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第一一話 計画書ですわ!

「心当たりがあるんですの!?」

「何があるんですか、是非教えていただきたく!」

「あ、あわ」


 詰め寄られて口をパクパクさせるマギーラだが、自分が必要とされている喜びが上回りすぐに言葉を選び始める。

 期待に目を爛々と輝かせるオディールとセバスは子供のようで、年齢としては一番下のマギーラが一番冷静に振る舞っていた。


「あ、あるかもぉ、ってだけであたしは分かんねぇから……二人とも見てくれぇ」

「わ、分かりましたわ! それで、それでそのいいものは何処にあるんですの!?」

「いやお嬢様、先ずはマギーラ様の衣類を調達するのが先でしょう。それに今から遠出するのは夕食時に間に合わなくなります」

「だから何処にあるのか早く聞いておきたいんじゃないですのよ!」

「ま、まぁまぁ落ち着いてくれぇ」


 興奮でヒートアップしだした二人を諫め、マギーラが心当たりのありかを教えた。


「さっきあたしとオディールの姉さんがいたところあんだろ? あの部屋の近くにぃ、あたしの父さんが住んでたんだぁ」

「……」


 薄々事情が察せられる一言を聞き逃さず、セバスの頭に上っていた血が急速に平常値に戻る。


「──住んでいた、というのはつまり」

「もういないんだぁ。いた、って言ってもあたしは顔も見たことねぇもん」

「そうなんですの」

「あたしを置いてどっかいっちゃった父さんとか、どーせロクなヤツじゃねぇんだからぁ。中にあるもん好きに使っちゃっていーだろぉ」


 喋るマギーラは意図して寂しさを隠して非情な父親へ立腹していると強調するが、セバスもオディールも相手の機微を読み取るだけの教養を持っている。

 けれど同時に、出会ってから数時間で隠したがる思いを素手で突っ込むほど厚顔無恥でもなかった。

 オディールを除いて。


「そうですわね! こんなに可愛らしい娘を放り出して何処かに行ってしまうなんて許せませんわ!」

「そ、そこまでかなぁ? でもありがとぉ」

「──それで、心当たりとは具体的に何なのですか? 今知っている範囲でよいので教えて頂ければ幸いなのですが」


 対応に窮しているのが察せられたセバスが、咳払いをしてから話の流れを変えた。

 うーん、とマギーラが顎に手を当てて斜め上を見上げる。


「あたしも最後に見たのぉ、結構前だったからなぁ。でもなんかすごそうな計画? だったと思うぜぇ」

「計画ですか」

「内容次第ですが、キルオ同盟の重役に持ち込めば少なくとも褒賞は得られるでしょう……一見する価値はありますわ」


 無言で方針を固める三人。

 セバスが代表して言葉に出した。


「ですが本日は我々皆疲れが溜まっているでしょう。食事と睡眠、そして明日の朝にマギーラ様の衣服を調達した後、件の計画書を閲覧させていただきましょうか」

「ですわね、そう致しましょうか。じゃあセバス、其方の部屋の荷物をよろしく頼みましたわよ」

「え、セバスさんがそっちの部屋に行くのかぁ?」

「当り前じゃないですのよ」

「当り前ですね」


 付き合いの長い二人故に、マギーラはてっきり自分が一人別の部屋に移動するものかと思い込んでいた。


「女性のお二人が同じ部屋で寝るのは自然な流れでしょうし……」

「嫌だと言っても(わたくし)が許しませんわ? ふふ、明日の朝にはまるで違った玉のお肌にして差し上げます!」

「え? え?」

「あぁ、目を付けられてしまいましたか。マギーラ様、今夜は夜更かしできると思わない方が宜しいかと」


 指をわきわきと動かしてマギーラに近寄るオディールと、その意図が分からずセバスに助けを求める視線を送るマギーラ。

 けれどセバスは肩を竦めてその部屋を去って行ってしまう。


「あっちょっセバスさ」

「では私はこれで失礼いたします」

「あ、セバス食事の調達お願いいたしますわ」

「承知いたしました。酒類は持ち込みませんのでご了承を」

「ケチ!」


 不満を露わにするオディールに聞く耳を持たずセバスが扉の向こう側に消えていった。

 その後、セバスが軽食を持ち込んだ時にはオディールの私服を着せられて挙動不審になっているマギーラがいたという。




<***>




 一行が大通りから路地裏へと入っていく。


「うぅ、動きにくいぃ」

「今日の所は我慢してくださいまし。可愛いでしょう?」

「好きくないぃ……走れないぃ」

「お嬢様に着いて行くと決心したからには、ある程度衣服を強制させられるのは受け入れなければ辛いですよ、マギーラ様」

「セバスさぁん……」


 ぎこちない動きで先導するマギーラの背中は弱弱しく、顔だけセバスに向けて涙目を見せた。

 かつて屋敷で初めてメイドのルイースと出会った時の主人を思い出して感傷に浸っているセバスは、マギーラに悪いと思いながらも特に咎める気は起きなかった。

 宿屋で身なりを整えた後街中に出ても恥ずかしくないような服を購入したのだが、オディールがゴネてマギーラに自分の私服を着せたままにしたのだ。

 物持ちの良くないオディールだが、昔着ていた思い入れのある衣服は売れば金になるというのもあって数点持ち出していたため、オディールより一回り以上小さいマギーラに丁度合う大きさのドレスが残っていたのだ。

 心を掬いあげてくれた恩人たるオディールの持ち物を無碍にするわけにもいかず、不平を垂れながらもマギーラは自分から脱ぎだす素振りは見せなかった。


「ここですわね」

「この階段から地下へ入っていったのですか。私が探しに入っていったのと同じですね」

「昨日は遠回りしたからなぁ、真っ直ぐ行けばすぐだぁ」


 踵の高い靴でおっかなびっくり滑りやすい階段をゆっくり降りるマギーラに、二人が続く。

 目的地をまっすぐ目指せばすぐに到着する、というマギーラの言葉通り、ものの数分でマギーラの部屋に一行は辿り着いた。


「ここだぁ。そこの壁を押すと……」

「ここですか」

「おぉ……お屋敷に似たような仕組みがありましたわね」


 セバスが手袋を嵌めた手で壁面のうちの一つを押し込んだ。

 ゴリゴリと切り出された石の一つが奥へと入り込み、セバスが手応えを感じると同時に壁の一面が全て横へ滑る。

 魔術的な仕掛けが施されていたのだろう、よく目を凝らせば壁面に魔方陣らしきものが浮かび上がっているのが確認できる。


「父さんの部屋だぁ。入るのは結構前」

「これは凄いですわね。随分と小綺麗にしてありますわ」

「小綺麗って、褒めているのかけなしているのか分かりませんねお嬢様」

「だって少なく見積もりましても、私の部屋より二回りは小さいじゃないですの」

「す、すげぇんだなぁ」


 部屋の中には絨毯が敷かれており、如何にも書斎といった雰囲気だ。

 部屋を囲う本棚にはびっしりと書物が収められており、部屋の主の財力と掛けた時間が窺える。


「差し出がましいようですがマギーラ様、此方を売ろうとは考えなかったのですか?」

「売れんのかこれぇ?」

「書かれた内容によりますが、紙というのはそれだけで価値のあるものですのよ」

「そーだったのかぁ。でもなぁ、多分知ってても売らなかったと思うぜぇ。父さんのモンで食いもん買うのはすげぇヤだ」


 オディールさんの為になるならうっぱらってもいーぜ、とはにかむマギーラ。

 そして彼女は部屋の中央に置かれた机に向かい、一番下の引き出しに手を掛ける。


「これはあたししか開けらんねぇんだぁ。わざわざそんなことしてっからぁ、すげぇもんだと思う」

「そういうことですの」


 木と木が擦れ合い、オディールとセバスが見守る中でマギーラは一冊の本を取り出した。

 表紙には几帳面な筆跡で『龍脈型魔方陣』と記載がされている。


「龍脈、といいますとアレですわよね、セバス」

「えぇ、アレですねお嬢様」

「アレ、ってなんだぁ?」

「──説明してあげなさいセバス」


 知ったような口を利きながらも実はそれほど自信のないオディールは、単語の説明を全てセバスに丸投げした。

 それを察しつつも、オディールを尊敬しているマギーラを前にしてわざわざ指摘することもない、と大人の対応をしたセバスが、記憶の中の情報を基に龍脈という言葉の意味を話す。


「龍脈とは地面の下を巡る魔力の流れを指します。我々人間の中で魔術が使えるものがいるのはこの龍脈に適合した者で、逸話の域を出ませんが竜の遺骸の血管が元になっているとされています」

「つまりどういうことだぁ?」

「なんかすごい魔力の流れ、と記憶しておけば問題ないですわ」

「……まぁそれでいいでしょう」


 若干の頭痛を覚えながらもセバスが其処で本題を切り出した。


「では中身を確認してみましょうか」

「ですわね。私かセバス、どちらかが確認して、余った方がマギーラと一緒にこの部屋の探索をするのが効率的ですわ。マギーラ、よろしくて?」

「あぁ、好きにしてくれぇ」

「では私が確認しますわ。セバス、貴方は探索の方を頼みます」

(かしこ)まりましたお嬢様。ではマギーラ様、あちらの端から書籍を見ていきましょうか」

「おぉ!」


 役割を得て嬉し気なマギーラとそんな彼女を微笑まし気に連れ回すセバスを背に、オディールが手元の『龍脈型魔方陣』に目を落とす。

 最初に開いた部分には著者の思想が書かれていたため、具体的な説明が始まるまで一息にページを飛ばした。

 理論が事細かに書き込まれているページを抜けると、其処に描かれていたのは地図。

 簡略化されているが、オディールが知る最も正確な地図と遜色ない精密さであり、下層民の巣窟たる地下に存在する書物にしては知性と教養が感じられる。

 そしてその地図の意味するところを理解したオディールが、感嘆の声を漏らした。


「これは……」

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