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第九五話 拝読ですわ!

たいへん遅れまして申し訳ありません〜〜!

 帝国首都:帝国議事堂




 帝国首都は同心円状にちょっとした城壁をいくつも重ねていて、中央に近付くにつれて政治的な中枢になっていく。

 帝国議事堂は、その中でも二番目に中央に近い区域に存在する、『皇室を除く帝国政治の頂』として広く認知されている。

 なお、最も中央にあるのは、皇族が住まう宮殿と、皇帝が教皇を兼任する教会の二つのみである。


「ふぅ……」


 ピエールとの秘密の会合から、数日。

 いよいよ帝国議会の本番が開かれようとしている。

 そんな中、オディールは議事堂の入り口傍、大きな空間に幾つも設置されたソファの一つで控えていた。


「お嬢様、調子は如何ですか?」

「何の問題もありませんわ。少し緊張はしていますわね……珍しく」

「おや、それは(ワタシ)が言おうとしていたのに。先を越されてしまいましたね」


 傍らで控えるセバスが、軽口を叩いて少しでも主人の気分を上向きにさせようと試みた。

 ただ、オディールは以前として真面目な雰囲気を崩さない。

 それならそれでいいか、とセバスは考えを改めた。

 これから迎える帝国議会は、領主たるオディールにとって戦場も同じ。

 気を緩めすぎるくらいなら、緊張している方がいくらか()()だろう。


「とはいえ、本日は援軍もいらっしゃいますし。そこまで固くなる必要もないのでは?」

「それは、そうなのですけれど……帝国議会ともなれば、あの人が出張ってくるのは確実でしょう?」

「ああ……心中はお察しいたしますが、気にしていても仕方ないのでは?」

「うぐ」


 気にしても仕方ないことを気に掛けるなんて、自分らしくないと理解しているオディールは、そう指摘されてたじろいだ。

 議会ということで落ち着いた色合いや化粧で纏めたオディールの表情が、若干歪む。

 対称的に普段通りの燕尾服から大して変わらないセバスは、思い出したように付け加えた。


「それでは、昨日援軍から渡された手紙を読み返してみては如何でしょう。何か一つでも、やることがあれば心も落ち着くでしょう」

「そ、それもそうですわね……そうしましょう」


 セバスの提案を採用し、オディールは懐から眼鏡を取り出して装着する。

 金属製で光沢のある本体と、丸型のレンズの眼鏡は、もとから整っているオディールの美しさによく合致していた。

 ただ、この眼鏡はただのお洒落用品などではない。


「どれどれ……」


 オディールは眼鏡をかけたまま、また懐に手を伸ばし、一枚の紙きれを取り出した。

 セバスから見ると紙切れは真っさらで、特に何も書かれていないが、予め一対一対応させられた眼鏡を装着したオディールには、書いてある内容が読める。

 象牙の塔で開発された魔術用品であり、事前に対応させておいた眼鏡にしか見えない溶液で、言伝が記されていた。




<***>




 拝啓 オディール・()()()()()殿




 ご機嫌は如何だろうか?

 キミのことだから、優雅に高価な茶や食事を楽しんでいることだろうと思ったけれど、念のため聞いておきたくてね。

 何しろ帝国議会で手を組む相手だ、体調にはくれぐれも気を配ってくれたまえよ。


 さて、手紙を寄越した用件に早速入ろう。

 先日運河傍で会話した際に伝えてもよかったんだが、あの時のような打ち合わせとは異なり、今回はボクからの一方的な情報提供だ。

 面と向かってキミに感謝される優越感よりも、不要な接触を怪しまれる危険を避けようとした結果だということを、理解してもらおうか。


 用件というのは、他でもない──帝国議会に臨むにあたって、知っておくべき勢力の話だ。

 政治的な勢力図について、帝国の貴族なら当然知っている話を、この場でもう一度してやろう、というボクからの心配りさ。

 キミは昔から、御父上にはあまり政務に携わらせてもらえていなかったと聞くからね、ボクの頭の整理がてら、ここに記しておく。


 勢力関係と一口に言っても、その実態は実に複雑でね。

 取り扱ってる特産品、交易量なんかの経済的な要因だけでなく、抱えている大学の数や領地内の教会の数でも微妙に力関係や発言力が変わってくる。

 結局はその時々の情勢を鑑みながら立ち回るしかないわけだが──ここでは、ごく大まかに、基本的な方針で分類した各領について話そうか。


 一応断っておくと、ここでボクが言う派閥の名前は、あくまでもボク自身が勝手にそう呼んでいるだけで、実際にそうした呼称が存在する訳じゃない。

 とはいえ、大抵の貴族はそのように認識しているだろうし、キミも必要最低限の理解ができるはずだ。

 そういうわけだが、政治的な態度は、大きく分けて三つある。

 所謂革新派、中立派、そして保守派と呼ばれる三つの勢力が、帝国議会の意見を三分していると思ってくれたまえ。


 まずは革新派だ。

 読んで字の如く、帝国の政治を変革させていくことを望む者たち全般を指して、ボクは革新派と呼んでいる。

 現在帝国の政治は主に皇帝が司っていて、帝国議会は存在していても、実際に政治に与えられる影響はそれほど決定的ではない。

 事実、これまでにも帝国議会の結論と皇帝の結論が異なり、皇帝の結論が優先された事例なんて、ザラにある。

 そうした状況を健全とは思わず、統治権を個人に集中させずに分散させるべきだと考える連中が、革新派というわけだ。

 革新派は帝国首都から北方や西方に離れた周縁部の貴族が多い、帝国外の文化に触れやすく皇帝の威光が届きにくいのが要因だろうね。


 次に、中立派。

 これまた文字通り、大抵の政策や議題に対して、特定の態度を有していない流動層だ。

 最も賢い層と言えるかもしれないが、翻ってかなり合理的な判断を下しがちな集団とも言える。

 帝国の政治制度については概ね文句はないようだが、もう少し意見を反映させやすいような──昔先生が言っていた立憲君主制を求めていると聞くね。

 地理的な特徴はそれほど強くない、何方かと言えば経済面でこうした態度を取る貴族が多い印象だ。

 例えば、経済面で先進的なキルオ同盟加盟領は、自由貿易を掲げる革新派になりやすいだろう?

 そうした商人組合に参加できずにいまいち発展の波に乗れていない領は、移り行く情勢に逐一対応する必要がある。

 なにか決まった政治方針を抱えることは、そうした平衡感覚にとって邪魔なのだろう、とボクは考えている──事実かどうかは知らないけれど、ね。


 さて、最後に保守派だ。

 保守派とは言うものの、実情は帝政派、あるいは皇帝派と言ってもいいかもしれない。

 帝国の中枢に入り込んでいる貴族ほど、現体制に不満を抱えていないものだ──そうでなくても、今の社会が崩れたら困る部分が多い。

 保守派はそうした貴族たちの集まりでね、大きく社会を変動させうるような政策に対して、基本的に首を縦に振らない。

 既得権益を固持しよう、帝政を維持しようとする思いが強い余り、非合理的な判断を下すこともそれなりにある、とボクは感じている。

 保守派の地理的な特徴は至って簡単でね、帝国首都の中心部にある領、魔王軍との前線で中央集権を求める領、そして歴史の深い領の三つの場合に大分される。


 大まかな勢力図としては、こんなところかな。

 加えて言うけれど、商人組合や職人ギルドなんかは、こうした政治関係に関しては中立派を貫く場面が多い。

 現在帝室から認められている専売特権と、自由貿易化で得られる利益を天秤にかけて、ひとまず現状維持、といった態度だろうね。

 教会は完全に保守派だ、なにしろ教皇は皇帝だからね、それ以外の政治勢力に属そうものなら、責任ある立場から解任されてしまう。


 結びに、帝国議会で役に立つ情報を共有しよう──それぞれの勢力で中心的な役割を果たしている貴族についてだ。

 これを知ると知らないとでは、発言を響かせるべき相手を選ぶこともできないからね。

 革新派の中心は、ヴィッセンシャフト・ツークンフト。

 帝国の西端あたりに位置するツークンフト領の貴族で、新進気鋭の研究者上がりの遣り手だ。

 中立派は、ゲシャフト・ゲーゲンヴァルト。

 帝国中央部の沿岸にある、帝国でも有数の商人組合の長を務める人物で、ちょうど先述した商人組合の傾向を表す人物だ。

 そして最後に保守派は──まあ、言わなくてもわかるか。




<***>




 そこまで読んだ時、オディールは顔を上げた。

 大理石の床を叩く足音が、幾重にも重なって聞こえたからだ。

 何気なく目を向けた先に、見知った、もう見たくもない人物の姿がある。


「ヘルムート・ルーフェ……」

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