第八五話 覚醒ですわ!
遅れまして申し訳ありませんーー!
逸れ者の里:近郊の森
オディールの知識を授かり、セバスとエルデが再び魔物と対峙する。
彼ら二人は、此度の戦いがそう長くは続かないことを悟りつつある。
自分たちの体力が尽きかけているのも理由の一つだが、魔物の側の動きが徐々に鈍くなっているのも理由である。
「おらおらァ! 種は割れてんだ、もう怖いもんないでよ!」
「UBOO!! BOーー!!」
出し惜しみはない、と言わんばかりに剛腕を振るい、エルデは猛狒の魔物に打撃を加えていく。
魔物も防戦一方というわけではなく、尖った結晶を活かしてエルデの緑色の肌に食い込ませる。
しかし、それこそがエルデの狙い。
「ははッ、釣られたな!」
「UBO!?」
自分目掛けて突き立てられた丸太のような右前脚の結晶を、エルデが肘と膝で叩き割った。
それまでの格闘戦で少しずつ衝撃を与えられ続けていた結晶は、エルデの肘と膝がぶつけられた箇所で綺麗に二つに割れる。
怯んだ猛狒の魔物が後ずさった隙に、エルデは落ちた結晶を拾い上げ、切っ先を魔物の腕に切りつけた。
「UBOOーー!?」
「やっぱりな! オマエの腕から生えてる結晶なんだ、オマエの肌を貫けなきゃあ、おかしいってもんでよ!」
猛狒の腕からは、魔力に中てられた魔物に特有の血液である、紫に近い色の液体が流れ出した。
結晶が折られて痛みを感じるということは、結晶は魔物の内部にまで繋がっているということ。
魔力に中てられた結果結晶が生えてきたのなら、結晶には元々の魔物の肌を貫くための硬度がなければおかしい、とエルデは踏んでいたのだった。
「UBO、BO」
「逃がすか、ってんでよ!」
このままでは一方的に傷つけられてしまうと悟った猛狒が、血液が滴る腕をもう片方の手で押さえながらエルデから距離を取ろうとする。
そして、その隙を見逃す、セバスではない。
「……そこです!」
「UBOO!? BOOHOO!」
草葉の陰に隠れて気を窺っていたセバスが、姿勢を低くして魔物の懐へと飛び込んだ。
次の瞬間、傷を庇って動き安定感を失っていた猛狒の魔物が、盛大にその場ですっ転んだ。
エルデも何が起きたのか分からなかったが、セバスが飛び出してきた方向に薄っすら緑と茶色の線が見えることですべてを察した。
「なるほど、罠を」
エルデが応援に駆け付けて魔物との直接戦闘から解放されたセバスは、その時からすぐに罠の作成に着手していた。
殆ど丸腰に近い状態で格闘戦を演じていたセバスがその場で用意できる罠と言えば、森に垂れる蔦をより合わせて強度を確保した縄くらいのもの。
それを途方もない強度と長さで実現したのは、ひとえにセバスの能力の高さを示している。
一端を木の幹に縛り付けておいたセバスは、もう一端を魔物の右後ろ脚にきつく縛り付ける。
「今です、結晶を! 猛狒の筋力を考えれば、結んである木が折れても不思議ではありません!」
「応ともよ!」
セバスが声を掛けるまでもなく魔物に接近していたエルデが、大きく振りかぶっていた右拳を、魔物の左前脚の結晶に叩き付けた。
事前に衝撃を与えられていなかった左前脚の結晶だが、エルデの右拳には拾っていた結晶が握りこめられていた。
エルデの力と結晶の硬度は、同じ硬度を持つ左前脚から生える結晶を粉砕させた。
「UBOOーー! OOHOOOーー!」
痛みに顔を歪ませた猛狒の魔物が、その場で暴れ回る。
作戦も何もないただの暴力を、この疲弊した身体では捌ききれないと判断したエルデが飛び退る。
体術には覚えのあるセバスが奇襲を掛けに接近するも、猛狒の魔物の肌はセバスの筋力では傷をつけられなかった。
「くっ、位置が悪い……っ」
なんとか掌底や回し蹴りで結晶を叩き割ろうと試みるセバスだが、倒れ込んでいる猛狒の魔物に有効打を与える手段がない。
彼の扱う体術の基本は低い重心と全身を発条のようにして力を効率よく伝達すること。
よってセバスが全身全霊の攻撃を叩きこむには、一定の高さに的がなければならない。
加えて、仰向けに倒れ込んだ魔物の背中の結晶には物理的に手が届かず、腕に多い大きな結晶は、腕自体を乱暴に動かされているため碌に狙いを定められない。
「UBOO」
現状、これ以上粘っても自分に出来ることはない、と踏んだセバスがその場から距離を取った。
その瞬間、暴れてじたばたしていた魔物の動きがピタリと止まる。
「何をしようと……?」
「UBOO」
ピタリと動きを止めた猛狒の魔物は、静かに胸を叩き始める。
これまでの獰猛なそれとは異なり、自らを鼓舞するような、何者かに操られているような動き。
オディールから、魔物がドラミングを始めた時が隙だと教えられていたセバスがすぐさま魔物の動きを封じようと動き出すが、隣に立つエルデが腕を伸ばしてそれを制止する。
「嫌な予感がするでよ」
訝しむセバスの隣、持ち前の呪いが宿主のエルデに警戒を最大限に伝える。
エルデの予感は的中し、猛狒の魔物は全身に力を漲らせてその場に立ち上がる。
脚に縛り付けられた蔦の縄を力任せに引きちぎった魔物の目は、元々虚ろだったものの、一際生気を感じにくくなっている。
「まずいな」
巡回狩人として逸れ者の里周辺の森を見回りし続けて来たエルデが、直感で呟く。
その刹那、魔物の結晶が折れた傷跡から、紫色の魔力が噴出する。
妖しく立つその姿は、まるで腕翼を広げた竜種が二足歩行しているかのよう。
「何が」
何が起きたのか、とセバスがエルデに聞こうとしたとき、セバスは既にその場から吹き飛ばされていた。
既に殴った後の姿勢を取る魔物が、エルデのすぐ隣、セバスがつい先ほどまで立っていた場所に佇んでいる。
「──まじかよ」
ぽつりと呟いたエルデだが、次は自分の番、ということはすぐに理解できた。
だが、それでも。
数秒後には再起不能にさせられるとしても、最後まで呪いの短剣を突き立てることを諦めずに手を伸ばすエルデの心意気を、神が買ったのだろうか。
エルデの後方で、かすかに、しかし確かに小さく落ち葉を踏みしめる音が鳴る。
「UBO──」
「らあッ!」
猛狒の魔物だった怪物は、飛躍的に向上した聴覚が拾ってきた情報を処理するために、ピタリと握り拳を止めた。
顔面の寸前で拳が静止した瞬間、エルデは迷いなく腰の短剣を引き抜いて、魔物の魔力噴出孔──さっきまで結晶が生えていた場所に思いきり突き立てた。
毛皮よりもずっと柔らかい肉質に届いた刃から、呪いが瞬時に魔物の全身へと伝播する。
「UBOOーー! HO、BOOHOO、HO……」
胸をかきむしるように暴れ苦しみ、突如として溢れ出す凶暴性を抑え込めない魔物が、口を大きく開いて声にならない叫びを漏らす。
しかしそれも数秒、呪いの効き目は凄まじく、のたうち回った魔物はその場にうつぶせに倒れ伏すのだった。
完全に動きが止まったのを見計らい、エルデは短剣を引き抜いて軽く止血処理をする。
「ふう……」
「どうやら、上手くいったようですわね」
エルデの背後、先程落ち葉を踏む音が聞こえた方角から、清らかな女性の声が聞こえてくる。
ここ数日で聞き慣れた声、黄金色の滑らかで豊かな髪を手で梳く、優美でありながら生意気な空気の令嬢の声がする。
「──ロト」
「お疲れ様ですわ、エルデ。最後の最後、拙いと思って姿を現しました。貴方ならきっとやってくれると信じていましたわ」
「随分と、高く買ってくれてんだな──それにしても」
節々が痛む身体を擦りながら、エルデは此方に向かって歩いて来るオディールと言葉を交わす。
最後の最後、魔物が魔力を噴出させて姿を変貌させていたことを思い出し、エルデは眼下のうつ伏せになった魔物を見ながら呟いた。
「途端に凶暴になりやがってよ……セバスも吹っ飛ばされちまったし」
「セバスなら無事ですわ。受け身には慣れていますもの──それよりも、その魔物のことですが」
側近の安否を『それより』と言って済ませ、オディールはしゃがみ込んで魔物の姿を観察する。
「魔力に中てられた魔物がこうなる、という話は先生より聞いていましたが──私にまで反応するなんて……やはりこの魔物は……」
「なんか知ってんのか?」
「ええ。魔力に中てられた魔物は常に体内に過剰に魔力を溜め込んでいる状態ですわ。細かな原理までは分かっていませんが、過剰な魔力が魔力生成器官を侵食した結果、身体に馴染まない魔力で暴走することがある、と」
変貌した猛狒の魔物を見ながら、オディールが説明した。
以前、老爺が講師をしていた魔物生態学の講義において、大変危険な状態にある魔物の一例として取り上げられたのが、魔力に中てられた魔物だった。
そもそも魔力に中てられるとは、とある個体が自力で生成していない魔力を大量に抱え込み、外見や体調に不調をきたす症状のことを指す。
中にはそれを共生関係のように利用している魔物もいるが、多くの魔物は突然の変化に振り回されて命を落としてしまう。
「ふぅん、なるほどねえ……」
エルデが納得したように呟く傍ら、オディールは当時の老爺から教えられた授業内容を思い出していた。
魔力を得て変貌するという点を踏まえれば、魔力に中てられるとは、通常の生物から魔物への進化に必要な過程なのではないか、という説がある。
帝国が存在し始める以前の記録が全くと言っていいほど残っていない帝国歴史学において、魔物と生物、人間と亜人・魔人の線引きは常に学者の中で議論の対象となって来ていたのだ。
そしてもし、この過程に対する仮定が正しいのであれば、魔力に中てられた魔物が暴走したとき、それを乗り越えることができたのならば……?
「お嬢、様」
「! あらセバス、遅かったですわね」
「──ええ。御心配をおかけしました」
「馬鹿な事言うもんじゃありませんわよ全く。私がいつ貴方のことを心配しまして?」
目の前の現実から離れた思考をし始めていたオディールの脳を、疲れたセバスの声が引き戻す。
命を賭けた生存競争を生き抜いたとは思えない軽口をたたき合う二人の姿にすっかり気が抜けたエルデが、魔物を指さしながらオディールに聞いた。
「……で。此奴、どうするよ?」
「決まってますわよ。飼い慣らしますわ」
あの、遅れた分際で恐縮なのですが、皆様宜しければ私の処女作の方も見て頂けると嬉しいですー!
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