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第十八話 交渉ですわ!

 ピエールの背中を追った一行が、一際豪奢な扉の前に辿り着く。

 扉の手前、取っ手に手のひらを置いたピエールが、翻って一行のうちの一人に目を向ける。


「セバス君はいいとして。キミは新顔だね?」

「あたしかぁ?」

「先生は極度の人見知りでね、キミの人となりを信頼していない訳じゃないけれど、初対面の相手がいるだけで機嫌が悪くなるんだ」

「へぇ、面白い人なんだなぁ」

「……そこでその台詞が言えるなら、少なくとも今後の付き合いに心配は要らないね」


 満足げに瞳を伏したピエールが、ちらりと悪友の顔を覗く。

 小首を傾げるオディールであるが、セバスはその意図に気付いていた。


「とまあ、そんなわけで。申し訳ないがキミは扉の外で待っていてくれるかい。紹介は後々、先生が乗り気になってからにしよう」

「えぇ、(ワタクシ)もそれがいいと思いますわ」

(ワタシ)も異論有りません」

「そっかぁ。じゃあ良さそぉだったら呼んでくれぇ」


 ひらひらと掌を振るマギーラを廊下に残し、従業員を呼びつけた後に、いよいよピエールが扉を開いた。

 重厚感溢れる蝶番の音がして、三人はピエールを先頭に足を踏み入れる。

 ふわりとした感触を靴越しに感じられたオディールが久方ぶりの感覚に感極まっていると、彼女は部屋の片隅に異様な空間を発見する。


「先生、戻りました。客人を連れてきましたよ」

「暗幕ですか。相変わらずお好きですのね」

「教室解散後もずっとあんな感じだね。工房でも一人籠って一匹狼さ」

「想像がつきますわ」


 柔らかい床を踏みしめて、オディールが暗幕傍へ歩みを進めた。

 久方ぶりの再会の為、緊張感を抑えつけようと一つ深呼吸をする彼女。

 其処へ、先手を打つように暗幕の中から声が掛かる。


「目を潰すような呼気。貴様かオディール」

「──久しぶりですわ先生。ご機嫌は如何?」

「如何も何もあるまい。仕事だから生意気な坊主に同伴したものの、その先で貴様に接触されるとは一体どういう廻り合わせだ」

「あら、先生ともあろう方がその程度の想像も出来ないのですか?」

「──だから貴様達は苦手なのだ」


 一貫して苦々しい口調の老爺の声に、言葉とは裏腹に郷愁を感じるオディールとセバス。

 老爺が教鞭を取っていたのはかれこれ十年近く昔の話であり、オディールもセバスも当時から大きく成長している。

 一方で老爺の声は当時と変わらないものであり、態度もまた少しも変化が無い。

 故にオディールもまた、昔と変わらない態度で接しようと心に決めたのだった。


「苦手な所大変申し訳ありませんわ。積もる話もありますが、本日は先生に頼みごとがあって参りましたの。セバス」

「はい、お嬢様。此方手土産です、どうぞお納めください」


 主からの命を受けたセバスは無遠慮に暗幕へ手を差し込む愚行は犯さず、あくまでも暗幕手前で中からの反応を待ち続ける。

 そう時間の経たないうちに中から金属製の細長い物体が伸びてきて、手土産の入った袋の紐を引っ掻けたかと思えば素早く暗幕へ戻っていった。

 内部からは、何やらものを取り出すガサゴソとした物音が聞こえ、程なく抑揚のない老爺の声が再びオディールらに向けられた。


「品としては悪くない。実に物珍しいものだ、この儂を当てにしようと企てるだけはある」

「では、受けてくださいます?」

「それとこれとは話が違う──少々待っていろ」


 誠意を受け取った老爺が、椅子を軋ませ立ち上がる。

 暗幕から滑り出したその老爺は、帝国には珍しい身体の前方で合わせる衣類を纏っており、右の目は水晶を平たく加工した円盤を通して世界を見通していた。

 背筋は外見年齢の割にはきっちり伸びており、皴の入った顔は気だるげながらも確かな威厳が宿っていた。


「儂は其処だ。貴様らは対面に座れ。貴様はどうしたピエール、茶でも出さぬか」

「人使いが荒いんだからもー」


 肩を竦めつつも、素直に従い部屋の片隅の流し台へ向かうピエール。

 オディールに似て自尊心が高い彼であるが、老爺の言葉には不平を垂れながらも素直に従うあたり、二人の関係性が良く表れていた。


「では、失礼します」

「貴様も腰掛けてはどうだセバス。無意味に身体を酷使するのは感心せん」

「そういうことでしたら、お言葉に甘えさせて頂きます」


 ふんわりとした一級品の腰掛けに座ったオディールの隣に位置取ったセバスが、老爺の言葉を受けて立ち止まっていた脚を休ませる。

 一拍遅れて老爺も腰を下ろすと幾ばくもなく、お茶を湛えた容れ物を人数分乗せたピエールが戻って来た。


「ふむ──仕事ぶりは悪くない。その程度の教養は残しているらしい」

「お茶の淹れ方を教えてくださったのは先生でしょう? 久方ぶりで緊張しましたけどね!」

「あぁ、思い出しますわねぇ。教室でお茶を使う、と言って先生が大量に運び出したときの、皆の慌てようと来たら……」


 舶来の品である茶は、未だ帝国内での生産が安定しておらず、十年近く前ともなればその希少価値は今よりも遥かに高い。

 品質の良い茶葉を大量に抱えていたルーフェ家で、飲料としてだけでなく実験の道具としても利用するために何箱もの木箱に入れられた茶葉を老爺が浮遊させたときは全力で止められていた。

 ふん、と先生と呼ばれる老爺が鼻を鳴らす。


「物質の反応を示すのに、視覚的な利便性が存在する茶葉を利用しようとしたのだがな。つくづく窮屈この上なかった」

「まぁまぁ、仕方ありませんわよ──それで、本題なのですが」


 一呼吸置いてから、オディールが老爺に頼みごとを説明した。

 自分の栄達の為の計画に協力してほしい事、具体的には価値も使い道も分からない品々の鑑定をしてほしい事、報酬の額、契約の期間などなど。

 その間老爺は何も口を挟まず、オディールが話すままにさせていた。

 一通り詳細を語った所で、老爺が口を開く。


「──話は理解した。態々(わざわざ)儂を頼りにした理由も凡そ察しが付く」

「でしたら話が早いですわ、是非ともよろしくお願いいたしま──」

「断らせてもらおう」


 恩師から放たれた予想外の言葉に耳を疑ったオディールが、数秒間言葉を失った。

 態度が悪く傍若無人であるが、誠意を込めて頼めば大抵の要件は受け入れてくれるのが老爺だった。

 故に、肉体的負担を強いる訳ではない今回の案件を断るという事象そのものが、オディールの想像の範囲を超えていた。

 呆けてしまった主の代わりに自分が今後は話を進めなければ、とセバスは意識を切り替える。


「り、理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」

「単純な話だ。儂は今忙しい。価値が生まれるかも分からぬ有象無象に割く時間よりも、自らの求める魔術の極致へ至る研鑽を重要視するのは当然であろう」

「それは、そうかもしれませんね」

「簡潔に言おう。貴様たちの計画に乗るには、聊か利益の見込みが足りん。それだけだ」


 直線的な物言いに、我に返ったオディールが机を叩いて立ち上がった。


「な、何でですの!」

「机を叩くな行儀の悪い。茶が揺れるだろう」

「昔は引き受けてくれたじゃありませんの……!」

「あの時は儂と貴様は教師と生徒という関係であった。だが今はどうだ?

『かつてそうであった』だけの顔見知りに過ぎぬ」

「そんな言い方って!」


 歯に衣着せぬ物言いは昔からなれど、その内容に悲しみと怒りを抱いたオディールは、どう表現したものか分からず黙ってしまう。

 頼みごとをする立場ならば相手の主張をひっくり返すだけの利益を提示すればよいのだが、現状それは無理だ。

 どんな天賦の才を持つものであっても、計画が絶対に成功するという未来を予知している訳では断じてない。

 (いわん)や、まともに事業計画を練るのが初めてのオディールをや、といったところだ。

 冷静かつ無感情な瞳で真っ直ぐ令嬢を見つめる老爺と、主の心境を慮って何も言えないセバス。

 沈黙を破ったのは、一人優雅に茶を嗜んでいたもう一人の高貴な身分の者だった。


「先生、ちょっとそれは冷酷が過ぎないかな?」

「お前達にとってはそうなのかもしれぬな。とはいえ儂の主張が間違っていないことくらいは貴様でも見当がつこう」

「う~ん、まぁそれは確かにね!」

「ちょっと貴女、助け船を出す気があるんですの、ないんですの!?」

「勿論あるさ。先刻話したろう?」


 もう一度茶を口に含んで、ピエールが老爺の方を向いて切り出す。


「そうだねぇ先生、先生は確証が欲しいんだよね?」

「然り」

「だったら簡単じゃないか。計画に乗るかどうか、を別の依頼で示せばいい」

「──ほう?」


 にやり、と口角を上げる老爺と、話の流れに合点がいったオディールの瞳に熱量が戻る。


「そ、そうですわ先生! 何か、何か欲しいものはありませんの? 其方を私たちが手に入れて来れば、私たちの誠意と実行力を認めてくださる!?」

「──よかろう、その条件ならばよい。貴様はもう少し交渉というものを学んだ方が良いようだな」


 満足げに背もたれに身体を預ける老爺を見て、オディールは自信満々な様子で元居た場所に腰を落とす。


「それで、何を持ってくればよろしいのでしょうか。食べ物、衣類? 或いは人間でしょうか?」

(たわ)け。儂が望むのは、()()()だ」

RPGのクエストっぽさ

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