第一三話 持ち込みですわ!
オディールたちは『龍脈型魔方陣』の計画書を携えて、地下を脱出して中心街へ向かった。
中心街のど真ん中にはキルオ同盟の会館があり、その隣に領主の屋敷があるのでそこを目指したのだ。
取り敢えずは計画を説明し、如何に有用であるかを力説しようとしたのである。
意外にも領主でありキルオ同盟支部長の男への面会はすぐに許された。
オディールとセバスは身なりを軽く整え、ルーフェ家の屋敷ほどではないにせよそれなりに広い廊下を歩き、領主の待つ来客室に腰掛けた。
の、だが。
「断る」
「な、何故ですの?」
「色々と理由はあるが、よくもまあこれほど杜撰なモノをワシに見せようと思ったものだな。偶々ワシの予定が空いていた上にルーフェというから目を通したが、とんだ肩透かしよ」
終始ソファにふんぞり返った小太りの男は、顎を持ち上げて見下しながらオディールに言い放った。
来客用の椅子に座るオディールの握った拳がわなわなと震えていたのを、セバスは見逃さなかった。
瞳を閉じて軽く呼吸を整えたオディールが、意図して声色を穏やかにして、小太りの男に言う。
「では、もう少し練り直してからまたお伺いいたします。その時はまたよろしくお願いいたしますわ」
「好きにするがいい」
それだけ言って小太りの男は立ち上がり、何人も侍らせていたメイドを呼んでオディール達に退席を願った。
食い下がっても意味がないと理解したオディールは、内心忸怩たる思いを抱えながらも屋敷を後にする。
作法に詳しくない為屋敷街で待機していたマギーラと合流し、一行は宿泊している宿屋へ舞い戻った。
全員が入室してセバスが鍵を閉めた後、我慢を続けていたオディールの怒りの蓋が取っ払われた。
「んもー! 何なんですのあのクソハゲチビデブは!」
「お嬢様、口が悪いですよ」
「す、すごい怒ってるなぁ」
マギーラの持つエルフの視界には、真っ赤に燃え上がるようなオーラを漂わせているオディールが見える。
怒りの感情自体は何度か見た記憶があるものの、ここまでまっすぐで隠す気のない怒りは初めて見た。
今のところマギーラが分かったのは、オディールの感情の動きは恐ろしく分かりやすくて裏表がないことと、セバスの心は殆ど動きが無いということだった。
「お召し物を身に付けたまま寝台に寝転がっては皴が付いてしまいますよ」
「むー……でも! 納得いきませんわ! あんな言い方ありますこと!?」
「我々には信用がありませんでしたから。貴族としての地位は必ずしも商人としての能力を意味しないのです」
「つまりぃ、うまくいかなかった、ってことかぁ? ……ごめんなぁ、すごいモンだと思ったんだけどなぁ」
「気にしないでください、マギーラ様の責任ではありません。私が保証しますが、この計画の志は素晴らしいものです」
心からマギーラを励ますセバスの意思を見通し、少しだけ気分が軽くなったマギーラが今度は不貞腐れたオディールの背中に声を掛ける。
オディールは枕に顔を押し当てて、獣じみた鳴き声を発していた。
「う”~~~」
「オディールさん……」
「今声を掛けるのは得策ではないでしょう。大丈夫です、お嬢様は放っておいても復活する性質ですので」
「そうかぁ?」
理性を保っているのか心配になるオディールの鳴き声を聞いたマギーラの肩に、セバスの手が乗せられた。
付き合いの長いセバスが言うのだから確かにそうなのかもしれないが、彼女は自らの恩人たるオディールに何か言わずにはいられなかった。
木製の寝台を軋ませてマギーラはオディールのすぐそばに移り、顔を近付ける。
「あのよぉオディールさん、アンタそれでよかったのかぁ?」
「──どういうことですの?」
「だってよぉ、二人が言うほどすごい計画なんだろぉ? そんなもん、適当に理由付けて奪われちゃったらさぁ、あたしらのもんじゃなくなっちまうだろぉ」
「それは、そうですわね……」
地下街出身故の視点を持つマギーラの言い分はもっともだった。
これが正式にルーフェ家とブルーネン領主との間で交わされた会談であれば、商人の都市であるブルーネンの領主は義理を通す必要がある。
仮に計画を簒奪し自らの手柄としたところで、ルーフェ家という帝国内でも有数の政治的発言力を持つ勢力が告発すればたちまち信用は地に落ちるだろう。
けれど現実はそうではなく、ただのオディール個人と商人組合の支部長たるブルーネン領主とのやり取りであった。
「マギーラ様の言うことも一理ありますね。資金力も伝手も今の私共より優れた城主に事業を持っていかれては、お嬢様の栄達も叶わなかったところです」
「そう、ですわね……! よし、気合が入ってまいりましたわ! この事業はあくまで私から協力を持ちかける形で、あンのクソチビデブハゲからお金をぶんどってやりますわ!」
「さっきとあだ名違くないかぁ?」
「おやマギーラ様よくお気づきで。お嬢様が気分で生きておられるのがよくわかりますね。あとお嬢様、寝台で跳びはねるのは大変危ないですからおやめください」
それなりの等級の寝台ゆえに反発力が高く、天井近くまで跳ね上がるオディールをセバスが諫める。
次第に高さを抑えながら令嬢が寝台へと腰を下ろした。
「では、私たちはとにかくお金を集めるところから始めますわよ。政治力も有識者も、お金があればなんとかなりますわ」
「確かにみぃんな、カネさえあればぁ、っていっつも言ってるなぁ」
「間違いありませんが、こと政治力に関してはやはりブルーネン領主の力添えが必要となるでしょう。キルオ同盟を後ろ盾につけられれば、皇妃を目指すに必要な箔も付くというものです」
元々ルーフェ家の一人娘であり一流貴族の教養を持つオディールと言えど、『個人』が皇帝と結ばれるなどという荒唐無稽な話はあり得ない。
そもそも皇帝に見えるには地位が必要であり、それは転じて政治的・経済的・文化的影響力の大きさが不可欠ということだ。
その何れも持たないオディールが成り上るには、遠回りに見えるものの既存の大規模経済団体の長かそれに準ずる地位まで上り詰めるのが一番である。
「決まりですわ。ではまず、お金を用意するところから始めますわよ!」
「おぅ!」
「セバス! 何かいい案はありませんこと!?」
「──」
求められたセバスが一瞬顎に手を当てて考えるが、彼は逡巡していた。
自分はあくまでも従者である。
従者の責務としてより優先されるのは、ただひたすらに主の命に従う事か、はたまた主自身の生きざまを貫く手伝いをする事か。
執事として生きる道を選んだ時からずっと、何処まで行っても付き纏うこの命題に、彼は未だ明確かつ強固な答えを見いだせずにいる。
その場その場で、最も主が自分ためになる道を進む一助になれば、と考えるのが精いっぱいだ。
「そう、ですね……」
期待に目を輝かせた令嬢が彼を見つめ、焦げ茶色の髪の貧相な少女もまた尊敬のまなざしで彼の目を覗き込んでいる。
一つだけ、深呼吸。
そして彼は口を開く、己自身ではなく、心から慕う相手の為に。
「思いつくことが無い、と言えば嘘になりますが。この場合私からお嬢様に提言するのは筋が違いましょう」
「なんでよ!」
「お嬢様の人生だからです。私はお嬢様に、不肖ではありますがこの命をお預けしております」
「あたしもだぜぇ」
「そう、マギーラ様と私は、あくまでお嬢様の手となり足となるのです。どの生き物が手足で考えて動くでしょう?」
「そ、そうかもしれませんけれど」
尚も頼れる執事に意見を欲するオディールの視線を全身に受け、咳払いをしてセバスが要約した。
「とにかく、最初から最後までお嬢様がご自身で指揮を執るのが肝要なのです。金策が思い付くまでの生活費は私が工面いたしますが」
「あたしも働くぜぇ、この街のことならぁ、こん中でいっちばん詳しいはずだぁ」
「えぇ、お互い頑張りましょうマギーラ様」
「────」
手厳しい言い方をしてしまったのを少し気にしながら、セバスはマギーラに向き直る。
彼等の背後で寝台の敷布を掴むオディールは、向き合うべき現実を直視させられた気分がして目がくらみかける。
長く執事として付き合っている青年がいる故に実感が薄かったが、彼女はもう何もせずとも担ぎ上げられる地位ではなくなっている。
自分のするべき選択は何なのか見極めなければならないし、そもそも選択すべき事柄なのか否かも考慮しなければならない。
「……」
自分の得手不得手を話して金稼ぎの方法を相談するマギーラとセバス、そんな彼らを少し離れたところで虚ろな視界に映すオディール。
人生を背負う、という言葉の重みは、分かっているつもりだった。
けれど、実際にどういう行動を起こせば目標を達成できるのか、がさっぱり分からない。
彼女の来歴にあるのは発案と原案作成であり、細かい詰めの部分まで関与した件は皆無だった。
(……私は、どうしたら……)
だから、即断即決を信条とする彼女にとって、これが初めての『懊悩』であった。
お嬢様、結構うたれよわい。




