第十九話 意見交換ですわ!
「竜の牙、ですの?」
「それはまた、随分と珍しい品を頼むんだねぇ先生」
「彼奴らは食性により口腔内部を変化させる性質を有する。儂が求めるのはどれでも構わんが、幼体のものは駄目だ。耐久性も独自性も欠ける」
「何時迄にお持ちすればよろしいでしょうか」
「そうさな……明日の日没までとする。儂はこの宿を出ぬ、好きな時に持って来るがいい」
「えぇ、では先生も唸る一級品を差し上げますわ!」
軽く取引の詳細を詰めた後、オディールとセバスは部屋を出た。
茶を啜る先生は特段別れの挨拶もせず、代わりにピエールが席を立って宿の出口まで送る運びとなった。
途中で従業員に接待されていたマギーラとも合流した一行は、昼食時という事もあり近場の食事処へ足を運んだ。
何処にでもあるような大衆料理屋に突如現れた気品ある二人の存在は、周囲から彼等を浮かせる原因となっていた。
運ばれてきた食事を丁寧に切り分けるピエールとオディールの所作に、マギーラは感服しっぱなしである。
「それで、キミたちは竜の牙に算段が付いているのかい?」
「この私を誰だと思っていまして? これまで言葉を違えた過去のないオディールでしてよ!」
「そうかいそうかい、そいつは素晴らしい。セバス、君は?」
「──率直に申し上げるのならば。かなり厳しいのではないでしょうか」
調子よく口に切り分けた食事を運んでいたオディールの手が、ぴたりと止まる。
表情こそ崩していないものの、セバスの発言に思う所があるのは明らかだ。
セバス自身は一瞬自分の意見を述べるか否か逡巡したものの、主人の言葉を嘘にしない為には完全な道筋を組む必要がある、と判断して結局告げることにしたのだった。
余裕を浮かべた顔つきのピエールは、ふむ、と一言唸ってからセバスに続きを促した。
「その理由は何だい?」
「第一に、市場流通量がかなり限られています。となればかなり値段は吊り上がり、ゴドレーシ家やルーフェ家の資産ならばいざ知らず、これから事業を興す我々が其処に多額の資金を投じるのは危険です」
「そうだね、キミの発言は間違っていないよ」
「ピエールさん? は、お金出してくれないのかぁ?」
「う~ん、そうしたい気持ちはあるんだけども──」
「それだけは! ぜったい、ずぅぇったい! 駄目! ですわッ!」
「……ほら、ね?」
マギーラの素朴な疑問に回答しようとしたピエールだったが、口を付けていた飲み物の器から唇を離したオディールが血相を変えた。
人脈を借りるのは彼女の価値観では問題ないが、直接的な支援を受けるのは自尊心が許さないようだ。
では、と思考を動かしたマギーラが再び口を開く。
「セバスさんはさぁ、さっき『第一に』って言ってたよなぁ? 他にもなんか、竜の牙を持って来るのがむずかしい理由があんのかぁ?」
「えぇ。他の大きな理由は、生息域が限られている点です。地表での目撃例はここ数年耳にした記憶が無いですし、通常の竜は人里離れた地で暮らすと聞きます」
「キミの言う通りだねセバスクン。竜は龍脈の元になった竜の子孫で、故に龍脈が濃い地域に寝床を設ける傾向にある、というのが定説だ」
「だからこそ先生が欲しがるんでしょうけれど。とはいえ、此処から龍脈溜まりまで向かうのは骨が折れますわ」
「ふぅん、大変なんだなぁ」
事の重大さをいまいち理解しきれていないマギーラが、水を喉に流し込む。
これまでの人生で数えるほどしか飲んだ経験のない綺麗な水を飲んだからか、彼女の発言は不思議と理性に満ちていた。
「じゃあさ、地面の上じゃないところならどうだぁ?」
「地面の上にないところ……?」
「だってよぉ、龍脈ってのは地面の中に埋まってんだろぉ? なら、つえぇヤツほど地面のところに集まるんじゃねぇのかぁ?」
「そうですわね……確かに竜は飛行能力を有する個体が多い、と先生が言っていましたわ。けれど、天空は彼らの領域。そんな場所で彼らを討つのに必要な手段も人材も、市の開催までには揃えられませんわ」
それに、とオディールは心の中で付け加える。
空中や海中での探索及び戦闘は、地上でのソレに比べて危険度が跳ね上がる。
地上であれば身体をぶつける程度で済む吹き飛ばし攻撃も、限られた足場での戦闘では生死に直結しうる。
昔先生に教わった最低限の心得が自分の中に生きている事実とその相手から無理難題を吹っかけられている現状に、オディールは複雑な感慨を抱くのだった。
「いや、マギーラクンの意見は悪くないと僕は思う」
「はぁ? 貴方、頭湧いてらっしゃる?」
「そういうキミこそ、らしくないじゃないか。いや、却って究極にキミらしいのか……?」
「馬鹿にしてらっしゃいますわね? そうですわね?」
「嫌だなぁ、僕はキミが気付いていない点を指摘したいだけさ。地下にも竜はいる、という単純な事実をね」
いー、と歯を向けてピエールに不快感を示していたオディールは、地下という単語を耳にしてぴたりと動きを止めた。
同じくマギーラの発言から思案を続けていたセバスも、地下に居る竜の存在には思考を至らせていた。
ただ、そこには無視できない不都合な要素も存在する。
「地下、となると迷境ですか」
「察しがいいねセバスクン。主とは察する能力が違うようだ」
「その一言要りませんわよね!」
「有難きお言葉です、ゴドレーシ様」
「ちょっと貴方まで何を言っているのですかセバス!?」
「めいきょう? ってなんだぁ?」
脱線しかけた話の流れを、うまい具合に首を傾げるマギーラの疑問が修正していく。
長年の付き合い故に本題から逸れがちな三人の会話を、マギーラが調整する形になっていた。
或いは、何となく相手の心情や考えていることの傾向が見えるエルフの目を有する彼女は、これまでの人生の積み重ねの中で、当たり障りなく交流を図る癖がついているのかも知れない。
普段から説明役を請け負う機会が多いセバスが、ここでもマギーラ相手に未知の単語の解説を買って出る。
「迷境というのは、地下や大樹、海底など様々な場所に発生している神秘の場所を指します。内部は時空の歪みが発生しており、外見よりも広い空間が広がっているとか」
「へぇ、なんだか不思議な場所なんだなぁ」
「凡そその認識で問題ないですわね。それにしても、迷境ですか。確かに迷境には魔力を多く有する魔物が集まると聞きますわ」
「竜が発見された事例も少なくないし、何よりここブルーネン近郊にも迷境がいくつかある。数日間賭ければ竜に遭遇できる確率も期待できる値になる筈さ」
「おぉ? なんか行けそうかぁ?」
「お手柄ですわよぉマギーラぁ~」
自分の言葉の為した重みを理解していなかったマギーラが水を啜り、その頭を隣に座っていたオディールがしこたま撫でた。
髪型を高級宿に入っても違和感ないように綺麗に揃えたのは他でもないオディール自身なのだが、そこを気にするよりもマギーラを愛でたい気持ちが上回ったのだ。
最初に監禁されてからというもの、マギーラへの対応は意図して甘めに設定しているオディールにとって、自分の手塩にかけた功績よりも好意や評価を分かりやすく示す方が重要であった。
「では、此処ブルーネン近郊にある迷境へと探索に赴き、其処で竜の牙を入手した後、お二人の先生へと譲与する。以上の一連の計画を可能な限り迅速に行う。という形でよろしいでしょうか」
「相変わらず優秀だねセバスクン。その要約で問題ないんじゃないかな?」
「そうでしょうそうでしょう! それじゃ、お次は迷境探索に付いて来てもらう冒険者を雇いませんと!」
「流石にキミたち三人で飛び込む無茶はしないか。ちょっと拍子抜けだなぁ」
「貴方ねぇ……竜と言ったら魔物の中でも指折りですわよ? 迷境探索だけで私達だけでは厳しいのに、竜の牙まで手に入れなければならないなんて、いくら何でも無謀だと私も分かっていますわ」
オディールも理解しているとおり、竜と言うのはそれ自体が一つの法則を有している。
庭球の一流選手でも絵画では三流以下になりうるように、竜の一個体を討伐した者でさえ別の竜には為すすべなく敗北する例もある。
故に竜を討伐するには、可能な限り経験豊富な人材を雇用するか、様々な特技を持つ人材を大量に投入するか、が鉄板だ。
現状のオディールらには大きな危険を伴う竜討伐に、そう何人も雇用するだけの余裕はない。
となれば、極限まで突き詰めた多芸な人物に協力を頼むのが現実的かつ理想的。
「──では、あの男に依頼を出してみましょうか」
「あぁ、彼ですか。確かにこの条件で、我々が当てにできるのは彼しかいませんね」
「彼ぇ?」
「ふむ、どうやら心当たりがあるようだね。それでは僕はこのあたりでお暇させてもらおうかな。これ以上話すことも特にないしね」
「えぇ、さようなら。余り言いたくないですが、宿で部屋まで通してくれて助かりましたわ。ここの代金も持って下さると更に嬉しいのですけれど?」
「はっはは、お金にがめついキミらしい。御心配なく、既にお会計は済ませてあるからね」
振り返ることはせずに、ピエールが襟を正して料理屋を出ていった。
気品ある佇まいにしばしば目を奪われていた店内の客や配膳係もようやく動きをてきぱきとし始め、オディール一行もそう時間が経たないうちに店を後にした。
そして一行が次に向かったのは、自分たちの宿泊する宿でも、装備品や魔術加工品が所狭しと並べられる露店でもなく。
「んぁ? おう、そこに居んのはいつぞやのお嬢チャンじゃねぇの?」
呑んだくれた赤ら顔の壮年男性の待つ飲み屋だった。
結構登場頻度高めのキャラになりましたねぇ




