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第三三話 反撃ですわ!

「さてと。それじゃあ整理しようか」


「戦況の話ですか?」


「そうとも。敵方は魔王軍、此方は寄せ集めの冒険者集団に加えて放蕩城主のお飾り騎士団……よくて三割かなぁ」


「とはいえ、此方には先生がいらっしゃいますし、マギーラもいます。ゲルドもいますし、駒自体は粒揃いですわ」


「そうなるね。となると後は指揮官の腕の見せ所、かな」


「頼みますわよ、本当!」


「まぁ任せて。竜の背に乗った気でいてよ」




<***>




「あー、あー。みんな聞こえる? ボクはさきほどオディール女史から全軍指揮権を譲り受けたピエール・ゴドレーシだ」


 先生に頼んで、自分の発言を指揮下にある兵士の全てに届くように細工してもらったピエール。

 途方もない魔術の使い手たる先生の能力を、敵方への攻撃ではなくこういう用途に割く判断が出来るのは、ある意味で彼の強みと言える。

 実際、城門外で隊列を組む兵士たちの動きは整然としていて、帝都の皇帝直属騎士団にも劣らないほどであった。


「まずはみんなに感謝しよう。この街を守るため、大切な人を守るため……理由はいろいろあるだろうけど、彼女に協力してくれてありがとう」


 傍らに当の本人たるオディールがいるというのに、ピエールは恥ずかしげもなく気取った台詞を口にする。

 そもそも彼にはそういう言葉を吐くことに羞恥心はなく、必要とあらば行う、という程度に過ぎない。

 その『必要』の枠組みから外れてしまうのがいつだってオディール絡みであることに、彼はまだ気づいていない。


「ともかく、この戦いを勝利で終わらせなければ我々の本懐は遂げられない。そしてこの場合、我々の『勝利』とは即ち『捕虜の奪還と敵陣制圧』。断じて相手を殺戮するなんて蛮行じゃない」


 城門外で隊列を組む冒険者たちの間にざわめきが走る。

 これまでの彼ら彼女らの経験で言えば魔物は素材を剥ぎ取るものであり、自らの経験値とするもの。

 そんな相手を殺さない、という方針は身に馴染みのないものであったが、ピエールもといその背後にいるオディールに逆らうつもりは毛頭ない彼らは自らの責務に集中する。


「ボクの作戦は其れに則っている。第一段階は……そうだな。先ずは目を奪おうか。それじゃあ赤い首巻の魔術師の君。閃光魔石を上空に飛ばしてくれ」


 指示を受けた魔術師が、オディールから受け取っていた魔石に魔力を込めて、魔術で上空へと飛ばす。

 眩い光を放つその石は、反撃の狼煙の代替品。

 そこからピエールは、日が沈みとっぷりと夜の帳が降りたこの宵闇を利用する。


「そうしたら、光の魔術が使える魔術師は最大出力で発動させるんだ。方向は真正面の森。なるべく密度を増して角度をつけて、森全体を照らすように」


 一斉に城門から眩い光が放たれた。

 可能な限り強い光を放つ魔術師たちだが、外付け魔力の役割を果たす魔石や腕輪の効果で持続時間は飛躍的に伸びている。

 暗闇に包まれていた平原に突如として太陽と見紛う光が投射され、森の方で待機していた魔物たちが一瞬たじろいだ後に突撃してくる。


「敵方の攻撃……残る前衛と騎士団は弓兵と魔術師を守るように立ち塞がってくれ。光を遮る形になっても構わない、絶対に敵を通さないように。弓兵は事前に前衛の魔力を込めた魔石を矢に装着、何時でも射出可能な態勢を取るんだ……!」


 前衛職たちの鎧や得物と、魔物たちの牙や爪、武器が甲高い音を立てた。

 反撃戦が始まったという事実を、誰も彼もが否応なく自覚するとともに、後衛の魔術師や弓兵たちが気を引き締める。

 雄叫びを上げて気合を入れ、盾や重厚な鎧を身に付けた騎士団が魔物の雪崩を塞き止めた。


「もう少し、もう少し耐えてくれ……盗賊系の人たちは今のうちに、気配を隠しながら前進準備──ここ! 光を消すんだ!」


 一斉に光が消え去る。

 概して魔物というのは通常の人間よりも適応能力が高く、それは瞳孔に入る光量の調節においても例外ではない。

 だから、ピエールが狙ったのは魔物と人間の間に存在する、暗闇に突如現れた光へ完全に適合するまでの時間。

 正面から来る光に慣れ切っていた魔物たちは、いきなり暗黒の世界に放り出された結果視界からの情報が遮断される。


「前衛諸君、魔物たちを取り押さえろ! 今なら君たちの姿は彼等には見えない。弓兵は矢を放て! なるべく散らすように!」


 それまでは数に押されて防戦一方であった前衛の冒険者たちが、魔物たちの間に生じた混乱に乗じて攻勢に転じる。

 縄に粘着物質、麻痺の腕輪や石化魔石など、オディールからの支援物質を惜しげもなく使って、魔物たちを行動不能状態へと追い込んでいく。


「盗賊職も制圧に参加! 弓兵諸君と魔術師諸君は水の属性攻撃の準備に取り掛かってくれ!」


 軽い身の熟しを売りにする盗賊が前衛と同じ前線に参加し、魔物捕縛の速度が飛躍的に上昇する。

 魔物たちは光から暗闇への適応能力も高いが、今の彼ら彼女らの間に混乱が走っている原因は弓矢に括りつけられた魔石にある。

 それは極めて単純な構造の魔術品で、効果はただ単に込められた魔力を保持してその情報を発信し続けるだけ。

 本来は迷境での様子見や罠を探るために放り投げる用途だが、視界に頼れない戦場ではその恐ろしさが何倍にも膨れ上がっている。

 魔物は大抵が魔力を感じ取れるのだが、それゆえにどの反応が本物なのかまるで見当がつかなくなってしまっている。


(でも、これも夜目が利くようになるまでの策、見たところ会戦時よりも兵の数は少ないから、援軍には気を配らないと……)


 必要なこと以外は口にしないピエールだが、それでも思考は言葉の数倍積み重ねている。

 兵力を小出しにする意味はいまいち理解できなかったが、此方から森に陣取る敵の本拠地に攻め込まねば和平を結ぶまでに至れない。

 其れを見越して、本陣の守りを固めているのだろうか、と判断したピエールは、だからこそ自分の策が刺さる、とほくそ笑む。

 取り決めていたように左手で左の耳を抑え、彼はとある個人あてに会話の拡散先を切り替える。


「先生、聞こえてますよね?」

(指示か?)

「えぇ。ボクの指示の後、マギーラと共に森全体に氷魔術を行使してください。具体的なやり方は任せますが、効果より範囲を重視する方向で」

(心得た)


 緊急事態故に言葉はそっけないが、返事は彼のよく知る頼れる魔術師たる老爺のソレ。

 今回も過不足なく、いや期待以上の働きをしてくれることだろう。

 ふと思い返せば、自分が老爺を従えて何かを為す、という経験がこれまで一度もなかったことに気が付いて、ピエールは感慨深い気持ちを抱く。

 ふっと軽く微笑んでから、再び自信ありげな声を全軍に響かせた。


「そろそろ視界が戻る、盗賊系は退避して森の左右から侵入。前衛諸君はゲルド君を中心に後衛の守備に戻ってくれ。そして後衛は準備していた水属性攻撃! 雨を降らす感覚で、なるべく広範囲に散らすんだ」


 命令を受けた後衛たちが、各々が取りうる手段で水属性の攻撃を散らす。

 雨の魔術を行使する者もいれば、さながら噴水のように高い水圧を持つ水の柱をまき散らす者もいた。

 弓兵は矢に水の性質を付与する魔石を持つ者は其れを用い、持たない者は水魔術師のための魔力補給を担当していた。


「奇襲部隊は行動不能への抵抗を持つ装備を必ず着用。前衛は防衛に専念……先生、今です!」

(承知)


 それまで最も新しい弟子に氷魔術を叩きこんでいた老爺が、個人あての言葉に応答する。

 老爺は、瞳を閉じて集中する弟子に言う。


「ではマギーラ、実践の時だ。儂の教えた通り、『止める』意識を強めるのだ」

「はいぃ……ふぅ──」


 手のひらを前方に突き出し、マギーラは意識を研ぎ澄ませて呼吸を整える。

 魔力を伝達させる回路は老爺が用意済み、後は其処目掛けて、特定の指向性を持つ魔術の()()()を生じさせればよい。

 この大一番、マギーラは自分がこの場の多くの命を握っていることは理解していた。


(オディール様)


 そんな時に思い出すのは、自分に手を差し伸べてくれた恩人の顔。

 美しく整った顔から悲しみを取り去れるのなら、絶対に自分が失敗する訳には行かない。

 ──自分を認めてくれた先生の為にも、自分のことをよく見てくれているセバスの為にも……!

 目を見開いたマギーラが魔力を滾らせて、彼女の焦げ茶色の髪が光を発して揺らめく。


「──凍れッ!」

「≪原始奏呪≫≪拡張術式≫起動。≪詳述回路≫──≪氷河≫」


 氷結の意思が込められた叫びを発したマギーラの隣、老爺がその魔術を増幅させて範囲を拡大し、魔術と言う現象へと昇華させる。

其れはさながら、鍵の作成と、開錠及び開扉を分担して行うようなもの。

 マギーラの掌の前方に存在していた半透明の魔法陣が水色に煌めいてぐるぐると回転、其処を起点に膨大な魔力が込められた氷の魔術が放たれた。

 吹雪に間違う者が出てきてもおかしくない勢いで、氷魔術は見張り砦の屋上から平原、平原から森林へと吹き荒ぶ。


「素晴らしいですよ先生!」


 老爺が飛ばす使い魔の視覚を共有して高所に視点を持っているピエールが、絶大な効果を見て取った。

 予め水の属性攻撃を広範囲にまき散らしておいた後、強力な魔術師の広範囲の術式で敵軍の全てを凍らせる。

 それこそ、彼が最初から狙っていた『捕虜の奪還と敵陣の制圧』という目標を達成するための策。

 此処まで来れば、後は和平交渉を結ぶだけ……とは行かない。


「捕虜の交換なら問題ないけれど、これ以降侵攻させないようにするには、此方有利で締め括る必要がある──だから、さ」


 そこまでとある個人に呟いたピエールは、傍らに控えるオディールの顔をちらりと見遣る。

 若干の優越感を感じながら、彼は最後の指示を出した。


「──敵軍本陣までの奇襲、頼んだよ。セバス君」

(……言われなくても)

次回、セバス大活躍

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