第九二話 入城ですわ!
先週分はトラブルに見舞われてしまい、更新ができず申し訳ありません。
今回はその分、文量多めにしてお送りしております。
次回以降はまた以前と同じような文量に戻す予定なので、よろしくお願いいたします。
帝国首都:西門
世界にその名を轟かせる帝国の首都は、大陸の中央からやや西に位置し、東西南北の四方向に門を開いている。
海峡に隣接する形で反映している帝国首都は海運が発達していて、その港は南門から広がっている。
しかしオディールらブルーネン領代表一行は、海運ではなく馬車を使って西門から帝国首都に入城しようとしていた。
「くぁ~~~! ようやく着きましたの!?」
「そのようです。かれこれ二か月近くかかりました、疲労が溜まるのも当然でしょう」
個室の中で腕をぐっと伸ばすオディールに、セバスが答えを返す。
セバスは窓の掛け布を少し横に除けて、御者が代表して門番に証書を示しているのを確認した。
数分もすれば一行は承認され、帝国首都の更に中央、皇居の周辺である中心街に案内されることだろう。
「しかし──帝国首都も随分久しぶりですね。私達が子供の頃でしたから、もう十年近く前になりますか」
「ですわねぇ。あの頃はまだまだ子供でしたわ……あ、今も子供だろ、とか言うつもりじゃないですわよね?」
「おや、よくお判りですね」
「流石にわかりますわよ──動き出しましたわね」
軽口をたたき合う彼女たちは、十年ほど前にも同じ門で同じ掛け合いをしていた。
その時も、当時と同じく中心街に移動したのだが、何と途中でオディールは馬車を抜け出したのだ。
初めて見る世界有数の都市に目を煌めかせながら走り回るオディールを、セバスは追いかけ回したものだった。
ゆっくりと轍を付け始めた馬車の窓から、オディールは帝国都市の様子を観察する。
「──でも、変わりましたわね。昔に比べて小さく見えますわ」
「そうですね。互いに歳を取りました」
「あんまりそういう言い方しないでほしいんですけれど! 私まだまだ美少女ですからね!」
「いやぁ、はは」
「どういう笑いなんですのよっ!」
含みのある笑みを浮かべるセバスにオディールが追及する。
実際オディールとセバスはまだ成人年齢に到達してからそう経っておらず、まだギリギリなんとか美少女と呼べなくもない。
とはいえ、領主という肩書を持っているオディールが少女を自称するのは、聊か問題があるのだった。
「しかし、変わらないものもあります。相変わらず活気が凄いですね」
「万物通りのことですわね? たしかにそうですわねぇ、この辺りは交易の中心でもありますから。キルオ同盟の移送品も並んでいることでしょうね……ちょっ、うわ、見てセバス、あの串すっごい美味しそうですわよ!」
情勢に詳しそうな物言いをしたかと思えば、オディールは食欲に忠実にセバスの裾を掴んだ。
この世の全てが集まると名高き万物通りには、所狭しと露店が並び、旅の者や首都の民が物色している。
オディールはそうした露店の一つを目ざとく見つけ、よく言えば天真爛漫、悪く言えば傍若無人なその振る舞いを受け、セバスは個室の外に待機していた者を使いに行かせた。
数分後、二人の元に串が一本づつ届けられる。
「ひゃー! 涎が出てきますわ……」
「私の分は必要なかったのですが……」
「んー! おいひぃですわ……ほらセバス、貴方も食べなさい!」
毒見をさせることもなく、食欲に任せて串にかぶりついたオディールは、頬に手を当てて全身で美味を表現した。
とろけ落ちそうな顔をしながら、オディールはセバスにも食事を促す。
昼餉にも夕餉にも微妙な時間帯であるものの、セバスがそれを断る理由もなく、口を開いて彼は串にかぶりついた。
「これは……確かに美味いですね。肉汁が溢れますし、肉と香辛料の旨みが強烈に舌に刺さります」
「そう、それ! それが言いたかったのですわ」
「まあ、そういうことにしておきます。食べ終えたらまた出発しましょう」
串料理ということで、揺れによって刺さるのを防ぐために馬車は停泊している。
道の真ん中で止まる形になってしまっているが、万物通りではそれは珍しいことではなく、馬車の一台や二台程度止まっても通行に差し支えない道幅をしている。
多少物珍しそうに眺める通行人はいるものの、そうした人々は大抵は旅人であり、首都に暮らすものや通いの商人は一馬車をわざわざ気にしたりしない。
「ん、はぐ……ふう、御馳走様でしたわ。もう走らせて構いませんわよ」
「では、そのように」
食べ終えたオディールに促され、馬車は再び走り出す。
万物通りは四つある門から中央街に向かって伸びているが、万物通りからは葉の脈のように幾つも路地が生えている。
万物通りを移動しようとすれば、当然そこにも目が行く。
オディールも例外ではなく、目に留まった路地の光景をぽつりと呟いた。
「あの方々は……」
「路地裏の方々ですか? ……お嬢様もご存じの筈。ブルーネンにもあった地下街のようなものでしょう」
セバスは気を利かせたのか、直接『下層民』という単語は出さなかった。
外見に通常の人間種とは異なる特徴を持ち迫害されている亜人種たち、冒険者稼業などで身体を欠損して働き口を失った者たち、賭博や酒にのめり込み身を持ち崩した者たち。
そうした、所謂日差しの下を歩けないような者たちが集ってその日暮らしの拠点としているのが、帝国首都においては万物通り周辺の路地裏なのだった。
「ウチは少しづつ治安改善が進んできましたけれど、なんだかんだまだまだ壁は多いですしねぇ……学校の設立もまだ完全とは行きませんし」
「仕方ないところはあるでしょう。人々を変えるには生活を変えねばならず、生活を変えるには社会に手を入れねばなりません。そして社会を変えるには人々を変えなければならず──」
「堂々巡り、というわけですわね。身近な所から徐々に変革をしていかなければ……先生にも教わりましたもの」
頬杖を突き、いつになく真面目な顔でオディールは呟いた。
彼女の領主としての仕事は着々と進んでいるが、その全てが順風満帆という訳ではない。
逸れ者の里の組み込みなどを通じて偏見は減りつつあるものの、既得権益集団を運営に利用しているため、経済的な格差は中々解消できていない。
経済的な格差が残る以上、学校教育を受けられるのは一部の有力者たちの子供に限られていて、格差が再生産されてしまっているのが現状だった。
「……しかし、取り組み続けることに意味はあるでしょう。お嬢様が目指す美しい世界とは、そのようなものの筈です」
「ま、それはそうですわね。ついでに実績作りができれば、皇室に近付くこともできるでしょうし!」
元気を取り戻したオディールだが、それが空元気であることはセバスの目には明らかだった。
一歩一歩、着実に進めていくことは重要であり、オディールは計画の為に根回しもきちんと行っている。
今日これからも、帝国議会に向けた根回しをする予定が入っているのだった。
<***>
帝国首都中央街:迎賓館
夕方、陽が沈み始め、空が橙色に染まるころ。
心地よい潮風に吹かれる帝国首都の中央街に聳え立つ巨大な建築物は、各地から集った来賓たちが宿泊するための施設。
ただの宿泊施設だけではなく、温泉や一流の食事処、時期によっては砂浜での休暇を楽しめるような施設も整えられる、帝国でも有数の宿泊所だった。
「さて。入館受付は……」
「あちらの昇降機を降りてから、廊下を進み左に曲がった所です。お供しましょう」
「ええ、頼みますわ。何しろ幼いころの記憶ですもの、いまいち全体像が把握し切れていなくって」
宿屋に到着してから、自室で豪華なドレスへと着替えて髪を結い直したオディールが、廊下を進む。
傍らに控えるセバスは普段と変わらない恰好をしているが、それは普段から主の前では正装を崩していないことの証だった。
オディールは何基も並ぶ昇降機の中から開いているものを選び、するりと中へと足を踏み入れた。
「何回へ御用でしょうか?」
「入館受付の……三階にお願いしますわ」
「畏まりました」
昇降機の内側には男性従業員が控えており、操作盤で昇降機を制御する役目を負っている。
オディールは昇降機の内側に貼ってある階層説明を見ながら指示を出し、セバスも続いて昇降機へと滑り込む。
迎賓館の受付は三階にあるのだが、それは即ち入り口もまた三階にあることを示している。
階段や坂を使ってやや高いところから入館するのが迎賓館への入り方であり、一階には非常口が備えられているのだった。
「お待たせいたしました、三階への到着で御座います」
「ありがとう」
「失礼いたします」
オディールとセバスは少しだけ礼を告げ、昇降機を出て廊下を進む。
二人の靴裏と廊下の石材が軽やかな音を立てつつ、やがて入館受付に到着した。
そこには少々広めの空間が広がっており、迎賓館にやってきたばかりの客人をもてなすための最低限の設備が整っていた。
「さて……そろそろ入ってくる頃合いかと思うのですが……」
「そのようですね」
待ち人の到着を待つオディールと、その待ち人がやってきたことを窓の向こうに捉えたセバスが呟いた。
斯くして入り口の扉が従業員によって開かれ、夕方の日差しを受けて黒い影に顔を覆われた貴族が、迎賓館に入ってきた。
「ありがとう。ボクらの荷物は先に運んでくれるかい? 先生から聞かされているんだ、入館受付で時間を取られることになるだろう、ってね」
「かしこまりました」
従業員たちが恭しく荷物を預かり、一行の荷物持ち担当と共に昇降機へと向かっていった。
一行の先頭、即ち集団の代表である男が、襟を直しつつオディールのところへ向かってくる。
「さて。オディール、久しぶりだね?」
「ええ、ピエール──いえ、ゴドレーシ領主。数か月ぶりでしょうか? この数か月、色々なことがありましたが……まあ、互いに水に流しましょう」
「はは、キミの台詞かい、それ。あと、今まで通りピエールで構わないよ」
軽口をたたき合う二人だが、そこには以前ほどの和やかな空気はない。
オディールは元からピエールのことを嫌っているが、これまでのピエールならばそれに対して親愛を含めた揶揄いで返していたところだ。
勿論馬鹿にすることは多々あるが、それも互いへの信頼があるという前提の上での話。
今のピエールが引いている一線に、オディールとセバスは気付いていた。
だが、オディールは敢えてそれに触れることはなく、続きを話し出す。
「先日送ったお手紙、読んでいただけました?」
「ああ、もちろん。これからその話をするって訳かい?」
「そういうことになりますわね。ただ、場所をどうするか……」
これからオディールは、ピエールに前もって取り付けておいた『帝国議会での協調』について詰めるために話し合いの席を設けようとしていた。
だが、そこには聊かの問題が付きまとう。
ここは迎賓館であり、政治的・経済的な影響力を持つ錚々たる顔ぶれが揃っている。
誰か一人に、何方かが何方かの部屋へと入っていく姿を見られてしまっては、協調を怪しまれるばかりか、あらぬ噂が立ってしまう。
「そうだね、では……後々贈り物を届けよう。ボクも着替えをしてくるから、キミも一度部屋まで戻って腰を落ち着けているといい」
「何か考えがありますのね?」
「ああ。ただ、口に出してしまうと効果が薄いものでね。キミ自身が直接確認してほしいのさ」
そこでピエールは会話を切り上げて、ひらひらと肩の上で手を振りながら昇降機へと向かっていった。
その姿を見送ったオディールは、少し考え事をする、とセバスに言いつけ、入り口近くのカウンターにグラスを取りに向かった。
ブルーネン製の硝子のグラスが置いてあることに嬉しさを覚えると同時に、当時のブルーネン定例会議で出た話題を思い出す。
一人用の椅子に座って、酒精の入った飲み物を喉に滑らせる。
程よい酸味と甘みが舌の上で踊り、柔らかな酩酊感が少しオディールの脳を、水の上に揺蕩うような感覚にさせる。
「……試作型兵器……ピエール……ゴドレーシ領……」




