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第四二話 秘密の部屋ですわ!

「ささ、早く行きますわよセバス! 秘密の部屋……探さずには居られません!」

「それは構いませんが。まずは此方の用具を片付けてからに致しましょう」

「むぅ、だったら早く案内してくださいまし!」


 何処までも身勝手な主の言い方に、それでこそ主だと微笑みながら、セバスは用具入れに向かう。

 その背中に付いて行ったオディールは、手に持っていた桶の中身を下水にぶちまけた。

 手を翳して魔術を起動し綺麗な水を出して、洗剤を混ぜた水を湛えていた桶を洗う。

 公務の途中で仕事を中断しているため、彼女はそれなりに整った服装をしているのだが、気が逸っているのか水に濡れるのを頓着する様子はない。


「──さ、終わりましたわ! 桶はこのあたりに干して置けばよいのですわね?」

「えぇ。その棚の、空いているところへ掛けておいてください」


 セバスはセバスで、縮れた縄が幾つもついた棒を干している。

 洗剤水を含ませて床を拭いていたその棒もまた濡れており、そのまま暗所へ保管してしまえば黴が生えたり腐ったりする危険があるからだ。

 縄とは反対側に取り付けられた紐を水平に提げられた棒に掛けたセバスは、振り返ってオディールに告げた。


「さて、それでは向かいましょう。と言っても、侍女の方々の話から推測した場所になるのですが」

「構いませんわよ、貴方ならきっと正しい場所を導けていることでしょう」

「その御信頼、痛み入ります」


 恭しく一礼した後、セバスは噂が立った地点を目指す。

 彼とてこの屋敷に入ってそう日数が経っておらず、未だ土地勘には疎いところがあるのだが、日ごろごく絞られた場所にしかいないオディールとは流石に比べ物にならない。

 十字路や丁字路、分かれ道などを迷いなく進み、程なくセバスは目的地に辿り着いた。


「到着いたしました。ここが噂の出所かと」

「ふむ……居なくなった女性がここにいるのではないか、という事ですね?」

「えぇ。先程はお伝えし忘れましたが、この付近で女性の叫び声が聞こえた、という噂が出回っているのです」

「なるほど」


 声が聞こえる、という情報を得たオディールは周辺を見回す。

 辿り着いたのは至って普通の客間であり、女性の叫び声が聞こえるといった曰く付きの部屋のようには感じられない。


「──う~む、あまり変なところはないように思いますが……」

「私もです。未だこの屋敷には不慣れ故、他の部屋との違いが分からないだけかもしれませんが」

「ま、とにかく色々と触ってみましょ──」

「何をしている?」


 意気揚々と室内を物色しようとしたオディールの背後に、突き刺すような声が掛かる。

 ここ数日聞いていなかった男の声だが、オディールがこの声を忘れるはずもない。

 かつて龍脈型魔法陣の案を却下されたときだけでなく、彼女が副城主と言う奇怪な役職に就く羽目になったときにも聞いた声色。


「貴様には書類整理を言いつけたはずだ。忘れたか?」

「い、いえ城主様、そのようなことは断じて御座いません。昼食休憩を取る前に、腹を空かせようと屋敷内を見学して回っていたのです。早く屋敷に慣れておきたいものですから」

「ふむ……貴様もか?」

「はい。指示されました区域の清掃が終了いたしましたので、私も休憩と見学を兼ねて随伴している次第で御座います」

「──」


 城主は、脂ぎった顔に窪んだ眼を動かし、オディールとセバスを交互に見遣る。

 こういった状況で堂々とした振る舞いを取れるのは、オディールと言う淑女が持つ一つの強みなのかもしれない。

 退く様子を見せないオディールに、城主が問い詰める。


「この客間はただの数ある客間の一つに過ぎん。書庫や大広間ならば兎も角、踏み入って検分する必要があるかね?」

「そうした細かな行いを欠いてしまっては、日ごろの職務にも悪影響がありましょう。これからお世話になる屋敷の隅々まで知りたいと思うのは禁忌でしょうか?」

「そうか。では何故他の客間でなくこの部屋を選んだのだ?」

「そんな、選んだ、等と。何の企ても御座いませんわ、ただ目に入った部屋に入っただけですの」


 答弁を重ねるオディールと城主だが、城主が彼女を解放する気配はない。

 このまま質問攻めにされていてはいずれぼ(・)ろ(・)が出ると考えたセバスは、思い切って口を開いた。


「恐れながら。城主様は何故この客間に? 城主様の仰る通り、このお部屋は至って普通のお部屋のように思われますが」

「──。ワシがワシの屋敷の何処に居ようと、ワシの勝手であろう」


 セバスを一瞥したときの城主の目線は、彼を射殺さんとするかのような鋭さを見せた。

 触れられたくない秘密があるのだろうか、と彼が詮索しようとした瞬間、状況の悪さを感じ取ったオディールが扉へ向けて歩き出した。


「それでは私(ワタクシ)達はこの辺りで失礼いたしますわ。城主様もお元気で。では行きますわよ、セバス」

「え、えぇ、はい」

「……」


 毅然とした態度で歩みを進めるオディールの後ろを、三歩程遅れてセバスが着いて行く。

 扉を通り廊下に出るとき、彼が振り向いた視線の先で、城主は顔を向けず眼だけで彼ら二人をねめつけていた。




<***>




 夕飯の後、その日の業務を全て終えた三人が一堂に会していた。

 屋敷に入ってすぐはセバスを除いて不慣れな仕事に疲れ切っていたが、近頃は徐々に要領を覚えつつあった。

 三人はブルーネン城主の屋敷に入った後でも、オディールの野望を叶えるための仲間として定期的に顔を合わせている。

 机の上に乗せられた杯をぶつけ合わせ、中の酒をオディールが呷(あお)る。


「んっ、んっ、んっく……ふぅ。二人とも、今日もお疲れさまでしたわ」

「はい。お嬢様は頭を使う仕事をなさっていたようですね。どうかゆっくりお休みください」

「お疲れ様だぁ。あたしはずっと水触ってたからぁ、手がふやけちまいそうだぁ」


 仕事の愚痴を漏らすマギーラだが、その表情は何処か爽やかな所がある。

 地下街での宿無し生活では発揮されなかったマギーラの奉仕精神が、オディールとの付き合いで芽生えている。

 屋敷に入った後も変わらず、自分が必要とされて職務を任されることに幸福を覚えているようだ。

 その様子を微笑ましく、何処か不安に感じながらオディールは切り出した。


「──ねぇマギーラ。貴女、秘密の部屋の噂、御存知?」

「秘密の部屋ぁ?」

「その様子だと知らないようですね。では軽く説明を」


 話の流れを円滑にするため、オディールが話題に出した内容をマギーラに解説するセバス。

 ちらほらと居なくなる侍女、叫びが聞こえる部屋。

 そしてその部屋に拘っているように見受けられる城主の態度という、昼に新たに手に入れられた情報を付け加える。


「ふぅん、そーいやそんな話、誰かがしてたよぉな、してなかったよぉな」

「なら、貴女は秘密の部屋については知らないのですね? 私達が調べに行った際には声など聞こえませんでしたし、真相は未だ闇の中ですわね」

「うぅん、部屋があるかどうかくらいは分かりそぉだけどなぁ」

「ですわよね……!?」


 またしても得る情報は無しか、と落胆しかけたオディールの耳に、衝撃の情報が滑り込む。

 酔いが醒めた身体で机に手をつき、杯の酒の水面が揺れた。

 驚いたマギーラがびくりと肩を震わせる。


「な、なんだぁオディール様ぁ?」

「貴女、秘密の部屋があるか分かるんですの!?」

「あぁ、その話かぁ? まぁ、分かるかも、ってくらいだけ」

「じゃあやってくださいまし!」

「お、おぉ……ちょっと待ってなぁ」


 懐から丸めた羊皮紙を取り出して、マギーラは説明する。


「前、魔王軍がやってきたことがあっただろぉ? あのとき、先生から教わったんだぁ」

「教わった、と言いますと?」

「こう、なんていうかぁ、空間を見る、というか」


 当時、老爺は杖の上方の空中に、光で魔法陣を描いていた。

 疑問を抱いたマギーラが老爺に質問を投げたところ、彼女の才能を見込んだ老爺が、空間認知と魔力感知の術を叩きこんだ。

 彼女の素養は凄まじく、魔王軍の襲撃以来数週間も経たないうちに、彼女はその魔術を体得し、それどころか他者にその像を見せる能力にも目覚めた。

 ただし光の像を結ぶのは未だ苦手で完全な形を保てず、そこを補助する羊皮紙は老爺お手製の魔術品。

 刻印に魔力が流れると、脳内の像を羊皮紙の上に映し出すという、本来軍事・冒険に利用される逸品である。


「じゃ、行くぞぉ」

「──おぉ!」


 灯りのある部屋の照明は、既に気を利かせたセバスによって覆われている。

 薄暗くなった室内にて、屋敷の全体像を示す光が淡く輝いていた。

 像は幾つもの立方体が複雑に組み上がったような造りになっており、幾つか色の異なる点が散在している。


「全体がこの建物の様子で、動いたり止まったりしてるのが人だぁ」

「なるほど、私たちがいるのは此処ですわね」

「であれば、私達が本日探索に赴いた部屋が此処ですから……おや?」


 三人で指差ししながら、秘密の部屋があるかもしれない辺りを探っていると、セバスがとある空間に気が付いた。

 其処にはいくつかの点が固まっていて、それ即ち複数人がその空間に集っていることを示す。

 噂の出所の部屋のすぐ下、大広間奥の空間の屋根裏と部屋の床下にあるその部屋は、恐らくまことしやかに囁かれている秘密の部屋だろう。


「あら! 此処じゃないですの!?」

「えーっと、確かここは大広間の奥、楽器とか机とか、色々仕舞ってるところかぁ?」

「そういえば、先日楽器の手入れを頼まれて其処へ行った際、天井の低さが目立ちましたね」

「決まりですわね! マギーラ、どう入るかは分かりますか?」

「ごめんなぁ、そこまでは、まだ」


 情けない、という風体でマギーラが謝るが、別段謝罪が必要なことでもない。

 入って間もない屋敷の全体像を瞬時に知覚できるだけでも大したものであるし、魔力に由来しない仕組みの入り口なら察知しようがない。

 故に彼女を責める気にはなれず、それでいて実在が判明した秘密の部屋の入り方を知りたいオディールは、腕を組んで頭をうならせる。


「お嬢様、こうなれば最早私がどうこうできる話ではないでしょう。本日のように城主がやってくる危険を考えれば、時間をかけて探索する訳にもいきません」

「じゃあ、どうすれば」

「決まっています。事情通に話を聞くのです。そして現在それが出来るのは、お嬢様以外に御座いません」

「──そうですわね!」


 座っていた椅子から立ち上がり、オディールは二人に言い放つ。


「明日、ヘルツに話を聞きますわ。開け方が分かったなら、みんなで秘密の部屋を暴きますわよ!」

※告知

来週木曜より、『Devil’s patchwork』更新再開いたします!

当日は朝、昼、夜の3話連続更新を予定しております!

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