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第四一話 公務ですわ!

 オディールらがブルーネン城主の屋敷に来てから数日、オディールは既に職務を任されつつあった。

 副城主の仕事を請け負うこととなったオディールだが、実のところやっていることといえば城主の代行である。

 各種手続きの承認や予算配分、その他諸々の報告書への押印などが主な仕事となる。

 ブルーネンは経済都市としての側面が強いため、各商店からの申請書や納税報告書などが毎年山のようにやってくる。

 先日の市もまた、そうした山を作る催しの一つであった。


「全ッ然終わりませんわ……こんなものどうやって片付けてるんですの……」


 午前中ぶっ続けで書類と格闘していたオディールだが、未だ片付いた分の山は未処理の山の三分の一にも満たない。

 先行きを思った彼女はやる気をなくし、思い切って休憩の時間とした。

 幸い今は昼食の時間でもあるので、口実としては持ってこいだ。


「ふぅ……」

「副城主様、何方へ?」

「休憩ですわ。ついでに昼食も済ませてきます」

「畏まりました」


 彼女は重苦しい扉を開いて、扉の傍で待機していた侍女に道行を告げる。

 先日ヘルツと長話をして帰るのが遅くなっていたためか、オディールに対する監視の目はやや厳しくなっている。

 逃げ出す気は毛頭ない彼女にとってそれはどうでもよいのだが、一つの部屋に縛り付けられる窮屈さにだけは耐えられない。


「ふぅ……二人を探しますか」


 セバスとマギーラは、副城主となったオディールとは異なる仕事を任されている。

 執事としての経歴が長いセバスは、その経験を買われて屋敷の中では数少ない男性の侍従として働いている。

 マギーラは屋敷の中で働くにあたって特筆すべき特技を持っているわけではない為、今は厨房にて皿洗いを手伝っている。

 なら、まずはセバスを探すのが先決であろうと考えて、彼女は幼馴染の執事を探しにかかる。


「セバス、セバス……っと。それにしても、宿屋を経験した後だと広く感じますわねぇ」


 彼女の実家ほどではないにせよ、城主の屋敷はブルーネンという経済都市の屋敷だけあって、それなりの広さがある。

 彼女は、そこそこ大きな部屋がまあまあの数存在し、悪くない広さの庭園を中庭に抱えている、という評価を下していた。

 故に、それなりに大変な仕事になるだろう、と踏んでいたのだが。


「……おや?」


 案外探し人は直ぐに見つかった。

 今朝がた掃除という本日の業務内容を聞かされていたオディールは、箒や取っ手付きの桶を抱えた使用人たちと擦れ違った際、彼等の往来の方向とは異なる廊下へ進んだ。

 区域を分けて担当しているのであれば、必然的にセバスがいる区域には誰も向かわないし、その区域からは誰も出てこないからだ。

 結果、セバスを見つけたのは大広間からほど近い主要な廊下であった。

 洗剤を混ぜた水の入った桶に、縮れた紐が先端に沢山取り付けられた棒を浸して、軽く水気を落としてから床を拭いている。


「こんなところに居たんですのね」

「お嬢様。はい、本日の私の担当は此処でしたので。お嬢様はご休憩ですか?」

「えぇ。文字通り業務の山を、三分の一ほど片付けて。昼食も兼ねて休憩を取ろうと」

「昼食……あぁ、もうそんな時間ですか」


 つい時間を忘れて熱中していたセバスが、かつてルーフェ家で働いていた時に記念に貰った懐中時計を懐から取り出す。

 その針は確かに頂点近くを指していて、今更ながら彼は日が高くなっていることに気が付いた。

 不思議そうな顔で、オディールが清掃という肉体労働に従事していたセバスを覗き見る。


「随分と満ち足りてますのね」

「──お嬢様の目は誤魔化せませんね。正直なところ、冒険者の真似事や日銭稼ぎより、こういった職務の方が私には合っているようで」

「……そう」


 爽やかな表情のセバスを見つめるオディールの心境は、悔しさと嬉しさが綯い交ぜになった複雑なモノだった。

 自分に着いて来させてしまったせいで本分から離れさせてしまい、今天職に戻れているとは言っても自分の指示の下でそれを行っているわけではない。

 自分以外の誰かの命令を聞くセバスの姿を直視するのは、疲労で精神が擦り減りつつあるオディールには辛かった。

 ただ、セバスが幸福な雰囲気を醸し出しているのは紛れもない事実であり、そのことを喜べないほど彼女も落ちぶれてはいない。


「ま、とにかく貴方も休憩しませんこと? 活き活きするのは結構ですが、それで身体を壊しては元も子もありませんわ」

「そうですね、お嬢様の仰る通りです。昼食を頂きましょうか……と、この辺りの清掃は完了してまして。此方を片付けてまいりますので、お嬢様はお先に向かっていてください」

「何言ってますのよ水臭い! だいたい私は私で身体動かせなくて鬱屈してるんですの、ちょっとくらい荷物を分けてくださいまし」


 言うが早いか、オディールは正装のまま桶の取っ手を掴んで持ち上げた。

 縮れた紐の棒を持ったセバスには拒否権はない、とばかりに彼女は振る舞う。


「さ、それじゃ行きますわよ。用具入れは何処ですの?」

「──敵いませんね。付いて来てください、ご案内致します……あぁ、桶の中身は捨てないといけませんね、先に其方を済ませてしまいましょうか」


 主に荷物持ちなどさせては従者の沽券に関わる、副城主に清掃などという雑用の手伝いをさせては規律が乱れる、など、止めるべき理由は幾つかあった。

 けれど、必要がない場面で彼が主の意向を断るなどという事態は存在しえない。

 ただし、想い人にあまり重荷を負わせたくない、という当然の心理もまた有しているのが、彼の面倒な所である。


「そっちですのね? よい、しょっと」

「やはり自分が其方を持ちましょうか? 此方の方が重みは少ないかと」

「申し出は有難いですが、やはり此方を持ちますわ。多少身体を使わないと鈍って仕方ないですし、以前先生も身体を動かした方が頭も働きやすくなると仰っていたでしょう?」

「まあ、それはそうですね」


 適当な理由で提案を突き返されたが、セバスとてそれがオディールなりの気遣いであることくらいは察していた。

 主たるもの、肉体労働に従事していた従僕を労わないわけにはいかない、そしてそれはただの荷運びでも例外ではない……といったところだろうと彼は推測を立てる。

 率直に気遣いを嬉しく受け止めて、彼は用具入れに向かい歩き出した。


「あー……日差しが気持ちいいですわねぇ」

「そうですね、御館様の屋敷ほどではないにせよ、こちらの屋敷も悪くない造りです」


 廊下は石造り、天井は高く設計されており、半円状の天井に幾つも付けられた天窓からは陽の光が差し込んでいる。

 日光の煌めきが石に反射し、磨かれた壁面の調度品にも光を与え、庶民が一見すれば天上楽土への道だと思い込んでも不思議ではない。

 実際、初めて屋敷に入った際には、これから働く職場の観察を行っていた二人の傍らで、マギーラが目を輝かせていた。

 翻って、()()()()の景観に二人が必要以上に心揺さぶられることもなく、用具入れまでの道のりの間手持無沙汰になってしまう。


「暇ですわね……何か話のネタありませんこと?」

「話のネタ、ですか。あぁ、最近できたご友人とのお話に使われるので?」

「えぇ。ヘルツ様は理知的で柔和、非の打ち所のない淑女ですわね」

「なるほど、人は自分にないものを求めると言いますからね」

「そうなのですわ──ん?」


 ふと引っかかりを覚えたオディールだが、彼女からの追及を受ける前にセバスが口を開く。


「そうですね……話のタネ、と言えるかは分かりませんが、真偽が定かでない噂程度のものなら、侍女の方々の話題に挙がっていたのを小耳に挟みました」

「あら! そうそう、そういうのでいいんですのよ。私噂とか大好物ですわ!」

「お嬢様はお変わりありませんね。えぇと、私も直接聞いたわけではないのであまり詳しくは言えないのですが」


 セバスは棒を掴んでいない方の手で顎を触り、聴覚情報を再起させる。

 挙がって来た断片的な情報を整理し、適切な情報提供が出来るように頭の中で並べ替える。


「えー、数週間ほど前から、侍女が突然居なくなる、といった事件が何件か起きているようなのですが」

「事件ですって!?」

「そうなのです。ただ、これはあくまで真偽不明の話、実際は已むに已まれぬ事情で退職した可能性もあるでしょう。流行り病などが最たる例ですが」

「それはそうですが……何か怪しくありませんこと? そもそもこの屋敷、男性の従者が殆どおりませんわ」

「その点は私も不思議に感じています。今後調査を進める積りですが……」


 男性の従者がほぼいないため、セバスにとってはその方々に話を聞くのが最も自然になるのだが、生憎男性の従者は裏方の仕事を担当しているようでセバスと顔を合わせる機会がない。

 故に情報収集を見込めるのは大部分を占める女性の使用人だが、唐突に仲間入りしたセバスに対する彼女らの目は未だ冷たいところがある。

 信頼関係を築かなければ、まともに話も聞けないだろう。


「それは今は置いておいて、ここからが面白いところなのですが」

「あら、面白いところがあるの?」

「噂によれば、この屋敷には秘密の部屋があるそうで、そこに閉じ込められているのではないかとかなん──」


 その単語を耳にした瞬間、オディールの顔がセバスに近付けられる。

 息も感じられそうな距離で、オディールは興奮した様子を隠そうともしない。


「秘密の部屋!? ちょっ、その話を早くしてくださいまし!」

「食いつきが凄いですね、そこまで興味がおありで?」

「当たり前ですわ! 懐かしいですわねぇ秘密の部屋、昔屋敷を探検したときのことを思い出しますわ~」


 かつての日々を思い出し、彼女は遠い目をする。

 当然のように言うが、ルーフェ家にもまた秘密の部屋が存在した。

 夜の遊戯が行われる部屋、他所に漏れては拙い書物がある部屋、賊が侵入した際にルーフェ一族が逃げ込む部屋、等々。

 知られてはいけない部屋故に秘密なのだが、ルーフェ家のように公然の秘密と化してない場合を除いて、どうしても人のうわさは断てぬもの。


「で! その部屋の場所は分かりますの!?」

「いえ、そこまでは。ただ、人の声を聞いた、と何方かが言っていた場所ならば」

「行きますわよ!」

「──今からですか?」

「あったり前ですわ!」

女子()の栄養、噂話

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