第二〇話 迷境探索準備ですわ!
「早速ですが、貴方の実力を見込んで頼みがありますの」
「頼みぃ? なんでぇ、こんなおっさん捕まえといて……っと。其処に居るのは新顔か?」
「はじめましてぇ、あたしマギーラです」
「おぉう、中々可愛らしい嬢ちゃんじゃねえの! よろしくなぁ!」
右手で酒の入った小さな樽の取っ手を掴み、左手でマギーラの焦げ茶色の髪の毛をわしゃわしゃと豪快に撫でる男は、誰あろうゲルドである。
オディールらをルーフェ領からブルーネンへ送り届けた後、暫くはブルーネンの冒険者協会とその傍の酒場を行き来する生活を送っていた彼は、つい数日前に新しい依頼を受注した。
それは要人の護衛であり、一介の冒険者が請け負うには荷が重いものであるのだが、ゲルドの出自を知る協会側からの熱い押しにより要人が採用する運びとなったのだ。
その要人の名はピエール・ゴドレーシであり、働きぶりと竹を割ったような性格が評価されて事前情報以上の収入を得たゲルドは、昼間から酒場で飲んだくれているのだった。
「単刀直入にお願いいたしますわ。私達と共に迷境探索に出掛けて、竜の牙を手に入れるのを手伝って下さらない?」
「んあー? いいぜ?」
「ほ、本当ですの!?」
余りにも軽い返事に、重い口を開いて決死の思いで頼み込んだオディールが逆に空回りしてしまった。
日除け布に思いきり寄りかかったような手応えのなさに、現実だと思えずオディールが確認を取る。
頬を上気させたゲルドは、酒精臭のきつい息を一つ吐いた。
「ッハァ。おうともよ。お嬢ちゃんの頼みなら断る理由もねぇからな」
「しかしゲルド、受けてくれるのは此方としては有難いのですが。その、本当に大丈夫なのですか?」
「んん? おーセバス。何か悪ぃことあるか?」
「迷境探索には危険が付き物です。ゲルドが優れた冒険者だというのは十二分に理解しているのですが、それでも二つ返事で請け負うには聊か天秤の傾きが危険度の方向に大きくはありませんか?」
「つまり、危ねぇから無理すんな、ってことか?」
セバスの言葉をゲルドが噛み砕く。
セバスは黙ったまま、少しだけ首肯する。
迷境探索は下手をすれば命を落とすものであり、従者であるセバスがオディールに着いて行くのは必然だ。
けれどゲルドはあくまでも、一度仕事を受けただけの被雇用者であり、それ以来は後ろ盾のない令嬢の頼みを聞かなければならない道理は存在しない筈だ。
そう考えるセバスとは対照的に、ゲルドが樽を煽る。
「っぷは。まー兄ちゃんの言うことにも一理ある。けどな、世の中理よりも義理人情ってのが大事になる場面もあんのさ」
「義理人情、ってなんだぁ?」
「この人には尽くしてぇとか、この人のやってくれたことに恩返ししてぇ、みたいなもんだ、マギーラの嬢ちゃん」
「しかしそれは──」
「なんのさ。命を張る理由にな」
元より帝国騎馬隊を脱退し冒険者として根無し草の生活を選んだ身、当人にとって命を賭け金にするのに何の抵抗もない。
ゲルドとは異なる価値観を育むような環境で育ってきたセバスとオディールは、酔っぱらった彼の中の論理に納得は出来ないでいた。
けれども協力が得られるのならばそれ以上突っ込む必要もない、と判断し、オディールは空いているゲルドの左手を取った。
「何はともあれ、ありがとうございますわ! 貴方の協力が得られるのなら怖いものなしですわね!」
「おぉい嬢ちゃん、ソイツぁ言い過ぎ……じゃねぇかもな! ったっはっは!」
豪快に笑い飛ばした後、ゲルドは樽の中身を一気に飲み干した。
セバスはゲルドと共に賊を返り討ちにした経験があるのでゲルドの力量を正しく知っているが、オディールはその時間抜けにも寝息を立てていただけ。
だからオディールがゲルドを信頼しているのは一度依頼を完遂した事実とその分かりやすい性格のみなのだが、それが何故か戦闘力の面にも波及していた。
乾いた音を立てて樽を机の上に叩き付けて上に何も残っていない皿を震わし、ゲルドは椅子から立ち上がる。
「うし、んじゃ勘定は置いとくぜ」
「またお待ちしてまーす!」
配膳係の女性の威勢のいい声を背中に受け、一行は酒場を後にする。
「っあ~……うし、んでいつ出発で何処の迷境に挑もうってんだ? 竜が相手となりゃあそれなりの下準備が要るぜ?」
「おぉ……」
日差しを受けて額を抑えつつ若干苦しむゲルドだが、発言の内容は酷く理性的で論理的。
自分と似たような性格だと思っていたオディールは、見え隠れする手腕の高さにしばし圧倒される。
「それについては、ゲルドの意見を是非聞きたいと思っておりまして」
「何だ兄ちゃん、何も考えなしで竜の牙獲りに行こうって算段だったのか?」
「恥ずかしながら……」
「ッハッハ! いーぜ、そういう無鉄砲さが嬢ちゃんの売りだろ? オレが色々教えてやんよ」
そう言って、ゲルドは懐から古い羊皮紙を取り出す。
古いと言ってもそれは素材の状況からの判断であり、端がぼろぼろになっている訳でも染みが出来ている訳でもなく、ゲルドの几帳面な側面が現れている。
丸められていた羊皮紙を開き、ゲルドは四人の中で最も身長の低いマギーラにそれを持たせる。
そして自らは其れを覗き込み、暫く指を羊皮紙の上で滑らせてから一点を指した。
「此処だ此処。この迷境で暫く前に竜を倒したぜ」
「えっ、何処ですの!?」
古い羊皮紙はルーフェ領やブルーネンに加えゴドレーシ領も記載された比較的広範囲の地図であり、ゲルドはブルーネンからほど近いばつ印を指していた。
地図はゲルドが冒険者稼業を始めてから愛用しているもので、目ぼしい素材を落とす魔物の巣や洞窟に地道に印を付け続けてできた世界に一つの地図である。
そして確かにゲルドの指す印は比較的新しく書き込まれたものだというのが、染料の色褪せ具合から見て取れた。
「──って、少しお待ちください。ゲルド、貴方、竜を討伐した経験がおありで?」
「応よ。まー首尾よく何とかなった、っつー感じだけどよ」
「そ、その死骸はどうしましたの!?」
「どう、って……そりゃ、全部は持って帰れねぇから軽くて価値の高ぇ部位だけ切り落として持って帰ったよ」
「じゃあ残った部分はその場に置いてきたってことですわね!?」
「そうなるな」
興奮したオディールが、セバスとマギーラを自分の傍に寄せて耳打ちする。
「ちょ、ちょっと聞きましたかお二人とも!」
「えぇ、この耳でしっかりと」
「それじゃ、残った竜の死骸から牙を取って戻ってくればいいのではなくって?」
「その可能性はありますね」
今にも跳びはねて喜びそうになるのを何とか堪え、オディールはゲルドに向き直った。
「えー、それじゃ支度をしていきましょうか。何が必要なのか教えてくださる? 因みに出発はかなり速めを予定していますの」
「まずは生活系の魔道具だな。食いもんは保存食を最低限、あと防具も致命的な部分を隠すくらいは確保してぇが」
「では皆様、中央通りに出ましょうか。あそこならば我々と同様に迷境探索に赴く冒険者の為の露店が幾つもありましょう」
「そうしましょうか」
一行は酒場の外から中央通りへと移動し、立ち並ぶ露店に目を向ける。
ある露店では身体を清潔に保つ魔石を購入し、またある露店ではマギーラとオディールの分の防具を購入し、別の露店で干し肉や魚の燻製などを仕入れた。
空間に干渉する高級な収納袋を持っていたゲルドがそれらを整頓しながら仕舞い、一通り迷境探索の準備を終えた。
「っと、最後にアレしとかねぇと。嬢ちゃんたち、此奴に必要なもんを書きこんどいてくれや」
「?」
ゲルドが手で示す方向にあったのは、掲示板の隣にある木製の板だった。
其れは中央通りの始まる地点に看板のように吊られており、縦と横に何本も線が入れられ、下の端には数字が刻まれていた。
近くに移動して見てみると、其れはこの街から迷境探索に向かう者が記入しなければならない台帳のようなものだった。
線で作られた枠組みの内、一番上の横一列には縦の列に記入しなければならない項目名が刻まれていた。
「えーっと何々? 代表者の名前、探索に行く迷境、帰還予定日、宿泊している宿……」
「代表は嬢ちゃんの名前、迷境の名前はトレッペ、帰還予定日は甘く見積もって四日後、泊ってるところはオレぁ知らねぇ」
代表して書き込むオディールの後ろで、ゲルドが助言を重ねていき、無事に必要な情報を全て書き終えた。
首を捻ったマギーラが、隣のセバスに問う。
「なぁセバスさん、あれってなんだぁ?」
「あれは迷境探索に向かう人々が書き込む掲示板のようなものです。帰還予定日や宿の情報を書き込むのは、冒険者が帰ってこられなかった場合の処理をより迅速に行うためでしょう」
「ふぅん?」
「まぁ、今の我々には過剰な心配になるでしょうから、マギーラ様が覚えておくのはまた今度でよいでしょう」
そう言い聞かせてマギーラを取り敢えず納得させつつも、セバスは決して楽観はできなかった。
何故ならば、帰還予定日をとっくに過ぎているのに、『帰還済』の欄に印が刻まれていない団体が幾つもあったからだ。
本人たちが記入を忘れた際には冒険者協会が代行することになっているのを、ここ数日間で冒険者協会での仕事を幾つか熟したセバスは知っている。
その仕事の中には、帰還予定日を大幅に過ぎているのに台帳に何の記入もない団体の宿泊していた宿に、荷物の処分を伝えに行く、というものもあった。
(……私達がそうならないことを祈るばかりですね……)
台帳に刻み終わり、未知なる場所への冒険に浮き立つ自分の主を眺めながら、セバスは内心で祈りを捧げるのだった。
次回、迷境探索開始!




