第七〇話 お手伝いですわ!
遅れ申した…………!
里の公民館から、人びとがぞろぞろと出ていく。
自分たちのやるべき仕事に戻っていく彼らの背中を見送った裁判官たちも、ロトやエルデを睨んだ後で部屋を後にした。
残ったのはロトとエルデ、バウムと里長の四人だった。
「里長、来てくれて助かったぜ」
「いいえぇ、気にしないで。わたしはバウムちゃんが呼びに来てくれたから飛び出て来ただけだもの──あぁ、でも嘘は言ってないからねぇ」
名前を出されたバウムが胸を張り、エルデがその頭をくしゃくしゃと撫でる。
「バウムも。ありがとな、あのままじゃ丸め込まれちまうところだったぜ」
「兄ちゃんなら大丈夫だと思うけどね。とにかく、ひとまず無事に話が済んだようで何よりさね」
安堵を漏らしたバウムがロトに近寄り、その腕を引っ張って立ち上がらせる。
「もう裁判は終わったのですか?」
「おうともよ。アンタの疑いが晴れたわけじゃあないが、今のところは好きに動いて大丈夫だ」
「そうですか。皆さまありがとうございます」
状況が分からないなりに感謝の言葉を述べたロトが、一同の顔を眺める。
そして、里長と目線を合わせたところでピタリとそれを止めた。
「里長。さっきの話ですけれど、本当なんですか?」
「さっきの、というと、悪いひとじゃない、ってところかい?」
震えながら、冷や汗を首筋に垂らすロトが頷く。
拳を握りしめ緊張している様子に、エルデは気付いていた。
里長はしわくちゃの暖かそうな手を合わせ、にっこり微笑みながら言葉を紡ぐ。
「えぇ、えぇ。わたしはそう聞いたもの。聞いた声を信じるだけよぉ」
「──そう、ですの」
未だ自分の足が地に着かないような不安定感はあるものの、ロトは拳を緩める。
失われた記憶の日々を過ごしていた過去の自分は、どうやら腐り切った人物ではなかったらしい。
それだけで、記憶を取り戻すことに対して積極的になる理由になる。
「ありがとう……それで、私はどうすればいいんですの?」
「まずはおでの仕事を手伝ってもらう。最低限やることやったら、後は好きにしていい」
「お兄ちゃん、そりゃあどうよ。うちの家事仕事の方が合ってんじゃないのかい?」
「そうか……どうする? 役に立ってくれさえすりゃあそれでいい」
当初は自分の仕事を手伝ってもらう予定だったエルデが、妹の提言を受けて考え直す。
選択を委ねられたロトは少し考えた後、結論を述べた。
「私は、エルデの仕事を手伝います。最初に助けて下さったのはエルデですから」
「そうか。なら着いてこい」
エルデは公会堂の出口へ足を向け、ロトも其方に着いていく。
二人の背中を見送ったバウムは、里長の車いすを押して里長の家に向かうのだった。
<***>
日差しが遮られる森の中、エルデとロトは草を掻き分けて歩いていた。
「いいか、そこら中に魔物がいると思え。おでの魔術で避けてはいるけど、いないとも限らねぇからな」
「え、えぇ。分かりましたわ」
元々着ていた服から、しっかりした造りの長袖に着替えたロトがエルデの後ろに付いて行く。
木の枝を掴み、岩に足をかけ、するすると前に進んでいくエルデに付いて行くので精一杯な彼女だが、無言で仕事に集中されるのも嫌だった。
全身を使って何とか岩を登りながら、話題を捻り出したロトがエルデに聞いた。
「エ、エルデは何時もこれを……?」
「ん? まあな。これくらいしか能がねぇしよ。出来ることやらねぇと、里にはいられねぇ」
無力感と諦めと恐怖が混ぜ込まれた声色で、エルデは言う。
答えているというよりも独り言に近く、エルデは自分の中にある感情を整理しているようだ。
逸れ者たちの里に居ながら疎外感を覚える彼は、手足をひたすら動かすことで考えることから逃げていた節がある。
「……ありがとな、アンタが言ってくれなきゃ、おでは一生籠の中のままだったぜ」
「そ、そうですの? まあ感謝は受け取っておきますわ」
自分に厳しい性格のエルデは、自分が何時の間にか逃げていたことに気付かせてくれたロトに礼を言った。
やや後方からそれを受け取ったロトの声が響き、エルデは先を急ぐ。
程なくして、四つ足を地面に埋められた、木製の小さな箱がある地点に辿り着いた。
「そうそう、これだ。これにおでの魔術を込めた魔石がしまい込んである。それに異常がないかどうか点検して回るのがおでの仕事だ。ほれ、アンタもこれ見て──」
そこで後ろを振り返ったエルデが、ロトの姿が何処にもないことに気が付いた。
慌てて彼女を探しに向かったエルデがロトを見つけたのは、先程問答を行った岩の近く。
岩登りに失敗したのだろうロトが、仰向けに倒れながら背負った荷物のせいで起き上がれずにじたばたしていた。
「あっ、エルデ! ようやく来てくれたんですね」
「……ロト、やっぱりおでの仕事は向いてね。今日の所はバウムのとこ行け」
<***>
すごすごと帰ってきたロトを迎えたバウムが、家事をこなす。
箒やはたきで埃を動かし、塵取りでそれらをひとまとめにして屑籠に入れる。
基本的に中腰で作業していたバウムが上体を反らし、腰に手を当てて伸びをした。
「んんッ……あぁ。ロト、そっちはどうだい?」
「えぇー……上々ですわー……」
廊下を右へ左へ、雑巾がけをするロトの声があっちへ行ったりこっちへ行ったり。
足音を響かせながら四つん這いで走るロトを頼もしく思いながら、バウムは自分の腰を握り拳で軽く叩く。
「ふぅ、ロトもきつくなったら休みなよ。身体壊しちゃあ元も子もないからねぇ」
「そうしますわぁー……」
塵取りを片付け、洗い物を済ませようと台所へ向かうバウムの背中に、ロトの声がかかる。
「お二人はぁー……いつ頃ここにぃー?……」
「んー? いつ頃かねぇ……」
魔石に手を翳して水を流しながら、バウムが考える。
皿を水に浸して汚れを浮かせ、洗剤を染み込ませた布切れで拭う。
「お兄ちゃんが呪いに目覚めてから一年も経ってないからねぇ──かれこれ十年以上は前だねぇ」
「呪いぃー……?」
「そうさね。この里はそういう人の集まり……どっかしらに『普通じゃない』ところがある逸れ者たちの里……って。ごめんねこんな話。忘れて忘れて」
気まずくなったバウムが振り返ってロトに言うが、美しい金髪がたなびく姿は見当たらない。
不安になったバウムがロトを探しに廊下を見回すと、奥の方で横になっていた。
「きゅう~……」
「あちゃ~……」
どうやら壁に頭を打ったらしく、目を回していた。
バウムは洗い物を中断し、ロトの介抱をするのだった。
<***>
目を覚ましたロトは、里長の家にやってきていた。
身体を使って働くのは向いてないと判断されたロトは、身体の自由が利かない里長の為に身の回りの世話をする役目を果たすことにしたのだ。
「すまないねぇ。こうなるとなかなか、一人で生きるのは大変で……」
「いいんですのよ、これくらい。お世話になったんですもの。これからもお世話になるんですから、手伝わせてもらうのは当たり前ですわ」
車いすを押したり、お茶を淹れたり、汗を拭くための布を渡したり。
ロトは文句ひとつ言わずに作業していたが、彼女は自分がなぜこれほどまでに円滑に動けるのか疑問に思っていた。
どれもこれも、人の世話をするなんてことは初めてだったのに、傍で見てきたかのように自然に行える。
「里長さんは、どうして里長になったんですの?」
「う~ん……いつだったかねぇ、わたしたちはさ、どこか変な人の集まりでねぇ。そんな中で声が聴けたもんだから、担がれちゃって」
「声、ですの」
「そうさねぇ。不思議な声を聞けるのはいつものことなんだけど。みんな傷付いてたから、わたしなんかの言葉一つも重かったんじゃないねぇ……」
しみじみと語る里長。
火傷の跡では覆い隠せない人徳と知性と親しみやすさが、その表情から溢れ出ていた。
「ロトさんも、気が済むまでこの村に居ていいからねぇ」
「えぇ。助かりますわ」
里長の散歩の為に車いすを押すロトが言う。
後ろを振り返ってそんな彼女を見た里長が、少し考えて口を開いた。
「ねぇ、ロトさん。あなた、もしかして遊びたいのかしら」
「え? い、いえ、そんなわけが」
「聞こえるの。あなたはとっても優しいひとだけれど、誰かの世話をしたり汗水流して働くのには向いてない……って」
「それは──」
自分自身も感じ取っていた性質を指摘され、ロトはたじろぐ。
相手が里長というのも大きい、里の皆に慕われるほどの人格者に見抜かれてしまっては、自己弁護して働き続けることも出来ない。
周りの目を気にして本心を吐露出来ないロトに、最後の一押しが加わる。
「ねえ、ロトさん。ロトさんもこの森に親しんでくれないかしら」
「森に……?」
「森は全てを見ているわ。きっとあなたの記憶を取り戻す手助けもしてくれる──お年寄りの意見は聞くものよ」
いたずらっぽく微笑まれては、ロトから返せる言葉は何もなかった。




