第九一話 夏の訪れですわ!
ブルーネン:領主屋敷
帝国には四季がある。
麗らかな日差し、比較的過ごしやすい温暖な気候であった数か月前とは異なり、現在は一年のうち最も暑い時期に差し掛かっている。
領主屋敷で開かれる定例会議の飲み物にも、贅沢に氷が使われていた。
「──では、本日の会議はここまで。それぞれ戻って、各自の組合や協会、村や里の皆様に報告のほどよろしくお願いいたしますわ」
定例会議はその名前の通り定期的に開かれる会議であり、参加する顔ぶれが変わることはあまりない。
発足当時から変わったことと言えば、逸れ者の里から代表として使節が送られるようになったこと。
もちろん逸れ者の里に限らず、ブルーネン領内で魔術や武器を駆使して自治をしていた村落からは、全て使節を招集している。
逸れ者の里での一件で他の村落の信頼を集めたオディール領主が頼み込み、ようやくブルーネン領内の自治組織の大半を議会に組み込むことに成功したのだった。
「……ふん」
錬金術協会の協会長の魔人、アイゼン・シュタイナーは自分の前に置かれた硝子製の杯の飲み口を指でなぞる。
中身はあまり減っていないが、冷やされた液体と空気の温度差によって、硝子の表面に水滴がついている。
その様子を横目で見ていたオディールが、アイゼンに声を掛けた。
「シュタイナー様、どうしました?」
「いや。見知った細工の丁度品だったものでな」
「ええ。ブルーネンが誇る細工組合の硝子部門が作ったものですわ。木製の杯でもよかったのですけれど、硝子の方が綺麗ですし、中身が見えて安心かと思った次第ですわ」
色々と理由を挙げたオディールだが、最も重要な観点は綺麗というところだった。
オディールにとって『美しい』とは何にもまして優先される事項であり、異物混入対策や地元産業振興などは副次的に発生したものに過ぎない。
だがアイゼン・シュタイナーは合理の魔人、意図しないものであったとしても、一つの行いに付随する幾つもの意図を感じ取る性質を持つ。
「悪くない施策だ。硝子の製造には錬金術協会も携わっている、我々に利益のある施策を打っていただけるのなら、貴公の下に集った意味もあるというもの」
「ですから、最初から貴方がたの為を考えての議会だとさんざ口にしていたでしょう? ようやく信用してくださいましたのね」
「仕事ぶりは、な。個人的には未だ好かんが」
「好かん、ってあんまり言わない方がいいと思いますわよ……?」
自分の普段の言葉遣いを棚に上げて、アイゼンの慇懃無礼な物言いに苦言を呈すオディール。
鉄の名を冠するだけあって何物にも染まらない強靭さを誇るアイゼンだが、オディールは実のところそれでいいと思っている。
自分自身、他人に扱われるのは嫌いなのだから、協力関係にあるくらいがちょうどいい。
続々と退出していくアイゼンを含む組合長や協会長たちを見送ったオディールが、一息を吐いた。
「ふぅ……今回も、ひとまず無事に終えましたわね」
「お疲れさまでした。本日は先日の軍備支援の報告が来た件の共有と、新たな公共事業の提案でしたね」
オディールが自分が座っていた椅子に再び座りなおして背もたれに体重を預けると、すぐさまセバスがやってきた。
盆に載せた硝子の杯を差し出し、肩を揉む。
「あ゛~~~……」
令嬢が出してはいけない声を漏らしながら、オディールは肩揉みを甘受する。
しばらくそうしていると、セバスの方から肩揉みを切り上げた。
オディールは一つ深呼吸をすると、机の上に置いておいた書類の束を持ち上げた。
「軍備支援の報告ですが、かなりの好感触でしたわね。軍需物資と言っても攻撃一辺倒では芸がない、と教えて頂いた成果が出ましたわ」
書類の一番上は、帝国首都から送られてきた報告書を転写したもの。
オディールらブルーネン領は浄化魔法を込めた魔石や魔道具を送ったのだが、それがかなり好評を博していた。
「予めゲルドに聞き取り調査をしておいて正解でしたね」
「ええ。冒険者とはいえ、戦いの中に身を投じているのは確かですもの。あんな飲んだくれの意見も参考にして正解でしたわね」
ゲルドをこき下ろすオディールだが、彼女はゲルドが元帝国騎馬隊の出身であることを知らない。
かつてルーフェ領からブルーネンに来る際に野党に襲われたことがあったが、オディールはその時眠りこけており、ゲルドの活躍を見ていなかった。
ゲルドの経歴を察しているのはセバスだけで、今回の聞き取り調査もセバスが提案したものだった。
「戦いにおいて自分の振る舞いで命を落とすのはまだ納得できるが、知らないうちに逝っちまうのは理不尽だ……などと言っていましたね」
「ですわね。お父様──いえ、クソオヤジなんかは自分で戦争に行ってましたから。こういう裏方的な事情には明るくなかったのでしょう」
オディールが言う通り、彼女の父であるヘルムート・ルーフェは戦地に赴く勇猛な貴族としても知られている。
と言ってもヘルムートに限らず、帝国の貴族は基本的に国防のために戦地へ赴くことを求められる。
それもそのはず、貴族たちが領内経営の権利を得ているのは、帝国の頂点たる皇帝及びその家系に忠誠を誓っているからであり、国防という機会に貢献しなければ忠誠を示すことができない。
以前帝国首都から戦争貢献の要請が来たのは、そうした軍事力を持たない比較的零細な貴族も戦争へ動員するためなのだった。
「あのアイゼン・シュタイナーも今日は割と上機嫌でしたわねー、浄化魔法の魔石とか魔道具の加工には錬金術協会も一枚噛んでおりましたから──それよりも、問題はこっちですわね」
「こっち、と言いますと。付記されていたゴドレーシ領の方ですね」
後ろに立つセバスが、オディールの持つ紙束を覗きながら呟いた。
今回帝国首都から寄越された報告書は戦争貢献をした貴族すべてに同じ文言で送られており、当然他の領がどのような評価を得たかも記載されている。
「とはいえ、記載はあくまでも試作兵器としかありません。具体的に何を送りつけたのかは不明ですね」
「ま、それはこちらも同様ですわ。ブルーネン領も魔石や魔道具としか書いていませんもの」
「私の推測では、以前送り付けた猛狒の魔物を活用した新型兵器でしょう。以前掴んでいた計画が動き出しているとみるべきですね」
セバスが、自分の持ち得る情報で出来る推理を行う。
オディールも、それは間違っていないと考える。
試作兵器という字面からすれば、通常の貴族ならまず象牙の塔で作られたものだと推測するだろう。
「象牙の塔は基本的に自分たちの興味のままに研究を重ねるだけの集団ですわ。戦争協力なんかに積極的とは思えませんもの」
オディールが付け加えた通り、象牙の塔が今まで魔王軍との戦争に介入したことはない。
魔術・魔導の頂に至るためには人間も魔族も大した違いではなく、器の違いでしかない、というのが象牙の塔の見解であると、オディールは老爺から聞かされていた。
「どういう兵器かは……この際気にしても仕方ありませんわね。何となくの姿は推測できますけれど」
「二足歩行の人間に近い姿になっているでしょうね、猛狒の魔物を参考にしたのなら」
「問題なのは、戦争貢献でゴドレーシが顔を出してきたことですわ。元々あの辺りは林業が中心のはず、それが何故、兵器などという工業にいきなり舵を切ったのか……」
商人組合であるキルオ同盟の一員としての知識から、オディールは訝しんだ。
ここ数か月の品物の帳簿を見返してみても、魔道具の輸出はおろか、素材になる金属の輸入履歴もない。
技術的な問題は象牙の塔が解決していたとしても、いくら何でも工業化の進展が早すぎる。
「悪いことが起きていなければいいのですけれど──ま、これもただの考え過ぎかもしれません、今は帝国中央会議に思考を向けるべきですわね」
「一月後に帝国首都で行われる会議ですね。高級貴族や大司教などの一部の人間のみ参加が許される、帝国の頂点とも呼べる会合です」
帝国中央会議は、セバスの言うように、帝国で公に行われている会議の中で最も規模の大きなものである。
議題は課税の承認や教会規則の改善、一部の官僚の認可など実にさまざまであるが、今回はその中でもひときわ過激なモノ。
「今回の議題は、『魔王軍との戦争における新たな施策について』、でしたわね」
「よく覚えていらっしゃいますね」
「当り前でしょう?
こんなの、どう考えたって『龍脈型魔法陣』の実現の絶好の機会ですわよ!
気合も入るってもんですわ!」
自分の右腕で力こぶを作り、左手でこぶを抑える仕草を取るオディール。
ブルーネンにオディールら一行が訪れた際に見つけた計画書、それが『龍脈型魔法陣』の設計書だった。
帝国全土をまたにかけたこの計画を実現し、高い成果を挙げることができたなら。
「くふふ……私の頂点の座も、秒読みですわね……」
「お嬢様。途轍もなく悪い顔になっています」
2025/01/25 22:30追記
パソコンのキーボードが一時使えなくなる不具合に見舞われたため、次回の更新少し遅れそうです、すみません。
現在は復旧済みなので、今後の更新には差支えないと思われます。




