界一の芸術家になる。それが私の要求で、望みだ」
彼女、ボマーティストと思しき人影がそう言うのと同時に、香は意識を失うのだった。




